Issue#6 ◆バグ、修正、巻き戻し
「キャラメイクエリアでひたすら<銃>を発射したログがありました。12時間以上ずっとやってます」
話を聞きつつ、手元に出現させたディスプレイに目を落としていた別の社員が声を上げる。
「あ、あの。落下ポーションを使用した痕もあります!」
これまた社員から。
「なるほど。特定したといっていいでしょう。ありがとうございます」
ふう、と一息つく河北。自分が開発したゲームにバグがあったのだ。表情はあまり変わっていないが内心かなり焦っていたところ、正体不明ではなくなったのでやや気が楽になった。
「キャラメイク段階の手段ではダメージを与えられないように、防御力の値を高くすることで破壊不可能にしていたのですが……固定ダメージを積み重ねられるとは……」
この『ヴァルグリ』の世界にあって、厳密な意味での破壊不可能オブジェクトはない。壊されて困るものは防御力マシマシだったり耐久値マシマシだったり自動回復・修復だったりと、それなりの対策を施している。
「いや、ほんと? これ?」
「と、言いますと」
いやいやいや、おかしいでしょ、と東は首を振る。
「<銃>の固定ダメージだけで床の耐久値を削りきった? ほんと? 5万回よ5万回。何か他の脆弱性が?」
「ゲーマーというのは、よく分からないモチベーションで夜を明かす方たちですから」
「それで納得しちゃうの……」
これ以外の穴はなさそうだし、そういう意味で、河北は「ゲーマー」という人種を信用していた。
何かに――ゲームに人生を捧げる者には、むしろ、それくらいの情熱があって然るべきだ。
「それはさておき。緊急メンテナンスまでしているんです、早いところ対応方針を決めましょう」
「とはいっても、打つ手なんて限られてるわ」
「グラズフロプト関連のアクティビティがあるアカウントのみ、解放以前までロールバック……これしかないですかね。全体ロールバックはさすがに影響が大きすぎます」
「見られちゃった部分は今さらだしね」
「関連の動画と3Dログについては、一応削除申請をお願いします」
「承りました」
3Dログというのは、VRゲームのプレイヤーが、自身の一人称視点を記録し、視覚、聴覚その他五感全てを閲覧者が同じように再生できるようなしくみである。自分でプレイしなくてもスーパープレイが体験できると、専らこちらのみを好む層もいる。ただ、それなりに慣れていなければめちゃくちゃ酔うのが難点だ。
「組み直しかなー」
「どうせスケジュールきつくなりますし、組み直す意味はこちらの意地くらいですし、そのままでも問題ない気もするけど」
「むかつくなあ……」
方針に則り、まずはグラズフロプトを訪れたプレイヤーを洗い出す作業を始めつつ、ぼやきつつ。
「にしてもみんな、新しいモノ好きねえ」
平日朝、わずか1時間も満たない隙間だったにも関わらず、多くのトッププレイヤーが街を訪れていたようだ。
攻略の最前線で、公式イベントのランカーとして、目立ったプレイヤーネームがいくつもある。
「……揃いましたね。東さんのチームでロールバック作業をお願いします、こちらでデータ整合性の確認をしつつ手直ししますから」
「いつも面倒な方ばっかり持っていって……」
「能力のある人間がそれを活かせる仕事をやるのは、当然のことです」
「自慢してるみたいで腹立つー」
真顔で言うのは性格が悪いなあなんて思いつつ、河北に任せた方が話が早いのも確かなのであった。
# # #
メンテインから5時間。昼休憩をすっ飛ばして行われていた修正作業も残り1名となった。
桃子も必死に手伝っていた。差分検知プログラムから出力されたデータをざっと確認して、修正するべきところをデータベースがいじれる人に伝える係だ。バーチャルなのに目がしょぼしょぼするくらいには必死に働いた。
ちなみに、一連の事件の発端となった床については、自動修復機能を追加する形でささっと修正が入った。
最初からそうしておけばよかったのだが、そこはマシンリソースをケチりがちな、小規模ベンチャーの悪癖が出てしまっていた。誰が悪いというわけでもない。
「さて……」
自席に戻った河北が、残りひとりのデータを呼び出す。
「発端のアカウントですね、BANですか?」
イレギュラーな事態であるので、河北は新人の桃子の様子を見るため通話を繋ぎっぱなしにしていた。
彼女の言葉に、彼は首を振る。
「BANできませんよ、規約的に」
「えっ」
「ウチのゲームはバグを見つけること自体は推奨してますからね。やり方を広めたりしたら問題ですけれど、今のところその形跡も見受けられませんし」
「えっ???」
「課金などが絡んでくると、また違ったお話になりますが」
ゲーム全体に大混乱をもたらし、運営フロアを混沌に陥れ、自分からお昼ご飯を食べる時間を奪っていったこのプレイヤーが、おとがめなし?
桃子は激怒した。
必ず、かの邪知暴虐のプレイヤーを除かなければならぬと決意した。
桃子にはプログラムが分からぬ。桃子はベンチャーの新人である。ログを読み、グラフィックとにらめっこして暮らしてきた。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
「それはちょっと……おかしくありませんこと?」
「こと?」
「いえ、何でも」
あまりのことに、言葉遣いが変になってしまっていた。
「……ともかく、彼のアバターもロールバック対象として、キャラメイクエリアに戻す、くらいしかできないんです」
「無力だ……」
「ので、佐谷さんに、ひとつお願いしたいことがありまして」
「はい?」
なんだろう、と思って桃子が顔を上げると、目の前に浮かぶ河北の顔のこめかみ部分に青筋が立っていた。アバターなので、本当にぴきぴきという効果音まで発生している。
抑えているようには見えても、なんだかんだ、腹に据えかねるものがある様子。
「彼がログインしてきたらですね、お説教をしてほしいんです。私は手が離せないと思いますので」
「……お説教? 任せてください!」
お昼ご飯を食べられなかった鬱憤を晴らしてやるんだ――桃子はそう誓った。
彼女が、むしとりしょうねん専属の監視員を任命される3日前のできごとであった。