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第1章エピローグ そして世界へ

「妖精さんたち! いっぱいお菓子焼いてきたよ!!」

「「「わーーーい!!!」」」


 イオナの呼び声とともに、たくさんの妖精が姿をあらわす。


「ほうら! クッキーに、ケーキに、いっぱいいっぱいあるよ!!」

「すごい! 美味しそう!!」

「いい匂い!!」

「食べていい? 食べていい!」


 少女が取り出した様々な焼き菓子を、目を輝かせた妖精たちが取り囲む。


 妖精は全員甘いものに目がないようだ。


 お菓子の甘い香りが漂う森の中で、キラキラと輝く妖精たちが踊る。


 今日はいつかの約束を守るべく、イオナが大量のお菓子を焼いて森にやってきたのだ。


「ありがとう! 小さい人間さん!」

「うん! 妖精さんもたくさん食べてね!」


 当然イオナと約束をしたアリアもいる。


「ほらみんな! このお菓子が食べられるのは私のおかげなんだから、アリアに感謝してよ!」

「えー? アリアじゃなくてこの人間さんのおかげでしょ!」

「そうだよ、図々しいよ!」

「なにをーー!」


 妖精というのは本当に騒がしい。こんなんでよく今まで見つからずに過ごせてきたな、と思う。


「ほら、お兄ちゃんも食べよ!」

「ああ」


 少女に手をひかれ、妖精たちの輪に入る。


 クッキーを手に取り口に運ぶ。


「……おいしい」


 思わず言葉が口から漏れる。


 本当に上手に焼けるようになった。最初の炭からすると信じられないくらいの上達ぶりだ。


「でしょー!」


 イオナは満面の笑みを浮かべる。得意げなその顔を見て少年も笑ってしまう。


 楽しくて騒がしいパーティはずっと続いた。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「楽しいね!」

「ああ、そうだな」


 本当に楽しい。この時間がずっと続けばいいのにと思う。


「お兄ちゃん、またこうやって遊びに来ようね!」

「…………。」


 だけど、それは叶わない願いだった。


「……イオナ」

「うん?」


 意を決して、彼女に告げる。


「大事な話があるんだ」




 ハンターになる。


 そのことを今まで世話になった村長家族に告げた時、その反応は思っていたよりもあっさりしたものだった。


 いつかこの村を出ていくのだろう、そう予感めいたものを感じていたらしい。


 ありがたいことに、村総出でジンの送迎会を開いてくれた。


 かつて少年が獲物を仕留めてきた時よりも規模が大きく、ずっと賑やかだった。


 ちなみに、師匠宅で居候しているレイノルズが単身で様々な獲物を仕留めては持ち帰っており、送迎会で出された馳走はずいぶんと豪勢なものだった。


 そのことでレイノルズは村のみんなから大いに歓迎され、ひょっともすれば主役であるはずの少年以上に讃えられており、少年はちょっと複雑だった。


 しかし宴会の盛り上がりがピークに達する頃には、酒の入ったみんなが少年との思い出を語り合って泣き出し、少年も決して長いとはいえない時間しか過ごせなかったのに、ここまで思ってくれる事実に泣きそうになった。


 潤んだ目をごまかそうと、飲めもしない酒を思いっきり仰ぐ。この後吐いたり二日酔いに悩まされようと構わなかった。


 村で過ごす、最後の楽しい時間は過ぎていった。




「師匠、今までお世話になりました」

「……全くだな」


 そしてとうとう、旅立ちの日がやってきた。


「私はお前を一人前の狩人にしてやろうと思ったんだがな……」

「……すみません」


 言葉は辛辣だが、師匠は笑っていた。


「お前には弓の才能はない、その上師の言いつけも守らない。とんだダメ弟子だ。一人前の狩人なんて夢のまた夢だったな」

「はは……」


 最後の最後だというのに、本当に遠慮がない人だ。


「だが、お前は一人前のハンターにはなれるかもしれない。私はそう信じているよ」

「師匠……」

「これを受け取れ」

「これは?」

「私がハンターだった時に使っていたナイフだ。丈夫で切れ味抜群、ハンターとして生きていく上でこれがお前の役に立つのなら、私は嬉しい」

「師匠……ありがとうございます、本当に。大切にします」


 師に頭を下げる。


 この人の教えを忘れない。短い間ではあったが、少年にとって彼女は尊敬すべき師匠なのだ。


「皆さんも本当に……本当にありがとうございました」


 そして、少年は彼の家族でいてくれた人たちに最後のあいさつをする。


「……いつでも帰ってくるんだよ、ここはあんたの家なんだから」


 少し鼻声でイベルタさんは少年に声をかける。


 彼女の言葉は、少年にとって一番嬉しい言葉だった。


 イベルタさんの夫と、村長からも温かい言葉をいただく。


 それだけで、少年は泣きそうになるのを我慢する必要があった。


「ほら、イオナ」


 そして、イオナ。


 イベルタさんの服にしがみつき、少年から隠れるように泣いていた。


 彼女とはハンターになって村を出ることを打ち明けてから話せていない。


 正確には、何度話しかけても逃げられていたのだ。


「……お兄ちゃんは」

「うん?」

「お兄ちゃんはイオナのこと嫌いになったの?」


 真っ赤になった目を、イオナは合わせてくれなかった。


「そんなわけないだろ、イオナのことは大好きだよ」

「じゃあ、なんで行っちゃうの?」


 なんで、なんだろうか?


 少年はここにいればずっと幸せに暮らしていける。


 この村を出たところで記憶が戻る保証なんてない。


 それでも、決めたのだ。このことをどうやってこの幼い少女に伝えれば良いのだろうか?


「お兄ちゃんはさ……自分のことが知りたいんだ。自分が誰なのか、何者なのか、その答えを探しに行くんだよ」

「……お兄ちゃんは、お兄ちゃんでしょ? 字が読めなくて、弓が下手くそで、でも優しい大好きなお兄ちゃん。それじゃだめなの?」

「イオナ…………」


 その言葉に、胸が締め付けられる。


 後ろ髪をひかれる思い、このまま彼女のそばにいたいと思わせる。


 だがその誘惑を断ち切るために、首を振る。


 ジンはしゃがみ、イオナと目線を合わせる。


「それだけじゃないんだ。お兄ちゃん実は、自分の名前の他にもう一つだけ覚えてることがあるんだ。それはね、俺にはイオナと同じくらい大切な人がいて、その人のことを忘れてしまってるということ」

「大切な人?」

「そう。その人のことを思い出せないことが、寂しくて悲しいんだ。イオナだって、お父さんやお母さんのことを忘れるのは嫌だろう?」

「……嫌だ」

「お兄ちゃんは、その人を探しにいくんだよ。だからイオナ、今はちょっとだけお別れしよう。お兄ちゃんがその人を見つけたら、またこの村に帰ってくるから」

「…………うん」


 イオナはうなずくと、スカートのポケットから何かを取り出し、少年に渡した。


 少年の手に握らされたそれ、それは2つの三日月が装飾されたシルバーのネックレスだった。


「い、イオナ…………これは?」


 記憶にないネックレスだ、だけどこれを見ると胸の奥の何かが声を上げる。


 切なさとか、懐かしさとか、そういった感情がごちゃ混ぜになって叫んでいるような感覚。


 少年はこのネックレスを知っている。


「それはね、ユノがあんたを見つけた時、服も何も身につけてないあんたが唯一身につけていたものだ」

「これを、俺が?」

「あんたが目を覚まさない間外したものを、イオナが綺麗だから勝手に持ち出しちまってね。目を覚ましたら返すように言ったんだけど、これを返すとあんたが遠くにいっちまうと思ったんだろうね。許してやってくれ」

「……ごめんなさい」


 恐る恐るそのネックレスを首につけると、びっくりするぐらい馴染んだ。


 まるで、最初からそこにあったみたいに。


「イオナ、ありがとう返してくれて」


 そう言って彼女の頭を撫でると、イオナは目にいっぱいの涙を溜めて泣き出す。


「お兄ちゃん……本当に、本当に帰ってくる?」

「ああ、約束だ。絶対に帰ってくるから、その時はまたお菓子をいっぱい焼いてくれるか?」

「うん!!」


 そして、とびっきりの笑顔を見せてくれた。




「もういいのか?」

「はい、行きましょう」


 待っていてくれたのは、槍を担いだ男。


 ハンターのレイノルズが、街のギルドまで案内してくれるそうだ。


「良い村だな」

「ええ、俺の故郷ですから」


 そうか、と彼は笑う。


 歩き出す彼の背中を追い、少年は歩き出す。


「それよりさ、アリア。お前本当についてくるのか?」

「あったりまえでしょー。じいちゃんに言われたからね!」


 少年は襟元に潜り込んでいる妖精に話しかけた。


「なんでそんな楽しそうなんだ? お前だって生まれ故郷を離れるんだぞ」

「えー? だって本当に楽しみじゃない? まだ見ぬ甘味が私を待っているんだよ!」

「……本当にお前ってやつは」


 羨ましいぐらい前向きだ。


「さあさあ! 世界は広いよ! 世界中の甘いものを食べ尽くしてやるんだから!」

「……そうだな、世界は広い」


 不安はある。


 記憶をなくした少年はあの小さな村が世界の全てだった。


 だけど、ここからは違う。この道の先にずっと世界は広がっている。


 少年は広い世界へと踏み出した。

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