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かつての天才魔法使い

「魔法を使用するのに必要な要素を覚えていますか?」

「え? あ、ああ」


 青年の突然の質問の意図がわからなかったが答える。


「確かイメージとセンスだっけか?」

「そうです、よく覚えていましたね」


 出来の悪い生徒を褒めるように微笑む。


「魔法を発動させるにはまず明確なイメージを作ります。曖昧で中途半端なものではだめ、細部に渡るまでしっかりと頭の中で形作る」


 開いた手のひらを上に向ける。


「そしてそのイメージを魔力によって現実に反映させます。適切な魔力運用、魔力の変換。この感覚がセンスと呼ばれるものです」


 人差し指に火が灯る。


 中指に水が集まる。


 薬指に雷が宿る。


 小指に石の塊ができる。


 親指の先が光り輝く。


「お前、それ……!」


 全く別の魔法を同時に発動させたことに驚愕する少年を見て、青年はふと笑った。


 その直後、火が鳥の姿へと変わり、水が凍りつき、雷が色を変え、石が砕け散り、光が瞬く。


「ど、どうやってるの!? それ!」


 妖精が目を見開く間にも、魔法が青年の手の中で形を変え続けながら踊る。


 5種類5属性の魔法の同時並行発動。


 魔法に疎い少年でもそれが常人には真似できない神業であることが理解できた。


「…………僕は生まれつきイメージとセンス、魔法使いに必要な資質に優れていました。自慢じゃありませんが、子供の頃は天才魔法使いと持て囃されていましたよ」


 青年の顔にはなぜか自嘲するかのような暗い笑みが浮かんでいた。


「僕の生まれは辺境の田舎、ハンターどころか衛兵もいないような小さな村です。その村で僕は唯一戦える存在でした、と言っても村の周辺にはそんな大した魔物なんていなかったんですけどね」


 少し懐かしそうに笑う。


「僕はそこで有頂天になっていました。子供の頃から神童だ天才だと称えられ、畑や家畜を襲う魔物を討伐してはみんなから尊敬の眼差しを向けられる。小さな世界のちっぽけな英雄だったんですよ」


 でも……と続ける。


「でもある日、村の近くで大氾濫(スタンピード)が起きたんです」

「ッ! それって!」


 大氾濫(スタンピード)、様々な事象が重なり合うことで突如起きる魔物の大量発生。人間には制御することのできない地震や嵐、洪水と同じ天災。


「あの時ほど必死に戦ったことはありません。死力を尽くして、魔力が底をついても棒切れを振り回していました。……でも、気がついた時には村は半壊、決して少なくない犠牲も出ました」


 淡々と話すように見える青年の声は、わずかに震えていた。


「もし、もしあの時僕がもう1人いたら。いや、せめて自分の身を守れる魔法を使える人がもう少しいれば。…………何度も考えました」


 青年の目に宿っているのは後悔ではない。覆すことのできない理不尽な現実に対するやりきれなさ、ぶつけようのない怒りに似た感情が燻っていた。


「わかりますか? 天才魔法使いが1人いたところで意味ないんです」


 この時、ジンはウィルの言った自慢じゃないという言葉が謙遜ではなく、本心であることに気づいた。


「僕にしか使えない究極の魔術なんてなんの役にも立たないんです」


 彼はこの理不尽な現実を変えようとしていたのだ。


「か弱い人々が魔物という理不尽な存在に蹂躙されないための力、それが僕の求める究極の魔術」


 異端と罵られようと、命を狙われても自らの信念を貫こうとしていたのだ。


「すべての人を救う、僕はそのために魔術師になったんです」




「以上が僕が魔術師となり、究極の魔術の探究を始めた経緯です」


 喋り疲れたのか軽く息を吐き、グラスの水を飲み干す。


 その顔はたまっていたものを吐き出したためか少し晴れやかだった。


「…………ですがこれ以上僕のエゴにお二人を巻き込む訳にはいきません。依頼は取り下げます」

「えっ!?」

「ああ、すいません。ハンター昇級試験の最中でしたね、取り下げではなく依頼の達成という形にしましょう。当然報酬もお支払いします」

「ちょ、ちょっと待ってよウィル! それでいいの!?」


 妖精は引き止めようとする。これまで一緒に行動してきたことに加えウィルの話を聞いたことで、彼の究極の魔術に対する思い入れを嫌と言うほど思い知らされた。


 だからこそ途中で諦めて欲しくない、そう思ったのだろう。


「仕方ないんです、僕の出した依頼の内容は実験の協力のみ。そうですよねジンさん?」

「…………ああ、ハンター崩れどもからの護衛は依頼内容に入ってない。その上二つ名持ちの元ハンターを相手しなければならないとすると、そもそもの報酬が足りない」

「ジンっ!!」


 非難の声を上げられるが、これはハンター見習いには荷が重すぎる。通常であればプロのハンターが請け負うような案件だ。


 ウィルから提示されていた報酬はハンター見習いに対しての報酬としては多すぎると思える額であったが、プロのハンターを雇うには全然足りない。


 簡単に言えば割りに合わない仕事なのだ。


「そうですよね、僕にこれ以上報酬を払う余裕はありません。だからこれで終わりです。ジンさん、ありがとうごーー」

「俺が記憶を失ってからこの街に来るまで世話になっていた村は、お前さんの故郷と同じく辺境のど田舎だった」

「え?」


 礼を述べ立ち去ろうとする青年の言葉を遮る。


「衛兵もハンターもいなくて、魔物と戦う力を持っていたのは俺と俺の師匠ぐらいだった」

「ジンさん?」


 暖かく優しい村人たち、そして自分を慕ってくれた幼い少女の笑顔を思い出す。


 かつての自分も力がなかったために、大切なものを失いかけた。


「究極の魔術が完成すればその村ももっと平和で過ごしやすくなるんだよな? だったら意地でも完成させてくれ、足りない報酬はそれでいい」

「ジンさん! このまま依頼を受けてくれんですか!?」

「ああ」 


 安堵から、青年はヘナヘナと椅子にもたれかかる。


「よかった、正直もうどうしたものかと…………ありがとうございます」

「よっし! さっすがジン! えらいよ!!」


 2人から称賛の目で見られることが少し照れ臭く、誤魔化すように勢いよく立ち上がる。


「よし、じゃあ行くぞ。反撃開始だ」

「え? 何するつもりなの?」

「いいかウィル。お前に魔術学院では絶対に教えてくれないことを教授してやろう」

「へ? なんです?」


 意味がわからず目を丸くする青年に向かって、少年は不敵に笑った。



「合法的に気に入らない相手をぶん殴る方法だよ」

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