妖精族が守りし剣
ちょっと、起きてよ!
もう信じらんない! 遅れた私が悪いけど、女の子との待ち合わせで寝ちゃう?
…………よだれ出てるよ?
ほらそこ、右側……違う、反対だって。……うん、そこそこ。
今日私すっごい楽しみにしてたんだから! ほら見てよ! すごい美味しそうじゃない?
創業100年の匠の技だって、100年もお店が続くってすごくない?
…………なんでそんなに眠そうなの?
早く行こう! このお店以外にまだ行きたいところがいっぱいあるんだから!
ほら、起きてーーー
「ーーきて、起きて!!」
頬をペチペチと叩く弱い感触。
目を開けると何かキラキラと光るものが目の前を飛んでいた。
「大きい人間さん、なんでこんなところで寝てるの?」
目の前にいたのは小さな妖精、アリアだ。
「……こ、ここ……は……?」
頭が回らない、記憶があやふやで今自分がどこにいるのかわからない。
「森の近くの川だよ、大きい人間さん流されてきたんだよ?」
ああ、そうか。
落ちた先は川で、それでここまで流されたのか…………運が良かった。
……落ちた?
直後、全てを思い出す。
「今何時だ!!」
「えっ、え?」
「俺はどのくらい寝てたんだ!!」
「わ、私が見つけたのはちょっと前で、今はお昼前くらい」
「そんなに……寝てたのか……っ」
あの獣と戦ったときは、日が登ってすぐだった。
自身が無駄にした時間を知り愕然とする。
「い、行かなきゃ……」
立ち上がり少し歩くが、すぐに転んでしまう。
体に力が入らない。
「ちょ、ちょっと! そんなボロボロでどこにいくの!?」
「双子山……あの化け物をぶっ倒す……」
「化け物って、あのギアビースト? 無理だよ! アレは近づいちゃダメってじいちゃんが言ってたよ!」
引き留めようとしているのか、空を飛ぶ妖精は歩き始めた少年の髪を後ろに思いっきり引っ張る。
「でも行かなきゃ……俺がやらなきゃ……」
だが少年は止まらない、うわごとのようにぶつぶつと呟き、焦点の合わない目をさまよわせる。
「無理だって!! 第一武器も持たず、丸腰でどうやって戦うつもり!!」
「……武器」
そこでようやく少年は歩みを止める。
手元に武器はない。あの化け物に喰われてしまった。
しかしあの剣があったとしても、あの機械仕掛けの獣には一切通用しなかった。
普通の武器じゃダメだ、もっと強力な武器をーー
ジンは目の前の妖精を見て、イオナと一緒に読んだ絵本を思い出す。
「妖精族が守っている聖剣!!」
「う、うわっ、何!?」
活力を取り戻した少年は大声を上げる。
アリアに詰め寄ると、驚いたような声をあげる。
「そうだ、山をも真っ二つにする聖剣があれば! 妖精が本当にいたんだ、聖剣もあるんだろう!?」
「せ、聖剣?…………あっ、もしかしてアレのこと?」
「知ってるんだな? あるんだな聖剣は!!」
「あ、アレはそんなんじゃ……」
「頼む、俺に貸してくれ! どうしても必要なんだ!」
「む、無理無理無理!! じいちゃんに殺される! それにアレはやばいんだって、普通の人間には使えないよ!」
妖精は全身を使って、少年の要請を拒否する。
だが、諦めきれないジンは食い下がる。
「頼む……頼む! イオナが病気なんだ……治すには山頂のシリン草が必要なんだ!」
「え、イオナって前にお菓子くれた、小さな人間さん?」
「あの子、自分が一番辛いはずなのに……無理やり笑うんだよ……俺たちに心配かけないように……。なあ頼むよ、イオナを救いたいんだ。頼む……助けてくれ」
傷だらけの体で、少年はすがるように懇願する。
なりふり構ってられなかった。小さな妖精だけが、少年の最後の希望だった。
「でもアレは……じいちゃんが絶対にって……うーーー、うーーー! うーー!!!!」
妖精は悩むように唸り、やがて鮮やかなその髪をかきむしり、決意する。
「わかった! 私についてきて!!」
妖精に連れられ、少年は流されてきた川を遡る。
緩やかだった川の流れが急になっていき、気がつけば少年が落下したであろう断崖絶壁を見上げるような場所まできた。
荒々しい岩肌をつたい、落ちれば再び流されそうなほどの急流に気をつけながら進むと、ツタに隠された洞窟の入り口にたどり着く。
そして、その洞窟の奥にその剣はあった。
「……なんだこれ?」
岩に突き刺さったそれは、異様だった。
その外観を一言で説明するなら、機械仕掛けの大剣。
大小様々な歯車を寄せ集め、複雑に絡み合った黒い鉄塊。
それを見て思い出すのはあの悪夢の捕食者、ギアビーストだ。
だが、問題はそこではなかった。
問題はその大剣に巻き付いた鎖。
洞窟の岩壁から伸びる何本もの鎖は、大剣をがんじがらめに絡めとっている。
その様相は、剣を守るのではなく、剣を封じ込めようとしているように見えた。
「おいアリア……なんなんだこれは?」
体が強張るほどの禍々しさを感じる。
目の前の剣が、ただの御伽話の存在でないことを今更ながらに理解した。
「…………それは、妖精族が代々守りし剣。古の歯車と、人間の心の力を喰らう生きた剣。その名前はーー」
その名は…………
「魔剣ギアイーター」




