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目覚めると

 少年が目を覚ますまで5日かかった。


 体の調子は思っていたよりもよかった。ずっと寝ていた分の気怠さはあるが、立って歩けるぐらいには。


 一番深い脇腹の傷もほぼ塞がりかけている。


 人間の体ってこんなんだっけ? そんな疑問は、記憶喪失を理由にあまり考えないようにした。


 少年が寝ている間にイオナの病気も完治していた。


 少年が命がけで手に入れたシリン草を使った薬は絶大な効果を発揮し、少女は倒れる前と同じぐらい元気になっていた。


 イオナの家族は少年に深い感謝を示した。


 特にイベルタさんは泣きながら何度も何度も感謝の言葉を口にし、少年が恐縮するほどだった。


 時折見舞いに来る村人も少年を褒め称え、ジンは一躍村の英雄となった。


 照れ臭さはありつつも、自分のやったことは間違ってなかったと、自分で自分が誇らしかった。


 そんなある時、師匠が少年の部屋にやってきた。


 師匠は扉を開けると無言でベットの上で体を起こしていた少年に近づくと、


 

 少年を思いっきりぶん殴った。



 グーだった。しかも顔面に。


 殴られた頬を抑え、呆然とする少年を怒鳴りつける。


「この、大馬鹿野郎がっ!!」


 師の聞いたこともないような大声、あまりの迫力に体がすくむ。


「私が言ったことを忘れたのか!? あいつと戦うのはやめろと言ったはずだぞ!」

「で、でも……」

「お前が生きているのはただの幸運だ! イオナを救えたのも結果論でしかない。お前が飛び出した時、あの化け物に対して勝算の一つでもあったのか!?」

「そ、それは…………」


 言い淀むと、さらにもう一発殴られる。


「無策で死地に突っ込みやがって! 妖精族の魔剣で倒しただと!? そんな訳のわからんギャンブルに、自分の命をかけるような真似をするな!!」


 師の拳は震えている。


「師匠……」

「イオナはな……お前が目を覚まさまい間、ずっと泣いていたんだぞ」

「っ!!」


 知らなかった。


 少年を見舞いに来るイオナは、いつもと変わらない様子で笑顔を見せていたのだ。


 その言葉は殴られるよりも少年に響いた。


「……すみませんでした。……本当に」


 思い上がっていた自分が、情けない。


「はあ……全く。あいつがいなかったらお前はのたれ死んでいたぞ」

「あいつ?」

「ん? ああそうか、覚えていないのか。ついてこい、そろそろ帰ってくるだろう」


 師匠に連れられ外に出る。


 師匠の家は村の外れ、山に近い場所にある。


 師の家の前で待つこと少し、山の方角から地響きが聞こえてきた。


「な、なんだ?」


 山から魔物が降りてきたのだろうか?


 警戒していると、降りてきたのは一人の男だった。


 見たことのない男、この村の人間ではない。


「な、なんじゃありゃ?」


 魔物ではないことはわかったが、警戒を解くことができなかった。


 その男は槍を肩に担いでいる。


 そしてその槍の先端には、巨大な熊が突き刺さっていた。


「ぐ、グレイグリズリー……」


 この山の生態系の頂点にいる魔物だ。師匠に見つけても絶対に手を出すなと厳命されている。


 それをあの男は、魚を釣ったぐらいの気軽さでぶら下げているのだ。


 男はこちらに気づくと、傷だらけの顔で笑顔を作り手を振る。


「よー! ユノ、大物持ってきたぞ!!」



「おーおー! 小僧目が覚めたか!!」


 男は自分のことをレイノルズと名乗った。


「山で見つけた時はボロ雑巾みたいになっていたが、いやはや大した生命力だ!!」

「…………というと、貴方が助けてくれたんですか?」

「おおそうだ! 本来であれば俺がギアビーストを討伐するはずだったんだがな、まさか先を越されるとはな!」

「ジン、こいつはプロのハンターだ。村が出したギアビーストの討伐依頼を受けてきてくれたんだ」


 プロのハンター、以前師匠は彼らを化け物みたいな強さを持つ連中と言っていた。


「仲間とこの村に来る途中で、馬に乗ったユノとすれ違ってな、聞いたら少女が危ないと言うじゃないか。慌てて駆けつければ地形が変わるほどの戦闘跡と破壊されたギアビースト、そしてボロ雑巾がシリン草を握りしめて倒れてるではないか!!」

「はあ、ボロ雑巾……」


 ひでえ言い草だ、命の恩人だけに文句は言えないが。


「助けてくれて、ありがとうございます」


 彼がいなかったら、ジンだけではなくなくイオナの命もなかった。


 だが、男はジンの礼にわずかに顔をしかめる。


「……顔を上げてくれ、むしろこっちは謝らなくてはならん」

「え?」

「俺たちハンターがもっと早く対処していれば、お前さんも命をかけなくて済んだのだ。すまなかった」

「そ、そんな……」

「そうだ、もう一つ謝らなければならんことがある。お前さんと草は持って帰ってこれたが、あの剣、ギアビーストみたいな見た目の剣は持って帰ってこれなかった。下手に触るとまずい予感がしてな」

「い、いえそれぐらいは」


 流石というべきか、あの剣のヤバさにすぐ気づくとは。


「……師匠とは以前からのお知り合いなんですか?」


 少し気まずくなった空気をごまかそうと話題を変える。


 レイノルズの師匠に対する気安さはここ数日で築いた感じではない。


「おお! ユノとは昔ハンターだった時、一緒にパーティを組んでいたのだ!」

「えっ!! 師匠昔ハンターだったんですか!!」

「……昔の話だ。今の私はただの狩人だよ」


 師の意外な過去。言ってくれればよかったのに、と思う。


「全くいつまで居座るつもりだ、他の連中はとっくに帰ったというのに」

「おお! そうだそうだ! 実はなお前さんが目覚めるのを待っていたのだ!」

「え? 俺ですか?」


 うむ! と大仰にうなずき、レイノルズは少年のこれからを決定的に変える言葉を口にした。



「お前さん、ハンターにならないか?」

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