9話 バスケで勝負
体育館の床を、ひたすらボールが叩く。今は体育の授業中で、バスケットボールが行われていた。
壁に背中をもたれ座りこんで、二面あるコートのこちら側の試合を眺める。ドリブルをしかけ、女子生徒を抜いていく明日葉の姿があった。
五人で一組のチームを作り、総当たりの試合をする。一応、授業ではあるけども、とても楽しい時間だった。
明日葉は、球技が全般的にうまい。このバスケでも、チームの中心、司令塔となってボールを動かしている。
ボールを運んで、相手を引きつけ、味方にシュートチャンスを作る。時には自らゴール前に切り込んでいき、ディフェンス網を裂いてシュートを打ちにいく。
特に1対1での、相手を置き去りにするスピードが格別に早い。スピードを得てもボールのコントロール、広い視野を失わず、しっかりとフリーの味方にパスを供給する。
そして、点を決めた相手となんだか楽しそうに声を交わす。
「変わったよね、明日葉ちゃん」
隣の乃愛がそう呟くほどには、かつてなかった光景だったのかもしれない。
今の明日葉には、入学当初にあった取っ付きにくさが薄れてきたような気がする。チームメイトともクラスメイトともそれなりに交流するようになったし、自分に近づくなオーラは、以前ほどは感じられない。
とても良いことなんだろうけど、ちょっとだけ寂しいような気もした。
◇◇◇◇
数試合が終わると、私たちのチームは、明日葉のチームと対決することとなった。
「よろしく」
私が声をかけると、緑色のビブスを着た明日葉は言った。
「あんたには一点も取らせないから」
ジャンプボールで試合が始まる。コートの真ん中に私は立つ。審判であるバスケ部の子が上げたボール、私はジャンプして、それを味方に送る。
ボールを受けとった子が、私へとボールを送る。センターライン付近、ボールを運ぼうとしたとき、明日葉が立ちふさがった。
体勢低く、両手を広げたディフェンス。私はそれを避け、パスを送るしかなかった。フロントコートに入った後も、明日葉は私のマークを外さなかった。
「ずっと付いてくる気?」
「点取らせないって言ったでしょ」
たかが体育の授業なのにと思ったけど、そっちがその気なら、やってやろうと思った。
強烈なマークに遭っている私をよそに、味方がボールを回し、シュートを放つ。惜しくもそれは外れ、相手のボールとなる。
緑色ビブスの相手は、ボールの出しどころを探し、明日葉の方を一瞬見たけど、そこには出さなかった。私が、明日葉を徹底マークしていたから。
「邪魔しないで」
「そっちが先にしたことでしょ」
そこからは体力的にきつかった。お互いが徹底マークしあい、それを振り切ろうと必死に足を使うけど、相手はしっかりと付いてくる。私たちにボールは回ってこず、ただの追いかけっこをしているだけみたいになる。体力を消耗するだけの時間だった。
「ちょっと待って。これお互い損じゃん。せめてボールには触れさせて」
さすがの明日葉も事の無意味さに気づいたのか、「わかった」と、この提案には乗った。
スリーポイントライン、ゴール向かって右でボールをもらう。久しぶりにボールを持ち、明日葉との1対1の場面ができる。
明日葉は腰を低くし、横への動きを最大限に警戒している。本当のバスケなら上を通すパスもケアしないといけないだろうけど、明日葉はそれをしない。横を抜かれるのだけを警戒していた。
ゴール前の味方にボールを送るのは簡単だけど、それはしたくなかった。かといって、外からのシュートを決める能力は私にない。
ピボット――軸足を固定して、体を回転させてみる。隙はない。どっちに動こうとも対応されそうだった。
覚悟を決めた。正面に向き合い、ボールをつく。跳ねたボールが右手に吸いつき、再び地面に落ちる。右に動いた。
もちろんマークは付いてくる。重心を切り返し、今度は左へ。自分のできる精一杯の切り返しをしたけど、明日葉はついてきた。
駄目だった。バスケにはボール持ち過ぎを禁止するルールがあったことを思いだし、おとなしく明日葉の上を通し、ゴール前にボールを入れた。
「どう?」と言わんばかりの明日葉のどや顔があった。だけど、まだ勝負は終わっていない。
味方がシュートを放った。ふわりと落ちていくボールは、リングにガシャリと当たり、ゴール下に落ちそう。落下点に入り、ジャンプの体勢に入る。
けど、私の前に体を入れた明日葉が、思いっきり体をぶつけてきた。リバウンドは捕れなかった。ボールは、明日葉の手中に落ちた。
「ファ、ファウル……!」
アピールしてみるけど何も起こらず、ボールがバックコートへ運ばれていく。立ち上がり、ディフェンスに向かうしかなった。
そこで再び明日葉との1対1ができる。今度はスリーポイントライン、ゴール正面での相対だった。
終了時間まであと少し、4対2でこっちが勝っている。ここを抑えたら、たぶん勝ちだ。
絶対抜かしてやるものかと思った。パスも一切、通させないつもりだった。なのに、それは一瞬だった。
明日葉は、ボールをつき、少し右へ動く。ついて行く。明日葉はここで、一歩後ろに下がった。
あまりにさりげない後退で、まったく付いていけなかった。下がった明日葉は小さく屈む。そして、力みのない綺麗なフォームから、シュートを放った。
スリーポイント――ボールを放った両手が、花のように開く。ボールは放物線を描き、リングに触れずネットに収まる。同時に、試合終了のブザーがなった。
「すご……」
体育館に歓声がわき起こる。どやっていた明日葉だったけど、やがて不満そうな表情に変わる。
「なんでそんな顔してるのよ。もっと悔しそうな顔しなさいよ」
「だって、やっぱ明日葉は凄いなって思って」
負けたことよりも、凄いとこ見れて良かった。明日葉は、「意味わかんない」と言っていた。
「面白かったよ。二人の鬼ごっこ」
交代際、乃愛が私たちに言った。ボールに関せず追いかけっこしていた私たちは端からどう見えていたのだろうと思い、恥ずかしくなってきた。
腰を下ろし、壁に背を預ける。汗を結構かいていた。ビブスを返しにいっていた明日葉は、自然と私の隣に座った。
しばらく息を整えながら、乃愛のチームの試合を見ていると、
「上手、末広さん」
視線の先、レイアップを決めた乃愛を見て、明日葉が言う。
「乃愛はめっちゃ器用だから、なんでもできるよ」
「ホント、性格さえよければ完璧なのに」
「……性格は、悪くないと思うけど。たぶん」
「あいつは、人のことを外から観察して嘲笑するっていうあくどい趣味があるし。それに、どう考えても普通の人間とは違うくせに、真人間のふりしている」
独特のセンスでつづられる言葉たちに、私は反論することができなかった。
「どうして、あんたは末広さんとつるんでるの?」
「どうしてって言われても……乃愛は、私にとってのすべてのきっかけというか、野球始めたのも乃愛の影響だし。もし出会ってなければ、たぶん、ここにはいないと思う」
興味あるんだか、ないんだか、明日葉は「ふーん」とつぶやく。変なことを聞くと思った。それっきり黙ってしまったので、今度は私から質問した。
「明日葉の野球を始めたきっかけは?」
「父親の影響」
「お父さんが野球やれって言ったってこと?」
「そうじゃないけど、父親がやってたから、身近に野球があって、自然に」
「へえ。始めたのはいつ?」
「小学二年……ってそんなの聞いて楽しい?」
私が質問をして、明日葉がめんどくさそうに返す。気づいたらそれだけになってしまった。
「楽しいよ。だって、明日葉とこんな、普通の会話できるの、なんか嬉しいもん」
「……そんなこと、よく面と向かって言えるわ……恥ずかしくないの……?」
自分でも恥ずかしいことを言っている自覚はあったけど、明日葉を前にした私は、普段なら躊躇してしまうようなことも簡単に口にできた。
「そういうところ――」
コートではせわしなく生徒たちとボールが動く。あっち側でも試合がやってて、いろんな喧噪が体育館に混じり合っている。ただ、そのどれもがここから遠くにあるように感じる。
「うらやましいなって思う」
ブザーが鳴り、乃愛の試合が終わる。生徒たちが肩で息をしながら、コートを降りていく。その次は明日葉のチームの番だった。
「頑張って。10点ぐらい決めちゃって」
立ち上がって歩き出す明日葉に声をかけると、振り返って、言った。
「もし10点取れたら、練習後に甘いものおごってくれる?」
意外な返しに、少々戸惑った。
「わかった」
「約束だからね」
明日葉は駆け足で次の試合に向かっていく。甘いもの好きなんだ。
そして、明日葉は試合で大活躍で、10点取った。本当に私はアイスをおごらされることとなった。




