Issue#4 ◇スタートダッシュでスタート脱出
「続いて、アバターの設定を行っていきましょう!」
聞き取りやすく調整された合成音声が、白い空間に響く。
「VAXURに設定されたアバターをベースにしますか?」
「うん」
現代では、VAXURなどのプラットフォーム側にひとつメインのアバターを用意しておき、遊ぶゲームによって、世界観に合わせてカラーリングを変えたりアクセサリをつけたりとマイナーチェンジするのが一般的である。ゲームごとにアバターのモデリングから始めていたら、いつまでたっても新作ゲームをプレイできなくなる。
「VAXURアバターを読み込みました。調整メニューを表示しますか?」
「うん」
少年が頷くと、「身長」など様々なパラメータを調整できるスライダーがじわっと浮かび上がる。
VRアバターの体格は現実とできるだけ近くするなんて原則は、もう過去の話だ。せっかくの仮想現実なのだから、色々な体を楽しめるべき。そんな思想のもとで技術開発が進み、現在ではリアル肉体とバーチャルアバターの乖離は気にしなくて済むようになった。Humanoid以外のアバター(カニとか恐竜とか)を纏って遊ぶゲームも存在する。
「うーん……」
この男、先ほどから「う」と「ん」しか発声していないが、ともかく、ひとつ頷くと、身長のパラメータを一番左まで持っていった。確認用の鏡面に映るアバター(麦わら帽子は外されている)がぐぐぐっと縮み、少年の視点位置も下にずれる。
この感覚は何度やっても慣れないな――むしとりしょうねんは、そんなことを思った。
わざわざ彼が身長を限界まで――120cmほどまで縮めたのには、当然わけがある。
「選べるものは極端を選べ」が、彼がゲームをプレイするときの原則だ。小柄な体なら通常サイズの人が入り込めないサイズの穴をくぐれることもあるかもしれないし、逆に極端に大柄な体なら、通常サイズでは手が届かない高さまで手が届くことがあるかもしれない。それらは当然、開発側の意図していない事象を引き起こすカギとなる。
このゲームは頭身の比を調整したりはできないようで――あれだけリアル志向なグラフィックなら当然かもしれない――髪はもともと丸刈りだし(その方が少年っぽい)、もうあまりいじるところがない。
最後に瞳の色を黄色くして、むしとりしょうねんはアバター設定を終了した。
「アバターはこちらでよろしいですね?」
「はい」
「では続いて、あなたの武器を選びましょう!」
合成音声とともに空間に光が弾け、全10種の武器が彼を取り囲むように浮遊する。クラスを決める前に武器を決めるようだ。
「試しに振ってみることもできますよ」
いつの間にか、半透明のサンドバッグのような標的が出現していた。
むしとりしょうねんが試しに<直剣>を手に取り、サンドバッグを袈裟斬りにすると、「11」と白い数字が浮かぶ。ダメージ表示があるらしい。
「なるほど」
少年は一歩下がると、今度は剣先だけをかすらせるようにしてサンドバッグに攻撃を加える。「3」という表示。
「当たり方補正実装してるんだな」
どうやら、きちんと深手は深手になるような処理がなされているらしい。
戯れに、少年は剣を下向きに持ち替え、両手で思いっきり床に突き刺した。
かきん、という硬質な音を立てて剣が弾かれ、「0」という文字が浮かぶ。
「下には行けないかなあ……」
少年が眇める遥か眼下には、地面が見える。まあ、その前に透ける床があるんだけれど。
「とりあえず全種類振ってみるか」
選択肢が提示されたら、まず全部試してみる。少年のモットーであった。
# # #
振ってみた。スキルアシストはまだ試していない。
一番しっくりきて使いやすそうなのは<直剣>であったが、一番バグりそうなのは<鎚>であった。柄の部分で殴った時の処理が不安定だ。
「……そういえば」
友人が言っていたことをまだ試していなかったことを思い出した少年は、装備しっぱなしだった最後の武器種――<初心者の銃>を床に押し当て、引き金を引いた。
リアル空間でこんなことをやったら自殺行為だが、ここはバーチャルな世界。何の問題もなくマズルフラッシュとともに弾は放たれ、そして止まる。
そして――
弾ではなく、発射炎エフェクトが命中した部分から、「1」という数字が立ち上っていた。
「ほんとにダメージ通るのか……」
もう一度撃つ。もう一度「1」という表示。
ここでリロードが必要になった。システムアシストに身を任せ、弾を補充する。
「壊せそう、だけど」
ここはもう少し考えるべき。むしとりしょうねんの勘が、そう告げていた。
少年は光の波紋に向けて問う。
「とりあえずこれで進めて、後で気に入らなかったら戻ってくるのって可能?」
やや抽象度の高い質問をしたため、応答にほんの少しのラグが発生する。
「キャラクタークリエイトの完了後でも、武器屋などで武器を入手することで装備武器種の変更が可能です」
答えが噛み合わない。これはバグというよりは仕様(自然言語処理の限界)なので、別にむしとりしょうねんのテンションは上がらなかった。この現象を使って何かバグが起こせるなら話は別だが。
「あ、そうじゃなくて、えーと……キャラクタークリエイトの気に入らなかった部分を後から戻ってやり直すことは可能?」
「可能です」
量産型AIとの会話は、まだまだ難しい。
「じゃあ先で」
「続いては、スキルを選びましょう! bug parrotしょうねん様はスタートダッシュパックを有効にされておりますので、『スタダ』とタグがついているスキルからも選択が可能です」
声が止まるや否や、眼前にずらっとしたリストが並ぶ。10枠あるうち、初期に3スキルを習得できるようだ。
「おすすめ設定にしますか? すべてご自分で選びますか?」
「選ぶよ」
ゲーム初心者向けであろうおすすめ設定を無視し、むしとりしょうねんはリストに目を通す。
スクロールしていくと、一番下の方に、文字色が異なるリストがあった。全て「スタダ」と書いてある。どうやら課金特典のようだ。
〔初心の心得・銃〕(スタダ)
<銃>カテゴリの武器に、通常弾Lv1を自動装填します。
「これじゃん」
むしとりしょうねんは、ほくそ笑む。見つけた。
おそらくこれは、ビギナー期間を過ぎたらゴミになるタイプのスキルだ。最下級の弾をいくら自動装填できたところで、大した火力にはならないのだろう。
でも、今、彼に必要なのはこれであった。
〔鑑定〕
視界内のオブジェクトを鑑定し、ステータスを閲覧します。
閲覧可能な範囲は、スキルLvによって変わります。
「これもだ」
むしとりしょうねんは、また、ほくそ笑む。
これがあれば、見通しが立つ。
彼はこの2つのスキルを選択し――3つめはとりあえず保留だ――、またAIに話しかける。
「この状態で試し撃ちがしたいな」
「わかりました。サンドバッグオブジェクトを設置します」
スキルリストがいったん消え、再びサンドバッグが現れた。
「……〔鑑定〕、でいけるか?」
思考入力も可能なような感触があったが、とりあえず発声入力。
「いけたわ」
サンドバッグを注視していたので、サンドバッグのステータスが見えるようになった。
名前や説明文、ステータスは「????」とマスクされているが、緑色のHPバーが満タンになっているのだけは確認できた。<銃>で狙い撃つと、HPバーが削れ、一瞬のちに再び満タンに戻る。すぐに回復するような仕組みになっているのだろう。
こちらを追求するのも面白いが、少年には、別にやりたいことがあった。
足元を注視し、〔鑑定〕を使うと――きちんと、床のステータスが表示された。サンドバッグと同じように、こちらでは「耐久値」と書かれた緑色のバーが、満タンになっているだけだが。
「お?」
少年は銃を床に押し当て、一発撃つ。残弾は減らない。そのままもう一発撃つ。おまけにもう一発撃つ。
再び、〔鑑定〕を使う。
床の耐久値は、ほんの少し――ディスプレイに映すタイプのゲームで例えるなら、1ドットだけ減ったように見えた。
いける。
少年はそう確信し、一心不乱に引き金を引き始めた。




