魔法魔術相互の境界の明確化と純魔術基礎理論の構築
「研究の、手伝い?」
思ってもいなかった依頼内容に少年は目をパチクリとさせる。
「確かあんた、魔術学院から来たって……」
「そうです、魔術学院はでは多くの学者が日夜新しい魔術の研究をしています。僕もその1人です……と言っても、まだまだ見習いですけどね」
そう言って青年はボサボサ髪を軽く掻き、照れたように笑う。
「あーー、すまん。てっきり学生だと思ってた」
「いえいえ、実際に少し前までは僕も学生でしたから」
若いのにすげえな。と少年は感心してしまう。
彼にとって学問に携わる人間なんて未知の存在もいいところだ。
「でも研究の手伝いなんて……俺には学がないからな、力になれないぞ?」
「そーだよ、そーだよ。ジンは字も読めない赤ちゃんなんだよ?」
「オメーは黙ってろ」
だが悔しいことにアリアの言う通り。やっと最近少しマシになった程度なのだ、せいぜいよちよち歩きと言ったところか。
そのことを伝えると、少年と妖精のやり取りに少し苦笑いしていた青年は首を振る。
「今回はフィールドワークですから、字の読める読めないはあまり関係ありません。あなたにはハンターとしての肉体の強さを頼りにしているのです」
「ああ……まあそらそうだわな」
ハンターの仕事は基本肉体労働、求められているものは普通に考えてそのフィジカルだろう。
「それで、なんの研究なんだ?」
「はい、魔法魔術相互の境界の明確化と純魔術基礎理論の構築です」
「………………ごめん、なんて?」
「ですから、魔法魔術相互の境界の明確化と純魔術基礎理論の構築です」
「………………俺には学がないと言ったばかりなんだが?」
わざとやってんのかこの野郎、と言わんばかりに軽く睨みつける。
すると青年は困ったように笑い、説明する。
「えっとですね、魔法と魔術の違いってわかりますか?」
「……違いがあることすら知らなかったよ」
少年は魔法に疎い、それどころか使えもしないのだ。
「かなり大雑把な括り方になりますが、イメージとセンスで発動するのが魔法、イメージとセンスに頼らず技術によって発動するのが魔術です」
「ん? あーー、ん?」
「ははは、まあわかりませんよね。それじゃあちょっと実践して見せますね」
そう言ってウィルは人差し指を立てる。
すると指先に小さな火が灯った。
「僕は今火をイメージして指先に魔力を集中させました。こうやって発動させるのが魔法です」
「ほお」
「魔力を指先に集中させ火に変換するのにはちょっとしたコツが入ります、これがセンスです。」
「なるほど」
「じゃあ次に少しだけ魔術の要素を加えます」
そう言って指先の火を消し、再度集中する。
「“火よ“」
青年の短い言葉と共に、また指先に火が灯る。
「魔術の基本はイメージの補填です。僕は今イメージではなく、言葉によって火を起こしました。得られた結果は同じでもそこに至るまでの道のりが少し違うわけです」
「……うちの師匠もそれよく使ってたな」
野営の時にマッチなんかなくても火を起こせるから重宝していた。
「ですがこれはまだ魔術とは言えない、他にもイメージする余地が残っているからです」
そこで……、とさらに指先を見つめる。
「“火よ、矢となれ“」
指先の火が、小さな矢となった。
「火の形状のイメージを言葉によって変化させました」
「はーー、器用なもんだな」
「ありがとうございます、そして最後に……」
青年は指先の矢に集中する。
「“火よ、十の矢となり空を駆けよ“」
火の矢が10本に増え、部屋の壁めがけて飛んでいった。
「おい!!」
思わず声を荒げる、このままでは部屋が燃える。
「“消えよ“」
しかし青年の短い呟きと共に矢は壁に当たる前に跡形もなく消えた。
「これが基本的な魔術の一つ、詠唱魔術です」
「…………びっくりさせんな」
「ははは、すみません。でもこれである程度理解できましたか?」
「まあなんとなくだけどな、要するに頭ん中で思い描いたイメージをセンスで現実に反映させるのが魔法。そう言ったイメージを取り除いて、言葉なんかで形作るのが魔術ってことだろ?」
「お見事! 百点満点の答えです!」
青年はパチパチと手を鳴らす。
多少バカにされてる感は否めないが、まあ悪い気はしない。
「ねー、ねー?」
すると、それまで無言だった妖精が口を挟んできた。
「さっきの矢の魔術だけどさ、あれってまだ威力とか飛ばす速さとかのイメージの余地って残ってるよね? あと最初に言ってた魔力を火に変えるセンスも、それって魔術って言えるの?」
「ん? 言われてみりゃあ確かにそうだな……」
「それになんだったらイメージを強く持てば詠唱なんてなくても魔法は使えるわけでしょ? なんのために魔術がいるの?」
身もふたもない言い方ではあるが妖精の言う通りだ。
魔術師を名乗る青年には悪いが、今の彼の説明では魔術の有用性は見えなかった。
「その通りなんです!!」
しかし青年は妖精の言葉に怒るわけでもなく、むしろ興奮した面持ちで身を乗り出してきた。
「詠唱、魔法陣、術式、儀式、祈祷、たとえどんな方法を用いた魔術であっても、そこにはイメージとセンスによって発動する余地が残っているのが現状なんです!! つまり極端な言い方をしてしまえば、この世界に魔術はまだ存在しないのです!!」
「お、おう」
あまりの熱量に少し引いてしまう。しかし青年はその様子に気づくそぶりもなく熱弁を続ける。
「そしてそれこそがアリアさんの疑問の答えになるのです! なぜ魔術は必要なのか? 人間のイメージとセンスには限界があります。頭の中で思い浮かべる事象は思っているよりも複雑にできない上に、それを現実に反映させるセンスは感覚的すぎる! つまり魔法には限界があるのです! しかし魔術は突き詰めればどんなことだって実現できるのです! さらにイメージやセンスといった個人の資質によるものを除外しているため、正しい手順を知っていて魔力さえあれば誰にだって発動可能なんです!!!」
唾を飛ばしかねない勢いで喋り続ける青年の目は、ギラギラと燃えていた。
「わ、わかった。わかったから落ち着け」
「ああ、失礼。僕の悪い癖です、すぐ熱くなってしまう」
イスに座り直した若き魔術師は改めてニコリと笑う。
「僕はですね、誰にでも使える究極の魔術を作りたいんです」
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