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ガロック巡り

「い、イオナへ。元気で、やっていますか?……お、俺は元気、です」

「ジン、そこ字間違ってるよ」

「お、おう。そうか」


 早朝、ジンとアリアは宿の一室に備え付けられた机の上で向かい合っていた。


 こじんまりとした机とベットが一つ置いてあるだけの小さな部屋だが、3ヶ月もこの部屋で過ごすと不思議と愛着が湧き、居心地の良い場所となっていた。


「お、俺が村を出て3ヶ月、村のみんなは元気でやっていますか? 俺は、イベルタさんの、料理が……恋しいです」

「違う違う! その書き方だと、恋しいイベルタさんの料理が食べたいですって意味になっちゃうよ!」

「お、まじかよ……危ねえ」


 少年が書いている手紙は当然、村のイオナに宛てての物。


 こうやって手紙のやり取りを何度も行っている。イオナから届く手紙には、彼女が過ごす他愛もない日常の出来事が子供特有の目線で、面白おかしく綴られていた。


 この前届いた手紙には、森の妖精たちがイオナの作ったお菓子を巡って揉めに揉めたことが書いてあった。


 手紙の文面を見る限り、攻撃魔法が飛び交うかなりガチなものだったらしいが、幼い少女は花火みたいで綺麗だったと随分と呑気だった。


「こ、この街にも美味しい料理はたくさんありますが……どれもやっぱりイベルタさんには勝てません」

「違うって! それだと、イベルタさんほど美味しいものはこの街にはありませんって意味なんだよ! どれだけイベルタさんのこと好きなの!?」

「す、すまん……」


 イオナとの手紙のやり取りは少年の数少ない楽しみの一つだ。


 一つ問題があるとすれば、少年は字を書くことも読むこともできなかったことだ。


 妖精に字の読み書きを教わって3ヶ月、以前と比べてかなりマシになったと思うが、たまにとんでもない間違いをしてしまうため妖精の監視は欠かせない。


 ちなみに、なぜ人間社会から隔絶された生活を送っていた森の妖精のアリアが、普通に読み書きができるか質問したところ、


『常識』


 の一言で切って捨てられた。


 それを聞いた少年はひどく落ち込んだ。


「は、ハンターとしての、生活も慣れてきました。この前も、大きなウサギの魔物を、倒しました。そ、その魔物はとても強く、凶暴でしたが、俺にかかれば、い、一刀両断で余裕の勝利でした」

「大嘘じゃん!! 攻撃が当たらなくてヒーヒー言って死にかけてたじゃん!!」

「うるせえ! こういうのは少し盛るぐらいでちょうどいいんだよ!!」


 男が見栄を張るのに理由はいらない。


 それは幼い少女相手であっても変わらないのだ。


「も、もう少しで昇級試験があります。そ、それに合格すれば、晴れて一人前のハンターです。その時に、また手紙を書きます。……こんなもんだな」

「はあ、まったく。じゃあいつものとこだね?」

「ああ、手紙を出しに行こう」



 ジンとアリアが向かったのは街で最も高い建物。


 灯台のような外観のその建物は、最上階に登れば街を一望できる。


 そしてその最上階には様々な鳥が飼われていた。


 掌に収まりそうな小さな鳥から、人間1人なら軽く持ち上げそうなほど大きな鳥まで様々だ。


 その全ては荷物を配達するために特別な訓練を受けた郵便鳥。


 “ヘルメス配達サービス“

 

 大陸全土で展開されているそのサービスを利用することで、手紙から大きな荷物まで超高速で送ることができる。


「今日も頼むな」


 少年が手紙を送るために利用するのは、灰色の毛並みの美しい鷹。柔らかいその羽毛を撫でるとクルルと心地良さそうに鳴く。


 鷹が下げている鞄の中に手紙を入れ、窓から放つ。そのまま大空へと飛び立った。


「ここから村まであいつなら二日ほど、イオナから手紙の返事が届くまで最短で四日ってとこか」

「ね、ねえもう出ない? ここにいる鳥みんな私のこと見てるんだけど」


 怯えたアリアの言う通り、鳥が小さな妖精に向ける視線は、獲物に向けるそれだ。


「落ち着けよ、ここにいる奴らは訓練を受けてるから喰ったりしねえって」

「わかってるけど……うぅ生きた心地がしない。だからここにくるのは嫌なんだ」

「わかったわかった。じゃあ次だ」



 次に訪れたのは小さなアクセサリーショップ。


 路地裏でひっそりとたたずむその店は、営業しているのか不安になるほど暗く、陰気だった。


 この店の主人であろう、パイプを吹かして怪しい煙を吸い込むシワクチャの老婆に話しかける。


「なあ婆さん、このネックレスなんだけど」


 少年は首に下げてたネックレスを取り出した。


「なんだい? 買って欲しいのかい?」

「違う。見覚えはないか? この店で昔売った覚えはないか?」


 少年が持つ、唯一記憶につながる手がかり。


 それを老婆はじっと見つめるが、やがて首を振る。


「……見たことがないね、なにぶん滅多に客も来ない小さな店だからね。売ったものは全部覚えてる」

「そうか……ここも外れか」


 これまでこの街のめぼしい店は大小全て見て回った。


 しかしどれもこれも全滅だった。


「婆さん、ありがーー」

「ジーン! これ可愛くない?」


 ジンが目を向けると、そこには首からネックレスを下げたアリアがいた。


 だが当然人間用のネックレスであるため、小さな妖精には合ってない。


「ねえ買ってよ!」

「馬鹿言え、サイズ考えろ。ネックレスデカすぎて鎖ぶら下げてるみたいじゃねえか」

「えーー!」

「元あった場所に戻してこい」


 ぶー垂れながらも大人しくネックレスを元の場所に戻すべく飛んでいく。ネックレスの重さでフラフラしており、見るからに危なっかしい。


「すまん婆さん、これで失礼するよ」

「まちな、そのネックレスもう一度見せな」

「ん? ああ」


 自分のネックレスを老婆に渡す。


 手にしたネックレスをひっくり返したりしながら、じっくりと観察する。


「ふむ、細やかなで丁寧な装飾。量産品じゃないね、腕のいい職人が一から手作りしたものだね」

「わかるのか?」

「こんなんでもこの道は長いんだ。……ふむ2つの月、この意匠は珍しいね」

「珍しいって、何が?」

「こう言ったアクセサリーはお守りや願掛けの役目も持ってるんだ。旅人の安全を祈願する鳥の羽、海を渡る船乗りを導く星、永遠の愛を誓うハートって具合にね」

「じゃあ、2つの三日月は?」

「……難しいね、何せ世界に月は1つしかない。……鏡合わせ、水面に写る月……いや、月のデザインが微妙に違う? 全く別の月か?……すまんね、これ以上はわかりそうにない」

「……そうか、いや助かったよ。参考になった」


 少なくとも世の中に大量に出回ってるものでないことはわかった。


 ネックレスの線から自分の過去を辿る方法は間違ってないことが判っただけでも収穫だ。


「ひひひ、いいさ礼なんて。かわりにさっきのネックレスを買ってくれれば」

「……はあ、それ目当てかよ。抜け目のない婆さんだ」

「毎度あり」


 次の手紙に同封して、イオナにプレゼントしようかな?

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