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2話 ライオンのふりした猫

 翌朝、私たちはいつもより早めに登校することなった。関長さんを迎え撃つためである。

 

 乃愛の情報によると、関長さんは電車通学で、あと少しで登校してくるそうだ。まだ人の密度が小さい教室で待機し、ターゲットの到着を待った。


「あっ、来た」


 乃愛に手招きされ行ってみると、廊下をこちらに向かって歩いてくる関長さんの姿があった。リュックを背負い、表情を堅くして、一人で歩いていた。


「行くよ」


 ホントのことを言うと、こんなことをしたくなかった。ただ、ノリノリになってしまった乃愛を止めることができなかった。


 関長さんが、私たちの教室の近くまでやってきた。私たちは、そのタイミングで教室から飛び出した。


「おはよう、明日葉ちゃん!」


 開口一番、乃愛は努めて明るく言った。


「……」


 関長さんは一瞬その身を固めたが、その言葉を無かったことにしたのか、私たちの横をすり抜けていこうとする。


 乃愛は怯まない。相手がその横を通り過ぎた瞬間、追撃を加えた。


「なんで無視するの? 仲良くしようよ」


「どうして――」


 わたしたちに冷ややかな視線を与えた彼女は、ひどくトゲのこもった声で言った。


「わたしがあんたたちと仲良くしないといけないの」


「だって、わたしたち、クラスメイトだしチームメイトだよ」


「別にあんたたちと仲良くしなくても、勉強もできるし野球もできるし」


 関長さんの目には、猛獣のような鋭い光が灯っていた。


 最後に「二度とわたしに話しかけないで」と付け足し、彼女は教室に入っていった。廊下には、私たち二人だけがぽつりと残された。


「だそうです」


 乃愛は言った。あれだけ強い言葉を言われたのに、少しも意に介してない様子だった。


「だそうです、じゃないでしょ……だからやめようって言ったのに」


 あの様子だと、関係を無理に築こうとしても逆効果にしかならないと思った。


◇◇◇◇


 “あの日”から数日が経った。表面上では何一つ変わらない日々を送っているけども、心のどこかには関長さんがしっかりと住み着いている。もやっとした気持ちを抱えながら過ごしている。


 たびたび乃愛が彼女に話しかけているけども、いつも無視される。それか辛辣な言葉をかけられる。その繰り返しが続いている。


 野球部としての活動はとても楽しい。学校生活も充実している。そんな中、彼女との関係性だけが不確かで、悩みの種だ。


 どうすればいいのかわからなかった。でも、このままじゃいけない、いたくない。そんな私がどこかにいるのも事実だった。


「6秒9」


 ストップウォッチを片手に持った女性の体育教師が言った。50メートルを走りきったばかりで、多少息が乱れる。呼吸を整えながら、スタート地点に戻っていく。


 今は体育の時間、学校の春の風物詩である、体力テストが行われている。ここ、第一グラウンドは普段は男子サッカー部が使っていて、ゴールが奥にたたずんでいるのが見える。


 春らしい陽気に包まれていて、体を動かすにはもってこいの天候だ。上に着ていたウェアを脱ぎ、半袖の体操服にハーフパンツ姿で、短距離走に臨んだ。


 戻ってきた私は、バインダーに挟まれた記録用紙を手に取った。記録用紙は出席番号一番の人、すなわち私が管理することになっている。


 数組が終わった後、乃愛と関長さんの番がやってきた。名前が“す”と“せ”で始まる二人は、出席番号が隣である。


 スタート地点近くの生徒が、旗を上げる。生徒たちがクラウチングスタートから一斉に走り出す。


「はや……」


 関長さんは一瞬で横の人たちを置き去りにする。そのまま他との差をぐんぐん広げていき、一番でゴールした。


 乃愛は二番でゴールした。結構な差があったように見えた。乃愛もけっこう速い方なはずなのに、一瞬だって並ぶことはなかった。


「ちょっと、あんなの反則でしょ。速すぎ」

 

 乃愛が戻ってきた。バインダーを受け取ると、自身の記録“7秒5”を書き入れた。

 

「わー青見さん速いね」


 そんな間にも、クラスメイトたちが記録を書きにやってくる。私の記録を見ては口々に誉めてくる。


「どうやったらそんなに速く走れるの?」


「さあ……?」


「ねえ、陸上部に入らない?」


「いやいやバスケ部に」


「バレー部!」


「あーだめだめ」


 クラスメイトが当人を余所に盛り上がっているところ、乃愛が間に入った。


「あなたたち、桜希を勧誘なんてすると女子野球部の主将にしめられるよ。桜希は部の期待の星だからね」


「えー怖い」


 女子たちは、またキャッキャ言いながらどっかにいった。乃愛の言葉を真に受けた感じはいっさいなかったけども。


「なに言ってんのよ。陽子先輩がそんなことするわけないでしょ」


「わかんないよ。あの人、桜希ラブだし」


 私は「そんなことよりも」と、話をさっきのことに戻した。


「さっきの関長さんのタイム、何秒だったの?」


「本人に聞いてみればいいんじゃない?」


 乃愛の視線の先には、関長さんがいた。私たちに用、ということではなく、持っている記録用紙に用があるのだろう。


 私が用紙を差し出すと、関長さんは奪うようにもぎ取った。何も言わず、さっさと鉛筆を動かす。


「明日葉ちゃん、さすがだね。ここまでクラスで一番目・・・のタイムだよ」


 乃愛が言うと、関長さんは無視をした。でも、関長さんは少しうれしそうに見えた。

 

 関長さんからバインダーを受け取る。そこに書かれた彼女のタイムは、6秒8、私より、速い。


「関長さん、めちゃくちゃ足速いね。負けちゃった」


 私は言ってみた。また無視されると思った。だけど、


「別に……」


 なんだか恥ずかしげに顔を逸らす。私たちの間に、初めて会話が成立した。


 ここしかないと思い、意を決しさらに口を開いた。それは、自分でもびっくりするぐらいストレートな物言いだった。


「ねえ、私のこと、嫌いなの?」


 どうしてかわからないけど、衝動的に言葉が出た。


「……嫌い」


 返ってきた言葉も、あまりにストレートだった。予想通りの返答ではあったものの、はっきりと形にされると、やっぱりショックだった。


「だ、だよね。ごめん」


「なんであんたが謝るのよ」


「なんか不快にしちゃってたかなと思って」


「意味わかんない。別に、あんたは何も悪くないから」


「じゃあ……」


 私は次の「なんで?」という言葉を呑み込んだ。関長さんは、少しだけ私の返答を待ったけど、やがてどっかへ行った。


「ああ、面白かった。修羅場が始まるかと思って息できなかったよ」


 乃愛は、「はー」って水中から出てきたみたいに、大きく息を吐き出した。


「“私のこと、嫌いなの”って、なかなか大胆だね」


「やめてよ、もう」


 なんであんなことを言ったのだろうと、激しい後悔が心を巡っている。


「最近わかってきたんだけど、あれは、ライオンのふりした猫だから、桜希が望むのなら、二人は仲良くなれる気がする」


 乃愛は言った。


「ライオン、猫……」


 遠くで佇んでいる関長さんの姿が自然と目に入った。確かに顔は猫っぽいけど、って思った。

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