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山の中にて

「よく狙え、呼吸を忘れるな」


 息を潜め弓を引き絞る。


「集中しようなんて思うな、それは雑念だ。吸って吐いて吸って吐いてだけを考えれば自然と集中できる」


 師の言葉に倣い呼吸を意識する。


「一撃で仕留めろ、矢尻には毒が塗ってある」


 狙う先には猪に似た魔物がいた。まだこちらには気付いていない。


 鼓動が早くなる、呼吸が荒くなる。


 弓を限界まで引き絞り、放つ。


 風切音と共に飛翔した矢は狙いがわずかにそれ、魔物の剛毛をかすめて終わる。


「マズい、気づかれた!」


 攻撃を認識した魔物は獰猛な唸り声を上げ、こちらに突進してくる。


 次の矢が間に合わない。


「う、うおおお!!」


 情けない声と共に弓を捨て、横っ飛びに回避する。あの巨体に吹き飛ばされたらただではすまない。


「立て! 次が来るぞ!」


 慌てて飛び起きるが、魔物はすでにこちらめがけて疾走している。


 絶望的な状況の中、彼は師の教えを忠実に守ろうとしていた。


「吸って吐いて、吸って吐いて……」


 不思議と心が落ち着いていく。目前に迫る恐怖を冷静に見つめることができた。


 腰に吊り下げた剣を抜き、構える。


「フゥッ!」


 魔物の突進を最小の動きでかわし、すれ違いざまのその巨体に剣を突き立てる。


 全体重を乗せた剣をひねり上げると、魔物は倒れ込み絶叫を放つ。

 

 やがて剣から伝わる震えが弱くなっていき完全に止まると、少年は大の字に倒れ込んだ。


「はあ、はあ……」


 危なかった。ギリギリの命のやりとりをした実感に震えが止まらない。


 息を乱す少年の元にやって来た師は、拾った弓を少年の傍に投げ捨てる。


「下手くそ」

「…………すんません」


 


 少年が村の世話になって3ヶ月になる。


 彼を拾ったのは女性ながら村で一番の腕を持つ狩人。獲物を探し山に入っていた彼女は、全裸で倒れ込んでいた少年を見つけたのだ。


 野党に身包みを剥がれたのかと最初は思ったが、傷ひとつない体と、呑気そうに高いびきを見る限り事件に巻き込まれたわけではなさそうだった。


 だが揺すっても耳元で大声を上げても少年は目を覚まさず、彼女は仕方なく彼を村へと連れて帰った。


 少年が目を覚ましたのはそれからなんと3日後。そして、少年には記憶がなかった。


 なぜ山の中で倒れていたのか覚えていない。


 どこからやって来たのか覚えていない。


 自分の過去も一切覚えていなかった。


 唯一覚えていたのは、ジンという自身の名前のみ。


 記憶喪失で一文無しの少年を村から追い出すことなどできず、こうしてジンは村長の家で世話になることになったのだ。




「ジン、正直に言うがお前に弓の才能はない」

「……はい」


 解体した獲物を担ぎ、山から降りる道を歩きながら師の言葉をいただく。


 その口調は責めていると言うよりも、同情的な響きを含んでいた。


「この3ヶ月でできる限りのことを教えて来たつもりだが…………まさかここまで上達しないとは」

「……………………。」


 ……皮肉でもなんでもなく、本気で同情されている事実に泣きそうだ。


「まあ、あれだ。剣の才能はあるかもしれん。最後の一撃は見事だった」

「……確かに弓よりもしっくりきてました」


 記憶を失う前の自分は剣士だったのかもしれない。なんて、そんな考えを即座に否定する。


 初めて剣を持たされた日、素振りをしただけで手の皮がむけ、疲労で腕が上がらなくなった。


 やっと最近まともに振れるようになってきたぐらいだ、剣士なんて名乗ったら笑われそうだ。


 俺は一体誰なんだろう?


 あの日目覚めてからずっと考え続けている。だがどれだけ考えても答えは出ず、記憶は欠けらも戻らなかった。


「これからは剣を使え、基礎ぐらいなら教えてやれる」

「よろしくお願いします、ユノさん」

「師匠と呼べ」


 そうこうしているうちに村にたどり着く。


「お兄ちゃああああん!!」


 村に入るや否や、どこからともなく走りかけて来た少女に抱きつかれる。


「ゴフッ!」


 呼吸が止まるほどの衝撃。


「お兄ちゃん、怪我してない!?」

「う、うん。さっきまでは……」


 身長差で鳩尾に少女の頭部が的確に入った。


 彼女の名前はイオナ。居候先の村長宅の孫娘だ。


「大丈夫だった? ちゃんと魔物倒せた? 自分を射ったりしてない? お兄ちゃん弓下手くそなんだから!」

「……ああ、うん、なんとかなったよ…………」


 的確に傷口を抉ってくる。


「安心しろイオナ。もうこの下手くそに弓は使わせない」

「そっか! なら安心だね!」

「…………………………。」


 二人とも悪気がない分痛みが大きい。


 まさか最後の最後でこんなにも無駄にダメージをくらうとは思っていなかった。



「お兄ちゃん!」

「ん?」

「おかえりなさい!!」

「…………ただいま、イオナ」

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