46話 準決勝VS大阪桐葉①
近畿大会の準決勝、大阪桐葉戦。日本一のチームとの戦い。私たちは朝早くに発ち、決戦の地へと向かった。
私たちの試合は第一試合だった。球場入りしてみると、灰色の雲が、厚く上空を覆っていた。冷たい風が盛んに吹いていて、あんまり体に優しい天気ではなかった。
言うまでもなく今日の試合は私たちの分が悪い。ここ五年で四回の全国優勝、三年前には春夏連覇を果たした相手。この土日の試合が、今年最後の公式戦となる。胸を借りるつもりで、全力で挑むしかない。
「負けました……先攻です」
試合前、チームメイトを前にして、力なく日菜子先輩が言う。先攻後攻を決めるじゃんけんに先輩は負け、私たちは後攻めとなった。
「恩田さん。すごく背が高かったし。目力が強くて、ちょっと怖かった」
恩田由乃、その高身長さに加わり、中性的で端正なマスクで人気を誇る。桐葉のキャプテンにして、四番キャッチャーを務める彼女は、高校女子野球界のスターだった。うちのキャプテンは、相手のキャプテンに対し、すでに気後れ気味だった。
「そんなことより、相手の先発は?」
「それが……」
すみれ先輩に問われ、日菜子先輩は相手のメンバー表を私たちに見せた。今日の先発は、背番号18番、桜井碧。
「この人、まだ投げてない人だよね」
「あたしたち舐められてる?」
千庄メンバーの間に波紋が広がっていた。それもそのはずで、相手の先発はこの大会一回も投げてない、桐葉投手陣の序列で言うと四番手のピッチャーだった。
桐葉には圧倒的な左右のダブルエース、背番号1の里香織と、背番号10の巻島乃梨子がいる。三番手には、古賀海香がいて、この三人を中心に大阪府大会、近畿大会を戦ってきた。桜井さんは、府大会の序盤で少し投げただけで、上の三人よりも力が劣るのは間違いない。
「こうなったら、速攻、里でも巻島でも引きずりだしてやろう」
「おー!」
すみれ先輩の一言で、チームはまとまった。里さんと巻島さん、どちらも難敵なのは間違いない。特に里さんは日本一になった旧チームでもエースだったし、日本一の左腕といっても過言ではない。
でも私は、巻島乃梨子、彼女の方が甚だ不気味だった。沙音璃に電話越しに聞いた彼女についての話が、深く心に根付いていた。
「あたしと乃梨子とは地元が一緒で、同じチームだった。といっても一年も無かったけど」
昨日、私は沙音璃に連絡し、巻島さんのことについて聞いた。
◇◇◇◇
沙音璃と巻島さんが中学二年のとき。当時、沙音璃は女子の硬式クラブチームに入っていた。そのチームでの練習中に、巻島さんは突然現れ、言った。
「上橋沙音璃さんと勝負させて欲しい」
そんな道場破りみたいな行為が許されるはずもなく、巻島さんは追い返されそうになった。
「じゃあ、このチームに入らせてください」
聞けば、当時巻島さんはどのチームにも所属してなかった。それどころか、野球経験すら無かった。チームの大人たちは、とりあえず話は後日にするからと、巻島さんを帰そうとした。でも、これでも巻島さんは引き下がらず、
「上橋沙音璃さんと勝負して勝ったら、チームに入れてください」
完全に挑発であるが、沙音璃はこれに乗った。素人にそんなこと言われ、黙っていられる人では無かった。で、結局三打席勝負することになった。沙音璃は赤子の手を捻るつもりで、全球ストレートで勝負した。最初の一打席は実際そうなった。初球、二球目と巻島さんは見逃し、三球目はようやくバットを出し、空振りとなった。
「ひえー、こんなに早いんだ」
巻島さんのスイングは素人そのもので、野球のスイングの体を成してなかった。ただ、二打席目の初球、バットにボールが当たった。
「あーくそ」
ボテボテのピッチャーゴロ、巻島さんは悔しがった。沙音璃は驚き、愕然とした。素人に自分の球が当てられた。さらに三打席目、これもピッチャーゴロ、今度はよりバットの芯に近いところに当たった。
「だめか。それじゃ、おとなしく帰ります。お騒がせしました。上橋さん、ありがとう」
巻島さんは沙音璃と勝負したかっただけなのか、あっさり引いた。
「待って。入りたいなら、勝手にどうぞ」
けど屈辱を受けた沙音璃は、そう言うしかなかった。巻島さんはにっこりと笑って、「ありがとう」と返した。その笑みは、沙音璃にとっては“あおり”としてしか映らなかった。結局監督たちは彼女の素質に惚れてしまい、後日、巻島さんがチームに入ることが決まった。
◇◇◇◇
巻島さんについて話しているとき、沙音璃は終始、淡々としていた。普段の彼女の明るさはまったく感じられなかった。私の中に、恐怖に近い感情が芽生えていた。変な汗をかいた。
「なんか、すごい話ね。マンガみたい」
「あたしにとって、それが人生で一番屈辱的な出来事。夏に君に打たれたことよりも」
沙音璃によると、巻島さんは小学生のとき、全国ジュニアテニス選手権で優勝したらしい。沙音璃と対決したときの一見、素人っぽいフォームは、テニスのラケット捌きそのものだったという。他にもスキーで全中を優勝したりとか、なにをやらせても完璧な選手だった。そんな巻島さんは、ある日テレビに出演していた沙音璃を見て野球に興味が湧き、すぐさま会いに行った。
「すぐにあいつはチームのレギュラーになった。ピッチャーを始めたわ、ずっとあたしの二番手ではあったけどね。そしてその一年後には、大阪桐葉に入ることが決まった」
沙音璃に会うまで野球経験が無かったという話が本当なら、巻島さんの野球経験はわずか二年ぐらいということになる。それで、もう全国屈指の投手となっている。
「あいつだけは何考えてるのかよくわかんない。頭のネジ外れてるし」
沙音璃だって頭のネジ外れてるとは思うけど、もっとやばい人がいるなんて、世の中広いと思った。
「ありがと。教えてくれて」
「……あいつの話なんてしたくなかったけど。桜希のお願いだからね。対戦したならちゃんと打ってよ。あたしから打った君があいつに抑えられたら、あたしがあいつに劣ってるみたいじゃない」
正直、巻島さんのこと、恐ろしいとも感じた。でも今の私の状態なら、打てないとはまったく思わない。
「わかった。頑張る」
◇◇◇◇
試合前の整列、両チームが向き合う。白色のユニフォームに黒く刻まれた“TOYO”の文字。相対し見てみると、どの人も体格が良い。強く自信が溢れた表情は、それだけで圧を感じる。私たちは日本一だ、という自負が、彼女たちの表情に見えた。
桐葉の面々でも、主将の恩田さんは一際目立っていた。180センチ近い身長は、背の高い人が多い選手たちの中でも頭一つ抜けていて、中性的な顔の造形と相まって、別格のオーラを振りまいていた。
巻島さんはあからさまにキョロキョロと視線を動かし、千庄の面々を観察していた。背は私よりちょっと小さいぐらいで、黒髪が肩口で綺麗に切り揃えられていた。整った顔だったけど、大人びても見えるし、幼い子供にも見える、不思議な顔だと思った。
「お願いします!」
球場に長いサイレンが響き、試合が始まる。桐葉ナインが守備についた。
『守ります大阪桐葉高校、ピッチャー桜井さん』
ウグイス嬢が各ポジションを紹介していく度、三塁側のスタンドが大きく湧く。桐葉の部員数はこっちの倍以上だ。千庄部員は全員ベンチに入っているのに対し、桐葉はベンチ外となった部員がたくさんいる。その人たちがスタンドに陣取っているのだから、両チームの応援の数はあきらかに差があった。
それなりにギャラリーはいるけども、みんな日本一のチームを見に来ているように見える。アウェーな雰囲気を感じた。
『一番セカンド、関長さん』
今日の千庄のスタメン、ピッチャーが舞香になった以外はいつもと変わりはない。私は二番ショート、二番という打順にもだいぶ慣れた。
「プレイ!」
ピッチャーが右足を上げて、第一球、ストレートがキャッチャーのミットに収まった。球審は「ストライク」と宣告した。
桜井さんに関してはあんまり情報がないけども、めちゃくちゃ打てなさそうなピッチャーって感じではない。少なくとも、巻島さんや里さんよりかは攻略しやすそうに見える。
そこで、カキーンと快音が鳴った。明日葉の放った打球は、鋭いゴロと化し、レフト前へと抜けていった。
『二番ショート、青見さん』
ノーアウト一塁、ベンチからは“二人に任せる”というサインが出た。いつもなら明日葉が盗塁を仕掛ける場面だけど、今回は状況が違う。キャッチャーは女子のレベルを逸した強肩、恩田さんだ。そう簡単には走れない。
明日葉を警戒しているのか、ピッチャーは執拗に牽制をしてきた。それでも、明日葉は走った。初球、高めへのストレート、恩田さんは捕って、間髪入れずに二塁へボールを送った。
「アウト!」
正確さ、捕ってからの早さ、送球のスピード、どれもが圧倒的だった。私は、明日葉の盗塁がアウトになったのを初めて見た。千庄ベンチも皆、あっけにとられていた。球場も、恩田さんのプレーに湧いていて、早くも桐葉の流れになりかけていた。
ただ、二球目、ストライクゾーンに入っていく球を私は捉えた。打球はライト線上を走っていった。最後はスライディングをし、三塁まで到達した。三塁打、「おし」小さく両手を握った。
そして三番、すみれ先輩のショートゴロの間に私は本塁を踏む。先制点は、私たちだった。
◇◇◇◇
ベンチに戻った私に、明日葉は「ナイスバッティング」と声をかけた。
「わたしの失敗をかき消すバッティングをありがとうございます」
「なにそれ」
明らかな棒読みで、あんまり気持ちがこもっていなかった。
「ていうか、あの人やばいね」
「うん。正直、スタート切ったときはセーフだと思った」
四番、星奈先輩がサードフライに倒れスリーアウトとなる。しかし、この回、スコアボードに“1”が刻まれた。明日葉は強く瞳を光らせ、グラウンドの方を見た。
「でも、ああいう人から盗塁出来ないと、わたしの未来はないから」
私たちは一回裏の守りに向かった。一塁側ファウルゾーン、桐葉のブルペンでは、巻島さんが準備を始めているのが見えた。




