ハンターズギルド ガロック支部にて
ハンターズギルド、酒場が併設された室内はハンターで賑わい、活気にあふれていた。
「健脚ウサギの討伐お疲れ様」
依頼の達成報告をするためにギルドに戻ると、笑顔で出迎えてくれたのは美人の受付さん……ではなく、タバコを加えた無精髭のおっさん。
こんな田舎街の小さなギルドではそんなキレイどころは期待できないのだ。
「街道に出没する群れから逸れた健脚ウサギ。あの魔物は好戦的で強いからな、お前にはまだ危ないかもと思ったが、問題なかったな」
「……まあ、殺されかけましたが」
今思い出しても背筋が寒くなる。
この依頼を斡旋された時、ここまで危険な魔物だとは聞いてなかった。
「ったく、何がちょっとデカいだけの可愛いウサギですか、首を持ってかれるところでしたよ」
「そーだよ! 私の的確な指示がなかったらジン死んじゃってたよ!」
「オメーは黙ってろ」
「はっはっは! そう言うな、こうして無事に帰ってこれたんだ。さすが、あのレイノルズが見込んだだけのことはある」
豪快に笑うおっさんにこちらも怒る気が失せる。
こんなんでもベテランの職員だ、少年の力量に合わせて最適な仕事を紹介してくれたのだろう。
「そういや、レイノルズさんは今どこに?」
「さあな、なにせあの男は世界中から依頼を受けているからな、下手すりゃ今頃大陸を渡ってるかも知れんな」
「全く、とんでもないスケールだな」
彼がこの街ガロックにジンを連れてきて、ギルドに推薦したらすぐに街を離れてしまった。
ジンはレイノルズについていこうとした。この男は強い、彼から学べることがいくつもあるだろう、そう思っていた。
しかしレイノルズはそれを許してはくれなかった。
『お前さんはまずこの街でハンターとは何かを学べ、俺は人にものを教えるというのが苦手でな、俺についてくるよりも強くなれるはずだ』
今にして思えば、彼についていくには力不足の少年を引き離すための方便だとは思うが、それでよかったと思う。
ハンターとして生活を続けるうちに、自分がいかに弱いかを思い知らされた。
今の自分は村を出た時よりも強くなっているだろうか?
そんなことを考える間もないくらいがむしゃらに仕事をこなして気がつけば3ヶ月がたった。
「ほらよ、依頼達成の報酬だ」
「どうも」
「これからどうすっかな?」
報酬を受け取りそのままギルドに併設された酒場で夕飯をとる。
酒場と名はついているが、腹を満たすには十分すぎるほどの料理を提供してくれるありがたい場所だ。
ジンの目の前には大皿に盛り付けられたたっぷりのブラウンシチューとパンが。アリアには彼女からすれば巨大と形容するしかないアップルパイが置かれていた。
湯気のたつシチューには肉の塊と野菜がごろごろ入っており、それがトロトロになるまで煮込まれている。
少し硬めで小麦の味が強いパンと一緒に食べると最高だ。
だがそんなご馳走を前に、少年の顔は冴えなかった。
「どうするって……むぐ、何が」
口いっぱいにアップルパイを頬張りながら妖精は質問してくる。
「いやだから、これからのことだよ。俺の記憶、どうやって取り戻そうかなって」
「あー、この街にジンの記憶の手がかりとかなかったもんね」
この街に来て3ヶ月、時間さえあれば街を歩き回り見覚えのある景色がないか見て回った。
だが結果は芳しくなかった。記憶が無いなりに以前見たことのある景色を目にすれば懐かしさとか、そういったものを感じ取れるかと思ったのだが、大外れだった。
「ジンのこと知ってる人もいなかったもんね、多分この街に来たことないんじゃ無い?」
「……だよなあ」
あまりに手応えがなさすぎてため息しか出ない。
「どうするの? 次の街に行くつもりなの?」
「そこが悩みどころなんだよ。金は十分貯まったから行けなくも無いんだが……」
「でも昇級試験はどうするの?」
昇級試験。
自身のハンターとしての腕前が認められた時、次のランクへ昇級するためのものだ。
「ていうかジン、そもそもまだハンターじゃ無いじゃん」
「うぐっ」
そう、少年は正確にはまだハンターではない。
彼のランクはハンター見習い。
危険な仕事を請け負うことの多いハンターとして、十分にやっていけるかどうかふるいにかけられている段階だ。
「もうそろそろ昇級試験が受けられるんじゃないかって、おんちゃん言ってたよ?」
「いや……でもなあ、別によその街でも受けられるし」
「この街で受ければいいじゃん、そっちの方がやりやすいでしょ」
「まあ、そうだけどよ……」
沸きらない少年の態度に、妖精ははっきりと自分の考えを伝える。
「焦ってもいいことないって、別に次の街に100%記憶の手がかりがあるわけじゃないでしょ? まずはこの街で昇級試験を受けられるだけの実力をつけて、堂々とハンターになってから次の街に行こう。ね?」
「……わかったよ」
この小さな妖精は、何も考えてないように見えてたまに鋭いことを言ってくる。
そうなると口下手な少年は何も言えなくなる。
「うんうん。それにこの街でまだ行ってないケーキ屋さんがあるからね、それを逃すなんてとんでもない!」
「…………おい、お前そっちが本音だろ」
前言撤回、こいつは自分の欲求に忠実なだけだった。
ケラケラと笑う妖精が妙に腹ただしいので、彼女が食べている途中のアップルパイを奪い取り、そのまま口に放り込んだ。
「あーーーー! 私の! あーーー!!」
「モグモグモグっ!!」
「返して! 返してよ!!」
全力で抗議する妖精をガン無視して食べたアップルパイは絶品だった。




