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幻の妖精

「むかしむかしあるところに山の中に小さな村がありました」


 宴会から一夜明け、村はいつも通りの静けさを取り戻していた。


「そして村の近くには妖精さんたちのお家があって、村人たちと妖精は仲良く過ごしていました」


 昨日ジンが仕留めた大猪の肉は、宴会で村人たちに振る舞われてもなお備蓄できるほど大量にあり、師の意向でしばらく狩りは休みとなった。


「ある日のことです。村を一匹の魔物が襲うようになりました。村人たちと妖精は力を合わせて魔物と戦いますが、魔物はとても大きく、とても恐ろしく、歯が立ちませんでした」


 暇になったジンは村長宅でイオナに相手してもらっている。……彼女の相手をしているのではない、してもらっているのだ。


「困った村人たちの前に、聖剣を持った勇者が現れます。勇者は聖剣を手に魔物と戦います」


 どうやら記憶をなくす前の俺は学のある人間ではなかったようだ。そう自嘲する。


 こんなに幼い子供が読むような絵本に書かれている文字すら少年には読めないのだ。


「三日三晩の戦いの末…………三日三晩ってなに?」

「あーー、三日間寝ずに戦ったてことだ」

「そうなんだ、えーと三日三晩の戦いの末、勇者は聖剣で魔物を大きな山ごと真っ二つにし、村は平和を取り戻しました」


 彼女に絵本の読み聞かせをやってもらっているのは勉強のためだ。情けない話だが、この幼い少女が少年の先生なのだ。


「勇者は聖剣を妖精たちに託し、悪い人の手に渡らないように守ってほしいとお願いすると、村の女の人と結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」


 めでたしめでたし、と締め括り本を閉じる。


「どうだった、お兄ちゃん! 面白かった?」

「うん…………もうこの話100回くらい聞かされたけど」


 なんで子供は同じ物語を何度読んでも飽きないのだろう?


 イオナにとってこの絵本は大のお気に入りらしく、何度も何度も読み聞かされるうちに自分も丸暗記してしまった。


「イオナは本当にこの話好きだな」

「うん! だってこの村の話だし!」

「え、そうなの?」


 それは初めて聞いたぞ。


「妖精さんのお家って、村の隣の森にあるって聞いたよ」

「ああ、あの森か」


 そう考えると山の中の小さな村という記述もこの村の特徴と一致する。


「勇者が真っ二つにした山も近くにあるんだって!」

「……それって双子山のことか?」


 よく師匠と狩りに行く山。少し上ると底が見えないほど深い渓谷があり、その渓谷を挟んで向かい側に同じような形の山がある。


 見方によってはもともと一つだった山を二つに切ったように見えなくもないが。


「いや、さすがに作り話だろ。あの山真っ二つって……どんだけでかい剣だよ」


 言って少し大人気なかったかな? と思ったが、いくらなんでも滑稽無頭すぎる。


 少年の言葉に少しムッとしたようで、イオナは頬を膨らませる。


「本当の話だもん! 聖剣にはすごい力があって、今でも妖精さんが守っているんだもん!」

「……そもそも妖精っているの?」


 記憶がないため自信がないが、妖精の話自体がフィクションではないだろうか?

 

 するとイオナは立ち上がる。


「わかった! じゃあ今から妖精さんを捕まえに行こう!」

「…………は?」



 イオナに連れられ、妖精が住むと言われる森にやって来た。


 森と言ってもそこまで大きなものではなく、村から近いうえに、魔物もいないため子供たちの遊び場となっている平和な森だ。


 木々の間を抜け、森の中心にある一際おおきな木の下にたどり着き、少年が手に持っていたものを設置するように指示する。


「じゃあお兄ちゃん、ここに置いて」

「…………イオナ、妖精がいるにしても、いないにしても、これを使って捕まえるのはあんまりだと思うんだ」


 設置したのは家から持って来たネズミ捕り。鉄で出来た小さな檻は、妖精というファンタジーな生き物を捕まえるには余りにも生々しい。


「お兄ちゃん、これを入れて」


 懐から取り出したのは、昨日の宴で出た焼き菓子の残り物。


「妖精さんは甘いものが大好きだからこれでおびき寄せるの!」

「…………イオナ、多分それは果物とか、ハチミツとかだと思うんだ」


 イオナの突拍子もない行動には慣れたつもりだった。


 だが子供特有の行動力を甘く見ていた。


 彼女は本気で妖精を捕まえようとしている。


「じゃあお兄ちゃん隠れるよ」



 木の影に隠れること少し、当然だがいまだに妖精は捕まらない。


 絵本をいくつか持って来て正解だった。そうそうに飽きてしまったジンは大きな木に寄りかかり絵本を広げる。


 イオナはジーっと設置した罠に目を光らせている。子供の集中力は恐ろしいものだ、諦める気配がまるでない。


 彼女は頑なに妖精の存在を信じているようだ。その純粋な瞳を見ると、自分が忘れているだけでこの世界には妖精はいるのではないか、なんて思ってしてしまう。


 だが森に出かける際、自宅前で安楽椅子に座りパイプを吹かしていた村長に妖精を捕まえに行くと言ったら大笑いされた。


『妖精を捕まえる? はははは!! そうか、捕まるといいの!』


 ……もうなんというか、次の宴で話のネタにされそうだ。


「なあイオナ、そろそろ帰らないか? 妖精さんは今日留守なんだよ」


 そう言った直後だった。


 設置した罠からガシャンという音が響く。


「かかった!!」


 興奮した様子のイオナが飛び出す。


 いやいや、あんな見え見えの罠に引っかかる妖精なんていないだろ。


 そう思いながらイオナの後を追う。


「リスでも捕まえ…………は?」


 罠にかかった獲物を見て、驚きのあまりジンは言葉を失う。


「出してー! 出してー!!」


 そこには絵本に出て来たのとそっくりそのまま同じ見た目をした小さな妖精がいた。

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