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良い日旅立ち

 1週間前、ハンターズギルドガロック支部にて。


「いいですか、指先に魔力を集中させるんです。人差し指に体中の魔力全てを集めるぐらいの気持ちでやってください」


 魔術師の青年の言う通り体内の魔力を指先に持っていく。


 魔力の循環は基礎強化魔法を使い続ける事で随分と慣れた。意識を集中させることで熱をもったようなマグマのような、氷のように冷たい水のようなものが体の中を流れていくのがわかる。


「次に詠唱です、続けてください。“火よ、我が指先の魔力を糧に穏やかな光を灯せ“」


 青年の指先に小さな火が灯る。


「“ひ、火よ、我が指先の魔力を糧に穏やかな光を灯せ“」


 青年に教わった通りに言葉を紡ぐ。


 しかし少年の指先に火が灯ることはなかった。


「……発動しませんね」


 ウィルが怪訝そうに呟く。


「やっぱダメか……」


 ハンターの少年ジンは何度やっても変わり映えしない結果にため息をつく。


 こうやってウィルから魔術の手解きを受けてそれなりの時間が経つが一向に魔術が発動する気配がない。


 青年のように魔物を一撃で屠るような魔術を使えればさらに強くなれる、そう思っての試みだったのだが、結果を見れば小さな火を起こすことすらできなかった。


「あ、できたよ!」


 妖精の小さな指先に、これまた小さな火が灯っている。


 虫眼鏡でみなければわからないような小さな魔術だが、しっかりと発動している。


「…………才能ねえのかな、俺?」


 アリアにすら負けてしまったことに本気で落ち込む。


 なんだか自分がマッチ一本分の価値もないような気がしてしまう。


「……いえ、そもそも魔術は才能がない人のための技術。火を灯すためだけに過剰なくらい丁寧な詠唱を行ったのにうんともすんとも言わないなんて、明らかに変です」


 しばらく額に手を当て考え込んでいた青年はやがてこちらをじっと見据える。


「確認しますが、ご自身の魔力はしっかりと感じ取れていますよね?」

「ああ、この感覚を口で説明するのは難しいが、それは確かだ」

「ですよねえ、あれだけの基礎強化ができている人が魔力を操れていないわけありませんものね」


 魔術発動のための最初のプロセス魔力の集中と、基礎強化魔法の魔力循環の本質は似たようなものだ。


「ジンのあの剣……ギアイーターでしたっけ? あれって魔力は使ってないんですよね?」

「ああ、なんでも心の力ってのを使うらしい」


 ジンの持つ魔剣ギアイーターは異様な切れ味と、巨大化するという摩訶不思議な力を持つにもかかわらず魔力を使用しない。


 心の力と呼ばれる未知の力を原動力にする奇妙な逸品だ。


「となると…………ちょっとこれ使ってくれませんか?」

「なにこれ?」


 ウィルがカバンからゴソゴソと取り出したのは先端にデフォルメされた星のついた小さな杖。


「魔力を流しながら振ると杖先の星が光る子供用のおもちゃです。これを光らせてみてください」

「っぷ。ジン似合ってるよ」

「……うるせえ」


 なんとも可愛らしい杖を握らされた屈辱に耐えながら手に魔力を流す。


 そのまま軽く振ってみるが……


「…………光らねえ」


 まさかこんな子供のおもちゃにすら拒絶されるとは、その事実にちょっと泣きそうになる。


「おかしい、やっぱりおかしいですよ。これは僕が独自の改良を施して、一度魔力を流すと使用者の魔力を強制的に吸い上げるようにした代物なんです。普通だったら干からびるまで杖を光らせる羽目になるはずなのに……」

「……お“い”」


 慌てて杖を投げ返す。


「魔力があるのは間違いない、それをコントロールすることもできている」


 少年の非難の視線を意に介さず、青年は独自の思考を続ける。



「魔力が体の外に出ない? そんな体質の人間あり得るのか?」



 青年の不思議なものを見る視線に耐えきれず少年は顔を逸らした。


 そのままウィルはしばらく考え込んでいたが、やがて決心したように口を開いた。


「ジン、僕が所属している魔術学院に来ませんか?」

「へ? え、俺に学生やれってこと?」

「違いますよ、学院ならあなたのその奇妙な体質について調べることができるはずです」

「ああ、そういう。でも確か魔術学院って……」


 ウィリアムの言う魔術学院が存在する場所は……


「そうです、王都にあります。ですので拠点を王都へと移しませんか?」


 思ってもいなかった提案に目を丸くする。 


「俺たちが、王都に?」

「ええ、確かしばらくしたらこの街を離れるつもりだったんですよね?」

「そうだよねジン? 結局ジンの記憶の手がかりガロックになかったもんね」

 

 ジンの目的は自分が何者なのかを知ること。ハンターの特権を利用すれば世界中どこでも行ける、そのためにハンターとなったのだ。


 唯一の手がかりは行き倒れていた自分が身につけていた二つの月のネックレス、それを売った店を探しているのだがこの街にはなかった。


 だから近く別の街に行くつもりではあったのだが、いきなり王都を目指すという選択肢は少年にはなかった。


「王都か、いいんじゃねえかジン」

「あれ、おっちゃん?」


 話し込んでいたジン達の席に割り込んできたのはこの街に来てからずっと世話になっていた受付のおっさん。


「お前の正式なハンター加入登録の準備ができたから知らせに来たんだが、そう言うことならやめといた方がいいな」

「なんで?」

「ハンターが拠点を移すのには面倒な申請が必要なんだ、王都を拠点にするつもりなら王都で登録するのが一番楽なんだよ」

「……なるほど」

「王都はいいぞ、デカイ分仕事が山ほどある。成り上がるチャンスもいくらでも転がっている。ジン、お前の腕前なら上を目指せるさ」

「……王都、か」

 

 少し考える。


 よくよく考えれば自分の手がかりを見つけるなら大きな街がいいに決まっている。にもかかわらず王都へ行くという選択肢を除外していた理由はなんなのか?


「……ビビってたのか、俺は」


 記憶のない少年にとって世界は未知のものだらけだ。小さな村と、このガロックの街だけが少年の知っている世界なのだ。


 未知の世界に尻込みしていた事実に気がつく。


 だがそんなことでびびっているようじゃハンターの名が廃るってものだ。


 ジンは決心し、立ち上がる。


「行くか、王都」

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