夕焼けの決闘
双子山の山頂を縄張りとする機械仕掛けの獣、ギアビーストは食事を行なっていた。
今日の獲物は大きな猪に似た魔物。巨大だが、自身よりは小さな獲物だった。
だが獣にとって重要なのは肉の量ではない。重要のなのはその肉体に宿る魔力だ。
全身が金属でできているギアビーストが捕食を行うのは、この魔力を得るためだ。
生物の魔力を食し、自身のエネルギーへと変える。獣にとって食事はそれ以上でもそれ以下でもない、自身が産まれたときからプログラムされた、本能とも呼べるそれに従った結果なのだ。
その獣に意思はない。
獣に悪意と呼ばれるものは存在しない。獣が行う殺戮は、ただの食事の過程でしかないのだ。
ゆえに必要以上の殺戮は行わない。十分な食事を取った後の獣は、縄張りを侵されない限り生物を襲うような真似をしない。
獣の行動パターンは単純明快、自らの生存だ。
生きるために獲物を捕食し、生きるために縄張りの侵入者を殺す。
だからこそ…………理解できなかった。
目の前の人間の行動の意味がわからなかった。
なぜこの人間はここにいる?
疑問が思考を埋め尽くす。
この人間は獣に負けたはずだ、手も足も出なく、惨めなほどに。生きているのはただの幸運でしかない。
その幸運を、命を捨てようとしている人間が理解できない。
「よう、また会ったな化け物」
もし獣に心があったのなら、その少年から恐怖を感じていたかもしれない。
双子山の山頂に続く断崖絶壁、西の空から赤い光が降り注ぐそこに少年は再び戻ってきた。
今日は随分とハードな1日だ。なんて、場違いな感想を抱く。
まさか1日でこの山を2度も登る羽目になるとは思わなかった。全身を許容し難い疲労が襲う。
獣との1度目の対峙で追った傷は癒えていない。全身を焼いた雷のダメージは着実に少年の体を蝕んでいる。
その状態でこの山を全力で走り抜けたのだ。
少年の体は不自然にフラフラと揺れている。
浅く咳き込むと、口から微量の血が吹き出す。心臓のリズムも若干おかしい気がする。
満身創痍、立っているのが不思議なほどボロボロの体。
だがその目は、獣を見据えるその目だけは確かな光を放っている。
手にした大剣を獣に向ける。すると、獣は警戒するように後ずさる。
「ああ、この剣が天敵ってのは本当なんだな……」
思わず笑みが溢れる。
「さあ、いくぞ化け物」
少年は身の丈ほどもある大剣を、構えなかった。
片手で持った大剣を地面に引きずりながら、無防備とも思える足取りで獣にゆっくりと近づく。
獣は動かない、唸り声を上げ、無機質なその目で少年をじっと見つめている。
やがて少年が獣に触れられそうなほど近づいた時、獣は俊敏な動きで前脚を振るった。
ガキィィィィっっっ!! と、金属のぶつかり合う鋭い音が響く。
獣の攻撃を大剣で受け止めた少年は、地面を靴の裏で削りながら後ろに吹き飛ばされる。
だが、倒れない。地面をしっかりと踏みしめ、少年は獣と空いた距離を埋めるべく疾走する。
「はあああ!!!」
大剣を横なぎに振るう。空気を切り裂く音がまるで唸り声のように聞こえるその一撃を、獣は跳躍にて回避する。
おおよそ金属できた巨体からは考えられないほどの身軽さで、空中で一回転。
その勢いのまま前脚を振り下ろす。
「フンっっぬううううう!!」
空中からの一撃を両手で持った剣で受け止める。
あまりの圧力に地面がひび割れる。
「フンっっ! らああああ!!」
気合と共に大剣を振り、獣を吹き飛ばす。
側から見れば冗談みたいな光景だっただろう。あの巨大な金属の塊が、何度も地面をバウンドし転がったのだ。
立ち上がった獣を追撃するべく少年は大剣を振りかぶり、駆ける。
「うおおおお!!」
もし剣に覚えのある者が少年を見れば、その剣の拙さと危なっかしさに顔をしかめるだろう。
上から下へ、右から左へ、がむしゃらに振るわれる大剣。
その攻撃の嵐は鋭く激しい。だが技術が圧倒的に足りない。
ただ大剣を闇雲に振り回しているだけの少年は攻撃一辺倒で、隙だらけだ。
だが獣はその攻撃をかわすので精一杯という様子。明確な少年の隙を突くことができない。
獣は、この大剣を……いや、少年を恐れていたのだ。
息をつかせぬ剣閃の暴風。
そしてーーー
ガリっ! ゴリっ! と、金属の削れるような異音が響く。
少年の一撃が、とうとう獣を捕らえた。
獣の肩に当たる部分の装甲が、削り取られていた。
それは浅い傷だった。致命傷にはなり得ない小さなダメージ。
だが…………
「届いたぞ」
それは証明だった。
この大剣が、少年の覚悟が獣の命に届くという、絶対の証明。
その傷をじっと見つめていた獣は、自身の大顎を開き咆哮する。
獣が、目の前の少年をようやく敵と認識したのだ。
エネルギーを得るための獲物ではなく、縄張りに入り込んだ愚かな侵入者でもない。
獣の命を脅かす、明確な敵対者。
目の前の化け物から、先ほどとは比べ物にならないほどの殺気が放たれる。
その殺気を真正面から受け止め、少年は大剣を正眼に構えた。




