表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/101

6話 練習試合VS福知山済美③

 お昼を過ぎ、春の陽気はますます強くなってきた。


 福知山済美との練習試合二試合目は、昼食を挟んだあとに行われる。


 この試合、千庄のスタメンに名を連ねたのは、一試合目に出場しなかったメンバーたちが中心で、私の名前はそこになかった。


「あ、私、サードコーチャーやります」


 チームの攻撃時、一塁、三塁のすぐ横のファウルゾーンにいて、ランナーの判断の補助をする役目をランナーコーチとか、ランナーコーチャーという。


 ランナーには場面場面で、先の塁を狙うか、やめるべきかと選択を迫られることがあり、その微妙な境界を判断して、ランナーに声、またはジェスチャーで指示を伝えるのがコーチャーの役目である。


 試合が始まる。今度はあっちが先攻だった。一回の表はあっさりと終わり、一回裏、後攻、千庄の攻撃が始まった。


 一番バッターが倒れ、二番の打順がやってくる。小振りな体に対して、少し長めに見えるバット、二番バッターはショート、関長さんだった。


 ネクストバッターサークルには次の打者、乃愛の姿も見える。素振りをしながら、打席の関長さんを見守る乃愛は、三番ライト、クリーンナップでの出場だった。


「プレイ!」


 関長さんは、打席内ではあまり動かず、どっしりと構えている。


 初球、ピッチャーが右腕を振り下ろす。ボールが投手の管理下から離れ、空中を裂いて進んでいく。対し関長さんも高く前の足を上げ、ボールを懐に呼び込む。


 十二分にボールを引きつけた関長さんは、ドンピシャのタイミングでバットを振るった。甲高い金属音が響いた。


 ライナー性の打球がセンター前へ綺麗に飛んでいく。お手本のようなバッティングだった。


 ボールがセンターから内野に戻ってくる。関長さんは一瞬、二塁を狙うような動きを見せたが、一塁へ戻った。


「ナイスバッティング!」


 次は乃愛の番、右打席に立つと、地面をスパイクで削って足場を作る。


 乃愛のバッティングフォームには、釣りをしているときのような、リラックス感がある。足を平行に構え、バットを肩よりも低い位置に置く。


 乃愛は際どいボールに手を出さず、冷静にボールを見極めていき、ワンストライクスリーボールの六球目、勝負は決した。


 鋭く横に曲がる変化球を捉えた。打球はレフト前に落ちる。一塁ランナーの関長さんは、二塁まで一瞬でたどり着く。


 そのままそこでストップ――と、思ったら、


「え!?」


 ぎょっとした。

 

 関長さんは少しの躊躇も無く、三塁に向かってきた。引き返すようなそぶりは微塵もない。


 既にレフトはボールを拾っている。普通に送球されれば余裕でアウトのタイミングで、これじゃあ、みすみすアウトに行くようなものに思えた。


 けれど、私の予想以上に関長さんの足はとても速かった。それに、油断をしていたのかレフトの送球は緩かった。


 スライディング、足から滑り込んだ彼女は、相手のタッチより早くベースにたどり着いた。


「セーフ!」


 土埃が舞う。関長さんはすぐ立ち上がり、服に付いた土を払った。

 

「ナ、ナイスラン」


 私はタッチをしようと手を差し出してみたけど、私の手は、関長さんの手に強くはたかれた。


「っ、ちょっと」


「なによ」

 

「今の無理する場面じゃないでしょ。次三番なのに」


「ふん」


 関長さんは、私のことを関せずのようにそっぽを向いた。


 相手のピッチャーが次に投じたボールは、ワンバウンドしてキャッチャーが弾いた。


 ホームから少し離れた場所にボールが転がる。関長さんはホームに突っ込む。慌ててボールを拾った捕手と競争になる。

 

 きわどいタイミングになったが、タッチの差で関長さんの伸ばした右手の方が早かった。


 千庄に先制点となる一点が入る。間違いなく、関長さんの足で取った一点だった。


◇◇◇◇


 関長さんが一回にホームを踏んでからは、試合に動きはなかった。


 試合は五回の裏に差し掛かっていた。千庄の面々がポジションに着く。試合に出てないメンバーはベンチの前に立ち、声を出し仲間を盛り立てる。

 

 二試合目の先発は、二年生の佐伯さえき奈桜なお先輩だった。四回までの投球は、ランナーを出しながらも、粘り強い投球で無失点に抑えていた。


 ところがこの回、奈桜先輩はツーアウトから、ヒットとフォアボールでピンチを作る。


「奈桜、落ち着いて!」


 ピンチを迎え、こっちのベンチからの声が盛んになっていく。向こうのベンチも活気づいていく。


 右打席には、相手の三番バッターがどっしりと構える。奈桜先輩ピッチャーがセットポジションに入り、白球を投じる。


 試合の流れを決めそうな対決は、ワンストライク、スリーボールと投手不利のカウントとなる。


 さすが三番と言うべきか、際どいボールをなかなか振ってくれない。


 五球目、奈桜先輩が投じた球は甘かった。打ちごろの直球、バッターは待ってましたとばかりに振ってくる。快音と鋭い当たりが投手の横を襲う。


 奈桜先輩が差し出したグローブが、ボールと衝突する。捕球は叶わなかったものの、打球の勢いが完全に死ぬ。


 ショートとピッチャーの間に落ちるポトリと落ちたボールは、弱々しく転がり始めた。


 反応したのは関長さんだった。ボールの急激な方向転換にも、いち早く対応する。運動の向きを変え、ボールへ一目散に駆け出す。


 関長さんは一気にボールとの距離を詰め、捕球する。体の勢いを殺さず、そのまま前方に体を投げ出したままに、手首の力――スナップだけでボールを送る。わずかな差で送球が一塁に着く方が早く、スリーアウトとなった。


「ナイスプレー!」


 関長さんは送球後、地面に身を投げ出した。


 もし、体を投げ出すことも躊躇していたら、また、暴投を恐れ送球の体勢をきちんと作っていたら、アウトを取れなかった。


 いち早くボールを一塁に送るという最大のテーマに、体、心、彼女のすべてが凄さが詰まったプレーだった。


 ベンチに戻ってきた彼女は、部員たちの拍手とハイタッチの嵐を受ける。関長さんは、表情を変えず、次の打席の準備をしはじめる。私はその輪に入ることができなかった。


 さっきの関長さんのプレーを、私は再現できるのだろうか。


 一打席目に続いて、二打席目にはレフト線を破る二塁打を放った彼女は、まちがいなく今日の試合の主役で、私の脳裏にそのプレーたちは、しっかりと焼き付いている。


 小学生のころ、同じチームでプレーしていた一個上の女の子に言われたことがある。


「桜希のプレーはさ、上手なんだけど、なんというか、見ていて面白くないんだよね」


「どういうこと?」


「なんというか、気持ちが乗ってないっていうかさ」


 当時の私には意味のわからない話だったけど、今だったらわかるような気がする。私にないものを、彼女は持っている。


 六回表の攻撃は、二番、関長さんからだった。私は、コーチャーボックスから彼女の三打席目を見守った。


 相手の右投手が良いコースにボールを放ってくる。関長さんはそれをファウルで逃げる。右へ左へ、ファウルゾーンへ打球が飛んでいく。


 一球一球、私は呼吸を忘れるぐらい、じっと集中して打席を見つめていた。そして十球目、ついに根負けしたのか、投手は四球目のボール球を投げた。


「ボールフォア」


 一打席目、二打席目と、積極果敢に打ちにいき結果を残したと思えば、今度は球数を多く投げさせての粘り勝ちを見せる。


 はつらつとして、躍動感のあるプレーに、なにかをやってくれそうなワクワク感。私は目が離せないでいた。


 そんな、私が不確かな感情に満たされているとき、事件が起きた。


 ベンチの芹沢先生がサインを出す。関長さんへの指示は盗塁だった。


 関長さんは、大きめにリードを取る。ピッチャーがセットポジションから、牽制を入れた。関長さんは余裕を持って帰塁した。


 三番、乃愛の打席、初球のことだった。ピッチャーがセットポジションから、軽く足を上げる。関長さんが低い姿勢のまま地面を蹴る。スタートを切る。


 それらは、ほぼ同時に行われたように見えた。完璧なスタートだった。

 

 真っ直ぐに進んでいったボールは、バッターにスルーされ、キャッチャーのミットに収まる。キャッチャーはすぐさまボールを右手に持ち替え、送球する。ここまでは普通のプレーだった。


 二塁ベース上にたどり着くはずのボールは、若干、一塁方向に逸れた。


 さらに、それを取るべき人がいなかった。相手のショートが二塁に入るのが若干、遅れたのだ。


 二つの“若干のずれ”は、予想だにしなかった事を引き起こした。


 ボールは、関長さんの足に当たった。二塁へのスライディングを敢行していた右足と、無防備にぶつかった。人間の体と正面衝突をしたボールが、力無く転がる。


 関長さんは、足を押さえてうずくまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ