究極の魔術への道
「今の魔術は不完全です。才能や素質といったものに左右され、同じ魔術を発動させても人によってその効力は大きく変わってしまう。僕の考える究極の魔術は、才能のあるなしに関わらず誰にでも使える魔術なんです」
「究極の魔術、ねえ……」
なんとも壮大な夢……いや野望と言った方が良いだろう。
目の前の青年は本気だ。
本気で究極の魔術とやらを完成させるつもりなのだ。
「あんたのやりたいことはわかったが、俺は何をすればいいんだ?」
「先程も言いましたが今回はフィールドワーク、つまり実践です。僕の考えた魔術を魔物相手で試したいんです。ジンさん、ハンターであるあなたはこの辺りに出没する魔物に詳しいですよね?」
「……まあな、一通りの魔物は相手してきたよ」
「正直に申して、僕は魔物の生態には無知です。あなたには護衛兼アドバイザーとして同行していただきたいのです」
「なるほどね」
アドバイザーか。
護衛に関しては何度か経験したが、アドバイザーなんて初めてだ。
だがこの周辺の魔物の知識に関してはギルドから叩き込まれている上、実際に戦うことで身をもって体験している。
多少の不安はあるが問題ないだろう。
「期限は2週間、その間あなたを独占させてください」
「2週間、長めだな」
「報酬については…………これでどうでしょう?」
「……まじで?」
青年から提示された金額は、2週間拘束されることを差し引いても破格と呼べる額だった。
「今期の研究資金まるまる使わせてもらいます」
「おいおい、大丈夫なのかよそれ?」
「もし成果が出なかったら、大丈夫ではありませんね」
事も何気に答えるが、その目はマジだった。
この青年はこの依頼に自身の学者生命を賭けてきている。
これは、責任重大だ。
「わかった、受けよう」
「よかった、よろしくお願いしますジンさん」
「ああ、こっちもよろしく頼むウィル」
若き魔術師が最初に求めたのは、こちらを見つけ次第まっすぐ突っ込んでくるような単純で気性の荒い魔物だった。
「ほら、あいつらだ」
街から少し離れた荒野、そこに条件の合う魔物の群れがいた。
筋肉質な赤い牛、そんな見た目の魔物だ。
「レッドブル、多分あいつらがピッタリだ」
「なぜこんな荒野に牛が?」
青年の疑問は最もだろう、この辺りは草木もまともに生えていないのだから。
「あいつら雑食な上に生命力が強くてな、こんな荒地でも余裕で生きていけんだよ」
「ほう、それはすごいですね」
「あと、あいつらの肉はめちゃくちゃ美味い」
「ほう、それはそれは」
一度口にする機会があったが、なかなか忘れられない体験だった。
焼いて軽く塩を振っただけの一品だったが、あまりの美味さにしばらく言葉が出なかった。
人間、本当に感動した時は絶句するのだと初めて知った。
「ですがレッドブルの肉なんて、王都で聞いたことありませんよ?」
「だろうな、あいつら養殖に向かないからな」
「なぜです? 荒地で育つほど生命力が強いのあれば、それこそ養殖向きだと思いますが?」
「それはな…………ああ見ろ、あれが答えだ」
ちょうど視線の先、一頭のレッドブルが他の個体と軽く接触した。
するとぶつかられた個体が怒り狂い、ぶつかってきた個体に体当たりをかました。
そのまま他の牛を巻き込みながら吹き飛ぶ、するとさらに怒り狂った雄叫びがあちこちで上がる。
気がつくと、群全体で大乱闘が起きていた。
「見ただろ、あいつらはバカみたいに短気なんだ」
「…………ひどい光景だ」
「通称暴れ赤牛、過去に養殖を試みた連中は全員失敗して大怪我してる」
あんなの養殖どころか、一匹飼うことすら不可能だ。
「ねー、早くやらないとせっかく見つけた群れが全滅しちゃうよ?」
「おっと、そうでした」
あまりにバカらしい光景に唖然としていた青年は、妖精の言葉にハッとするといそいそと準備を始めた。
「何してんだ?」
青年は落ちていた石を拾うと、地面に四つん這いになって何かを描いていく。
「魔法陣です。この魔法陣に侵入した者に対してあらかじめ書き込んだ術式が発動する設置型の魔術。今回はこの魔法陣に魔物を誘き寄せてその効果を確かめます」
「なるほど、それであのリクエストか」
あの牛は少し挑発するだけで簡単にこの魔法陣まで突っ込んでくるだろう。
青年はスラスラと慣れた手つきで何やら複雑な陣を描き込んでいく。
そして描き終わったのか、石を放り捨てて両手を魔法陣の上に手を置く。すると魔法陣が薄く輝きだした。
「おーー、すごーい」
「よし、これで完成です」
「オッケー、じゃああいつらを誘き寄せる前に少し離れてーー」
「“火よ“」
「は?」
間髪入れず放たれる小さな火の矢。それが一匹の牛の尻に突き刺さった。
ダメージはないだろう、あの魔物は見た目通り頑丈だ。
だが怒りの矛先をこちらに変えるには十分な一撃だった。
「おまっ! 何やってんだ!!」
「あ、あの牛めっちゃこっち見てるんだけど!!」
殺気のこもった視線をこちらに向け、興奮したように蹄で地面を擦り続けている。
今にも飛びかかってきそうだ。
「大丈夫です、描き込んだ魔法陣は麻痺の術式、この魔術が発動すればあの牛はたちまち動けなくなります」
「お前本当に大丈夫なんだろうな!?」
今の立ち位置は魔法陣を挟んでちょうど魔物と対角となっている、下手に動いたら魔法陣に引っかからず、不発に終わってしまう。
少年は覚悟を決め背中に担いだ大剣を構える。
「来るよ!」
妖精の鋭い言葉と共に赤牛がこちらに向かって突っ込んでくる。
あたりに響く地鳴りのような足音、舞う土煙の量がその突進の威力を物語っている。
「おいおい! 来るぞ来るぞ!!」
「大丈夫です、絶対に!」
赤牛はまっすぐこちらに突き進んでくる、魔法陣まであと少し。
「ねえジン! 大丈夫なのこれ!?」
「わかんねえけど、もう逃げらんねえだろうが!!」
荒々しい鼻息が聞こえてくるほど接近する、魔法陣まであと一歩。
「さあ来ます、魔術が発動しますよ!!」
そしてーー
赤牛が魔法陣に突っ込んだ途端、赤牛の蹄によって魔法陣の光がかき消された。
「…………あれ?」
青年の場違いなほど呑気な声が響いた。
「う、うおおおおおお!!」
ジンは咄嗟に前に出て、すくい上げるような形で剣を振り上げる。
両腕を冗談みたいな衝撃が襲うが、それを気合で無視して振り切る。
その結果、体を切り裂かれた赤牛は進路を変え、かろうじてジンたち巻き込むことなく地面に倒れ込んだ。
「おっ前!! 何が大丈夫だ! 何にも起きなかったじゃねえか!!」
「いやー、まさか地面に描かれた紋様がかき消されるとは、想定外でした! ははは!!」
「はははじゃねえよ! 死ぬところだったんだぞ!」
「ね、ねえジン……赤牛の群れがめっちゃこっち見てんだけど……」
「は?」
見れば、群れの赤牛どもがこちらを怒りの形相で睨みつけていた。
どうやら仲間がやられたことで彼らの怒りに火がついたらしい。
「お前らさっきまで喧嘩してただろうが! なんでこんな時だけ仲間想いになっちまうんだよ」
「やばい、やばいよジン! めっちゃ来たよ!!」
「う、う、うおおおおお!!!」
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