大氾濫
「やれやれ、がっかりですね」
毒蛇の声には言葉通りの失望が混じっていた。
「君の言う通りでした、ハンター見習いで脱落した有象無象なぞまるで役に立たない」
男の視線の先には倒れ伏す己の部下達がいた。
「ぐう……っ!」
「ヴェ、ヴェンデッタさん」
ハンター崩れ達は立ち上がることもできず、ただうめき声をあげるのみ。
死屍累々といった惨状の中、立っているのはハンター見習いのジンだけだった。
「ハアハア……なんのつもりだ?」
大剣を地面に突き刺し肩で息をする少年はヴェンデッタを睨みつける。
「なんでテメエは戦わねえ?」
戦いは一方的なものだった。
数の不利をものともせず、男達を薙ぎ倒していく少年の姿は吹き荒れる嵐のようだった。
だがそんな一方的な展開となった原因は間違いなく、対人戦のエキスパートとされる毒蛇がナイフを抜くことなく傍観していたせいだろう。
「何がしたいんだテメエは、ウィルの研究成果が欲しいと言ったくせにすぐに諦めと殺そうとしたり、かといって自分は戦わず部下がやられるのをただ見てるだけ。やることなすこと全部中途半端で気持ち悪い」
言い知れぬ不快感を感じていた。男の薄ら笑いがとてつもなく不気味なものに見える。
「さて、なんでしょうね?」
男は曖昧にはぐらかすだけだった。
「まあいい、あとはテメエだけだ」
これ以上話をしても無駄だと判断し、男に剣を向け構える。
「おや、私と戦って勝つつもりですか?」
「当然だ、こいつらと戦ってちょうど良く体が温まってきたところだ。今の俺は絶好調だぜ?」
「くくく、あの数をウォーミングアップと言い切りますか。君の戦いの才能は素晴らしい、純粋な戦闘力だけでいえば私を上回るでしょう。ですが、この私には決して勝てない」
「何?」
こちらを見据える蛇の眼。
「君、人を斬ったことがないでしょう?」
気づかれた。
わずかな焦りを表情に出さないように努める。
「戦いを見ればわかりますよ、君の剣閃は彼らの武器に向けて振われるのみで、とどめは全て拳打と脚撃で行われています。その妙な形をした剣は彼らに触れてもいない」
事実だった。少年にとって人間相手の戦闘はこれが初めてだった。
少年の持つ力は強大でそれを自覚していた、だからこそこの力を人に向けることが怖かった。
ほんのわずか、少しでも力の加減を間違えてしまったら殺してしまいそうで。
「格下相手ならそれでも通じるでしょう、だけど私を相手にするつもりなら……殺す気でこないと死にますよ?」
直後、ゾッとするほどの殺気が男から放たれた。
剣を握る手に力が入る、背筋に冷たいものが走る。
戦闘力に関して劣ると言っていたが、そんなものただの謙遜であったことを嫌でも理解させられる。
目の前の男が怖い、だけど目を逸らすことを許されない。
抜き身の刃物を首筋に突きつけられているような感覚を感じながら、ジンはヴェンデッタを気丈に睨み返す。
ほんのわずかな隙をお互いに探り合う緊張感の中、やがてーー
「やめときましょう」
「……は?」
殺気が胡散する。
「組織というものを立ち上げて仕事をしようと思ったのはいいですが、やはり私は1人でいる方が気楽なようだ。役立たずを部下に抱えるとイライラする」
「おい、待て……」
「ああ、もうウィリアム・マーロックを狙うことはありません。元々この依頼もあまり乗り気じゃありませんでしたし」
「え? え、本当ですか?」
「テメエ、ふざけんな! そんなの信じられるか!」
怒声をあげるがそれを気にした素振りもなく少年に背を向ける。
あまりに無防備な背中に追撃をかけることすらできずにいると、ヴェンデッタは思い出したかのように口を開いた。
「そうそう、最近この森近辺の魔物の数が急激に増えているという報告があったことをご存知ですか?」
「……何を言ってる?」
「近々ギルドで大規模な掃討作戦を実行するそうです。今でこそ大人しくしていますがいつ暴れ出すかわからない、爆発寸前の状態だそうです」
そしてこちらを顔だけで振り向き、ニヤリと笑った。
「この状態にほんのわずかな刺激を与えるとどうなるか、興味はありませんか?」
そう言って懐から取り出した丸い物体を地面に放り投げる。
球体はポンと軽い音を立ててはじけ、周囲に白い煙を撒き散らす。
「煙玉!?」
「依頼人の最後の義理くらいにはなるでしょう。それでは皆さんまたお会いしましょう」
そのまま去っていく。
「待て! こんなもので逃げられると思ってんのか!」
「ジン!!」
慌ててその背中を追いかけようとする少年を、妖精の叫び声が呼び止めた。
「まずい、まずいよ! 周囲の魔物が全部こっちに来てる!」
「はあ!?」
「と、とんでもない数だよ! か、数え切れないくらい!」
妖精の顔はひどく青ざめていた。
「まさかさっきの煙……ドランクパウダー!? 魔物を呼び寄せ強い興奮状態にさせる劇薬です!」
ドドドっ! と、地面を揺らす音が聞こえてくる。
「あの野郎、自分の部下ごと俺たちを魔物に殺させるつもりか!?」
魔物達の姿が木々の間から見えるようになった、いやそれどころかこの森一帯を埋め尽くすような数が集まってくる。
「こ、こんなのまるで……」
震える青年の声。
「…………大氾濫」
今にも消え入りそうなその声がやけに耳に残った。




