魔剣
目の前で岩に突き刺さる巨大な剣。
ジンはこれを求めていたはずだった。
行手を阻むギアビースト。それと戦えるだけの武器が必要だった。
だがこれはなんだ? 自身が、いや人間が手にしていいものなのか?
「こ、心の力を喰らう? それに、魔剣!? 聖剣じゃないのか?」
疑問符ばかりが浮かぶ。アリアのセリフが理解できなかった。
「…………心の力は見えない力。魔力とも生命力とも違う、あやふやだけど確かな力」
唄うように紡がれる妖精の言葉。
「心を持たない古の歯車はその力を理解できない。だからこそ心の力を喰らい、自身の力へと変えるこの剣は彼らの天敵になりうる」
だけど…………、と続ける。
「心の力は強い心からしか生まれない。強い心を持たない者がこの剣を持てば、心そのものを喰われてしまう…………だからこそ、魔剣」
妖精は少年を見つめる。その目は少年に訴えかけている。
「わかる? この剣を妖精族が代々守って生きた理由が。悪しき者の手に渡らないようにするためではなく、弱き者の手に渡らないようにするためなんだよ?」
それでもこの剣を求めるのか?
「心の強さを認められなければ、人間さん、廃人になるかもしれないんだよ?」
妖精の言葉は脅しなんかではない。
ただの事実を述べているだけ、純粋に少年を心配しているだけだ。
それがわかるからこそ…………怖い。
目の前の剣が、あの獣よりも恐ろしいものに感じる。
だが…………
「俺には、これが必要なんだ」
迷いはなかった。
「……いくぞ」
大剣を抜くべく、その柄を両手で握りしめる。
途端、襲ってきたのは急激な虚脱感。
「……かっあ、はっ」
全身から力が抜ける。
体の中心にある何か大切な物が奪われる感覚。吸い尽くされるようなその力はだんだん強くなっていく。
「……あ、……ああ」
剣を引き抜くどころではなかった、立っているだけで精一杯だった。
倒れ込みそうになる体を、剣にもたれかかることで支える。
だが、それでも少年は剣から手を離さなかった。
「ぐぅっ…………ぐううう!!」
視界が薄れ始めてきた直後、柄を握りしめる少年を、大剣を封じている鎖から放たれた雷が襲う。
「があああああ!!!」
「人間さん!!」
全身を貫く雷撃。かつて感じたことのない痛みに少年は悲鳴を上げる。
「じいちゃんの防御魔法!? 人間さん今すぐ手を離して!!」
アリアの叫び声が聞こえる。
放たれた雷は絶え間なく少年を襲い続ける。
しかし、少年は手を離さなかった。
「い、いやだ……っ!」
ありがたいと思った。激痛のおかげで意識が飛ばなくて済む。
「こ、この魔剣は絶対にもらっていく…………この魔剣で……あのふざけた機械を、がっ……ぶっ壊してやる!!」
全身を襲う虚脱感と激痛、とてつもない苦しみを味わいながらも少年は、剣を再度強く握る。
「そんな! 死んじゃうよ!!」」
「か……構わない!!」
「っ!?」
この剣を握り続けた先に待ち受けるのは死か、それとも廃人化か。
どちらでも構わなかった。
無論恐怖がないわけではない。
死んでしまうことも、心を喰い尽くされ廃人となることも怖くて怖くて仕方がない。
だがそれ以上にイオナを、記憶喪失で何者でもなかった自分をお兄ちゃんと慕ってくれ、居場所を与えてくれたあの少女を失うことが怖かったのだ。
「おい……魔剣とやら」
全身から焦げるような匂いがする。
「俺の……ぐっ……心も、命も……くれてやる……!」
激痛のあまり鼻や耳から訳のわからない血が流れる。
「だから、一回でいい。この俺にあの化け物を倒す力を……」
血の味がする唇を噛みしめ、虚脱感に逆らい全身に力を入れていく。
「イオナを救う力を、よこせ!!」
剣に巻き付いた鎖ごと引きちぎるように引き抜く力を強める。
そしてーー




