大乱戦、そして究極の魔術
「おっらあああ!!」
魔物の大群の中に突っ込み、大剣を振り続ける。
魔術が発動するまでの10分間の時間稼ぎ、少年の取った選択肢は至ってシンプル、派手に暴れ続けることだ。
振り下ろされる凶爪を避け蹴り飛ばす。喉笛を狙って大きく開かれた顎に刃を突き立てる。押し潰そうとしてくるその巨体をそれより早く斬り捨てる。
ウィル達を守っている妖精の防御魔法にも限界はある。魔物が集中して襲い掛かれば一瞬で食い破られるだろう。
だからこそ魔物の敵意を自身へ集中させる。
薬の影響で興奮状態にあり普段よりも獰猛な魔物であっても、自らの命を脅かす存在には敏感だ。
自分自身が最大の脅威であると魔物に理解させる、魔物にとって少年は目を背けた瞬間に命を刈り取る死神であると教え込む。
「どうした! その程度か雑魚共が!!」
吠える。
通じるわけないとわかっていながら挑発する。その言葉は自らを鼓舞するためのものだった。
全ては10分時間を稼ぐため、だがその10分間が遠い。
「“一、魔力の精製。呼吸により取り入れた魔素を魔力に変換する“」
今この場所に集まってきている魔物のほとんどを少年は討伐したことがある。だがそれはせいぜい5、6匹の小さな集団。多くても10匹程度だ。
こんな大群を相手取ったことなど当然ない。
斬っても斬っても数が減らない、足を止めたらすぐさま飲み込まれる、立ち止まった瞬間に殺される。
「“二、循環。精製した魔力を腕へ、巡り、回し、流れ出す“」
一手間違えたら死ぬ。かつてない緊張感、死線の中で少年の戦闘勘が研ぎ澄まされる。
だからこそ気づく、自身の動きが明らかに鈍い。
「くそっ、なんでだ!」
これまで何度も感じていた大剣に振り回される感覚、上半身にかけた基礎強化で克服したはずだった。
手に持つ剣の感覚は軽い、それは確かだった。だけど振り回される、どうやっても重心がブレてしまい剣閃が大振りになる。
「ちくしょう! なんで……!」
四方八方を魔物に囲まれ絶えず攻撃に晒されているこの状況で、大振りとなりできる隙は致命的だった。
理由がわからず焦りばかりが募る。
「こなっクッソおおお!!」
迫り来る魔物を押し返すべく自分を中心に大剣を強引に振り回す。工夫など一切ないその暴力は大量の魔物を巻き込み吹き飛ばす。
「ぐっ! 痛ってえ……!」
体制を立て直すことには成功したがあまりに強引な攻撃に腰が悲鳴をあげる、何度も使える技じゃない。
「“三、放出。体内の魔力を外へ、魔力を通して世界と繋がる」
その時ふと気づく、腰のあたりがやけに軽い。今まで馴染みあった重さが足りない。
腰元に手をやるとそこにあるはずの物がなかった、師から譲り受けたナイフがない。
あたりを見渡すと白く長い毛に覆われた猿がナイフを手にしていた。
「キキっ?」
シーフモンキー。
手先の器用なその魔物は人間の道具を掠め取ることを得意とし、それを使いこなすだけの知能を持つ厄介な魔物だ。
片手に他の誰かから盗み出し愛用していたであろう鋼鉄の棍を持ち、興味深そうにジンのナイフを弄んでいる。
「……おい、返せ。それは俺のだ」
猿は目の前に持ってきたナイフを値踏みするかのうようにシゲシゲと見つめる。
「師匠から頂いた大切なナイフだ、お前が持っていていい物じゃない」
通じるはずもないのに少年は手を伸ばす。
そしてーー
シーフモンキーは興味を失ったのかナイフを後ろに投げ捨てた。
「………………殺すっ!!」
一瞬で頭に血が上った少年は状況を忘れて突撃する。
後先考えずにデタラメに剣を振り回す。技術も駆け引きもない、殺意だけの攻撃。
そんなものがすばしっこい猿に通じるわけもなく、やすやすとかわされ続ける。
そしてその隙だらけの攻撃をくぐり抜け、棍が少年の顔面を強かに打つ。
「がっ…………!」
意識が一瞬途切れ視界が点滅する、全身の力が抜ける。
「キキっーーー!」
それを見たシーフモンキーはトドメを刺すべく棍を振り上げる。
「う……うおおおお!!」
倒れ込みかけた体を必死に支える、足に力を込め全力で踏ん張りながら剣を振り上げる。
するとーー
魔物の体を鋼鉄の棍ごと真っ二つに斬り裂いた。
「……会心の一撃? なんで?」
発動条件不明の最高の一振りがまたしても予想できないタイミングで放たれた。
「今、俺は……まさか」
その可能性に気づく、そもそも自分は思い違いをしていたのか?
上半身にかけていた基礎強化魔法、腕に魔力を流すことで重い大剣を軽々と振り回せるものと思っていた。
まさか違うのか?
少年は呼吸を整え大剣を構え直す。そして上半身にかけていた基礎強化を下半身、足腰にかけ直す。
立ち止まり無防備になっていた少年目掛けて魔物の群れが襲いかかる。
迫り来る濃厚な死の気配。
それを冷静に迎えた少年は、前へ踏み込む。
二本の足でしっかりと大地を踏みしめ、振り抜く。
会心の一撃。
なんの抵抗も感じないまま襲いかかってきた魔物を斬り裂いた。
「…………掴んだ」
間髪入れず飛びかかってくる魔物。
足運びだけでかわし、腰を深く落として振り上げる。
会心の一撃。
「……はは」
駆ける。
血みどろの戦場を走り、大剣を振るう。
会心の一撃。
会心の一撃。
会心の一撃、会心の一撃、会心の一撃。
「はははは!!」
爽快だった。
大剣に振り回される感覚がまるでない、それどころか今までとは比べ物にならない程重く鋭い一撃が放てる。
大地を掴み根を張るような力の掛け方でここまで変わるとは。
劇的と言えるほどの変化、しかし高揚感を感じる中で少年の冷静な部分が限界を感じ始めていた。
「まだか!? ウィル!!」
繰り返される魔物との交戦、限界を超える全力疾走を続けたような戦いに体力が底をつきかけているのを感じていた。
慣れない下半身への基礎強化のせいで体が悲鳴を上げている。
たった10分の短い戦闘時間、だが今までで最も濃密な10分間だった。
たったの10分が永遠とも思えるほど長かった。
「“四、執行。魔術師の手を使用し、世界に命ずる“」
魔術師の青年の手元、彼が作成した手袋が輝き出す。
「ジン!! 戻ってきてください! 準備ができました!!」
待ち侘びたとばかりにウィルの元へと跳躍する。
魔物の頭を飛び越え、一直線にたどり着く。
「“五、顕現! 大氷界の陣!!“」
魔術師を中心に巨大な魔法陣が出現する。
大地に張り巡らされた光り輝く陣は、森一帯を、魔物全てを飲み込む。
「“領界魔術、白銀の世界!“」
青年の言葉と共に、森が、魔物が……世界が凍りつく。
冗談みたいな光景だった。あれだけいた魔物全てが氷漬けになっている。
あたり一面の白銀。神々しさすら感じるほど残酷な景色。
「……僕の作った魔術師の手の効果は至ってシンプル。自由自在に魔法陣を作り出す、それだけです。魔術によって作り出せる魔法陣には大きさの制約はほぼありません、それに魔力光を使っているから物理的な干渉で阻害されることもない。だけど…………」
そのまま青年は力が抜けたように崩れ落ちる。
「……ははは魔力効率が悪すぎた、完全にガス欠です。陣の作成まで時間がかかりすぎる、改善点だらけだ……でも」
両手の拳を強く、強く握りしめる。
「これが、究極の魔術への第一歩……!」
魔術師の青年は、命の危機があったとは思えないほど嬉しそうだった。
直後、ピシリっという音が響いた。
音の出どころに目を向けると魔物の氷像のいくつかがひび割れ、動き出そうとしている。
「……しまった。威力が足りなかった、まだ死んでない魔物がいます」
「いや、あとは任せろ」
残りは全部ハンターの仕事だ。
残りの魔力を振り絞り足腰を強化する。
「お前ら全員伏せろ」
ありったけの心の力を大剣に注ぎ込む。
「……マウント・ギア」
歯車が回転し巨大化する剣、それを全力で支える。
今まではあまりの重さに縦に振り下ろすことしかできなかった。
だけど今なら、下半身を魔力によって強化した今なら横に振り切ることができる。
「吹き飛べええっ!!」
斬り裂く、なんて生ぬるいものではなかった。
轟音と共に薙いだその一撃は空間を削り取った。
そのまま一回転、ジンを中心に森の木々も、魔物も砕け散る。
剣が通った場所には、何も残らなかった。
「…………2人ともめちゃくちゃだ」
呆れたような妖精の声だけが響く。
体力も魔力も心の力も全て尽きた少年は地面に倒れ込んだ。
「……あーあ、ほんと割にわ合わねえ仕事だ」




