検証最終日
魔術師のウィリアムはギルドを飛び出した後ガロックの街を駆け回って何かの材料を集めていたようだった。
護衛のためにジンも彼について回っていたのだが、買ったものは魔物の素材から妙な匂いのする液体など多岐に渡り何をしようとしているのかさっぱりだった。
何よりその時の青年の形相は尋常ではなかった。事情を聞こうとしている少年には目をくれず、店で何かを買ったら脇目もふらず次の店へと向かう。その間ブツブツと少年には理解できない言葉を呟き続ける青年は正直言って不気味だった。
そして仮宿であるギルドの宿舎に戻ると挨拶もそこそこに部屋に閉じこもった。
そのまま丸一日部屋の扉は開かれなかった。
検証14日目、依頼の最終日である。
「ウィル遅いね」
いつもならすでに集合し街の外へと出ている時間なのだが青年はまだ現れない。普段は集合時間きっちり5分前には集まっているような男だ、それだけで異常な事態だった。
今日が最終日だ、検証の結果がどうであれ明日はない。
心証的には無報酬で協力をしたいところだがそれではハンターとしての示しがつかない、少年なりのプロ意識だ。
まさかこのまま来ないんじゃないかと2人でヤキモキしていたところで、ようやく青年は現れた。
「すみません、遅くなりました」
青年を一眼見てギョッとした。
いつものボサボサ髪はこれまで以上にボサボサで一種のアートではないかと思わせるほど青年の頭上で暴れていた。
たった1日会っていないだけなのに1ヶ月ぐらい断食でもしたんじゃないかと思うほどげっそりとやつれていた。
足取りも微妙にフラフラと怪しい。
今にも気絶してぶっ倒れそうに見える。
「お、お前……大丈夫か?」
「ふふふ、大丈夫です。2日寝てないだけですから。ふふふ、ふふふふふ」
そう言う青年の目は隈に覆われているにもかかわらず、不自然なぐらいギラギラと血走っている、テンションも微妙におかしい。
「さあ行きましょう、僕の魔術で魔物どもを蹴散らしてやりますよ。ふふふふふふ」
「お、おう」
ウィルが指定した場所は街からかなり離れた森だった。
「万が一街に被害が出たら大変ですから」
「…………お前一体何するつもりだよ」
生命豊かで広大な森、魔物の数も多く活発でガロックの街近辺ではトップクラスに危険な場所だ。ジンもあまり足を踏み入れたことはない。
「ウィルは昨日何を作っていたの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
妖精の質問に目を輝かせ懐から何かを取り出す。
「…………手袋?」
それは1組の布製の手袋。白い布地には何やら複雑な記号のようなものが描かれているが、なんの変哲もない手袋に見えた。
「お前昨日一日丸々使ってただの手袋を作ってたのか?」
残り少ない検証の時間を犠牲にしてまで作ったものだからさぞ仰々しいものが出てくると思っていた。
だが申し訳ないが目の前にあるそれはただの、本当にただの手袋にしか見えない。
「ただの手袋ではありません! これこそが僕の研究の集大成、究極の魔術への鍵! その名も……魔術師の手(仮)です!」
「……割とそのまんまだな」
ネーミングセンスはともかく自信満々だ。
「それで、その手袋は何ができるんだ?」
ここまで大口を叩くなら本当にただの手袋ではないのだろう。
究極の魔術への鍵という大それた代物について説明を受けようとしたその時。
「それは是非とも私にも教えていただきたいですね」
シスコ・ヴェンデッタがハンター崩れを率いて現れた。
「ヴェンデッタ……!」
青年は驚愕に目を見開く。あまりにも堂々と契約を違える行動を取ることに呆気に取られているようだった。
「……まあ、くると思ってたよ」
だが少年には予想できていたことだ。
「どうした、お行儀よくしていることはやめたのか?」
まさかあんな紙切れ一枚で大人しくさせることなんてできやしない、それがわかっていたからこそ挑発する。
「ええ、元々そういう性分ではありませんしね」
毒蛇はあくまで紳士的な態度を崩さない。
「研究が完成しそうになったから慌てて強行策に出ようってか?」
その紳士的な姿勢を見ても、彼らがなんのためにここにいるのかそれを考えれば一切の油断はできなかった。
「少し違います」
思っていたものとは違う返答に少年は眉を顰める。
「すでに察しているかもしれませんが、私たちの受けた依頼は魔術師ウィリアム・マーロックの研究の妨害です。そのためなら殺しても構わない
……そうも言われていました」
ヴェンデッタの言葉にウィルは顔を青ざめさせる。予想はしていても改めて殺しを依頼されていたという事実が、それほどの悪意に晒されていた現実が重くのしかかる。
「……わかんねえな、ならなんでウィルはまだ生きてるんだ。あんたならこいつを殺すなんてわけもねえことだろ? なんであんな回りくどい事してたんだ?」
正直なところ、毒蛇が本気を出してなりふり構わずウィルの命を奪いにきていたら守り切れる自信はなかった。
街中であろうと誰に気づかれることなく命を刈り取ることができただろう。対峙してみてわかる、この男はそれが容易くできる実力の持ち主だ。
だが実際はどうだ? 彼がやったことといえば部下を使ったチンピラまがいの嫌がらせのみだ。
「あれですか、あれは仕事をしているという対外的なアピールですよ。個人的にはその青年の研究が完成することを望んでいたんです」
「何、どういうことだ?」
疑問を返すと、ヴェンデッタは笑みを浮かべた。
「誰でも扱える究極の魔術。ふふふ素晴らしいじゃありませんか、ぜひ欲しい」
その笑みは、もし蛇が笑ったらこんなふうになるだろうと思わせるほど凄惨なものだった。
「っ! 始めからそれが目的で!」
「どうですかウィリアム・マーロック。私の元に来ませんか? 私たちは喜んでその研究に手を貸しましょう、研究資金も惜しみなく提供します。私はあなたを買っているのですよ、あなたの才能を認めなかった魔術学院の人間と違って」
そう言いウィルに手を差し出す。
ヴェンデッタは知っているのだ、青年の研究が周囲から受け入れられないものだったと。
知っているからこそ、そこをつく。まるで悪魔の誘惑。
しかしーー
「ふざけないでください」
魔術師ウィリアム・マーロックはその誘惑を一蹴する。
「僕の研究は魔物に苦しめられている全ての人のためのものです。貴方達のように人を害するために使うものではない」
その目には一切の迷いがなかった。
「そうですか…………残念です」
言葉と裏腹にそれほど残念そうな素振りを見せない。
「では、当初の依頼を完遂させましょう」
男の言葉を合図にハンター崩れたちはそれぞれの武器を構える。
「させるとでも?」
青年を庇うようにジンは大剣を構え前にでる。
「まさかこの人数を相手取るつもりですか? たかがハンター見習いの君が?」
「そのたかがハンター見習いで脱落した落ちこぼれどもの寄せ集めだろ? 余裕だ」
少年の言葉に周囲の殺気が膨れ上がる。
「来いよ、雑魚ども」




