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Issue#3 ◇バグらせ狙って名前入力

 相変わらずガクガク振動を続けるVRホームで、むしとりしょうねんがコンソールを操る。


「月額制かー。追加課金はどれにしよっかな」


 『ヴァルグリンド・オンライン』は月あたり定額を支払ってプレイするタイプのMMOである。

 眼前の画面には、オンラインゲームの例に漏れず「スタートダッシュパック」だの「お助けアイテムパック」だの「経験値ボーナスパック」だのの文字が並んでいた。

 なお、彼は大したコンテンツも出していないのに、「息をしているだけでバグが見つかるから」と面白がる人からの投げ銭をそこそこ受けており(筆頭はパインだ)、ちょっとした課金は躊躇しない程度の財力を持っている。修正済みのバグの動画記録や3Dログは、いいアーカイブになっているんだとか。ゲーム開発会社の人間も見ていたりする。


 バグが生きがいのむしとりしょうねんにとって経験値はオマケでしかないので、最後のは除外。

 一方でお助けアイテムパックは即採用。「冒険序盤のかゆいところに手が届く! 回復アイテムなど、持っていると便利な消耗アイテムを揃えました」ということだが、彼にとってアイテムの種類はすなわち手札の種類だ。あればあるほどよい。法外な値段というわけでもないので、迷うはずがなかった。

 残った「スタートダッシュパック」は「選択された武器種に応じて、序盤の戦闘が有利になるようにサポートがつきます。詳細はゲーム内でお確かめください」と記述がある。よくわからないからとりあえず有効にするか、とチェックボックスをマークしたむしとりしょうねんは、次の文章にずっこけることになる。


 ※オプション課金は全てゲーム内からでも購入が可能です


「そのパターンだったか……」


 決済システムとの連携はやや重かったりするので、ゲームによって対応がまちまちだったりするのだが、この会社はきちんと対応しているようだ。

 だったらもう、むしとりしょうねんが今ここでやるべきことはあまりない。規約を軽くチェックするくらいだ。主にバグ絡みの部分。たまに、意図的に起こしただけで即BANのゲームがあるので、そういう作品をプレイするときは覚悟が必要だ。

 攻略サイトなども、もったいなく感じてしまうので、彼が読むことはない。一通り自力でバグを探してみて、それでもまだ見落としているものを見つけるために、そういう記事は読むものだ。


起動(ダイブ・イン)――ヴァルグリンド・オンライン」


 むしとりしょうねんがつぶやくと、彼のアバターは光の粒子に還元され、新たな世界へと送り込まれた――


 * * *


 穏やかな、和音ベースのBGMが控えめに鳴る、白を基調とした空間。

 足元には半透明の床があり、そこを透かして遥か眼下には地面が見える。

 この空間こそが、『ヴァルグリンド・オンライン』におけるキャラクタークリエイトエリアである。


「ようこそ!『ヴァルグリンド・オンライン』の世界へ!」


 光の波紋がほわんと揺れるたびに音波を発し、それがむしとりしょうねんの耳に届く。

 よくある対話型AIアシスタントの案内に沿い、キャラクターを作っていく形のようだ。


「まずはあなたのお名前を教えてください! 指定されない場合は、VAXUR側に登録されているお名前を使用します」


「あ、文字入力で」


「キーボードでの入力を行います」


 彼が入力方法を指定すると、半透明のキーボードがほわんと出現する。

 どうせ固定のハンドルネームなのだから指定しなくてもいいのだけれど、彼がわざわざキーボードを呼び出すのは、そこにバグの種が眠っていることがあるから。たとえば――


「3D絵文字はっと……」


 xR技術の発展に伴って開発された、空間に表示するためのフォントに組み込まれた絵文字である「3D絵文字」。従来型の絵文字と異なり、3次元の立体で絵文字を表現するという挑戦的な規格であった。

 彼は「虫」の3D絵文字をキーボードから入力しようとしたが――


「この文字種には対応していません」


 弾かれてしまったようだ。3D文字はバグの温床にしかならないので、運営はちゃんと対策しているということだし、逆にむしとりしょうねんからすればややさみしいことである。腹いせにこんなことを試している。


「ここここのこっここここのもじこのこっここ」


 3D絵文字をコピーしておいて連打するだけの簡単なお仕事である。意味は特にない。起きているのもバグというよりは仕様通りの挙動であった。


「これ2Dでもおんなじかな……あ、こっちは通るんだ」


 従来からある平面の方の絵文字は、キャラクターネームに使えるようだ。これが通るならUnicodeがだいたい通るから、色々遊べそうだ――彼はそんなことを考え始める。


「その前に、基本セット試さないといけなかった」


 今度はかたかたと軽やかに手を動かしたかと思うと、カッコや$マークを組み合わせた謎の文字列をキャラネームに設定しようとするむしとりしょうねん。


「だめかー。まあこんな単純なので通ったら心配だけど」


 古典的な"SQLインジェクション"という方法で、何か面白そうなデータを閲覧できないか試していたようだ。もはやバグ探しというより、ただの粗探し・攻撃である。本人に悪用する気がないからいいようなものの。


 そして、一応、バグというよりは裏技っぽいものも試しておくのが彼流らしい。

 「[FF0000]むしとりしょうねん」と入力すると、カラーコードを反映して「むしとりしょうねん」の字が真っ赤に染まった。


「これは運営も想定してるっぽいからあんまり好きじゃないんだけどなあ」


 好きじゃないとはいえ、確かめずにはいられない様子。性癖だから仕方ない。


 その他にもいくつか試して、やっとキャラクターネームをどうするか決めたらしい。

 キーボードで丹念に変換して、「●▲しょうねん」(編注:●はイモムシの絵文字、▲はオウムの絵文字。本稿では引き続き「むしとりしょうねん」と記述する)と欄に入力した。


「よし、これで」


 少年の言葉に反応してキャラクターネームを確定させたゲームエンジンは、さっそく、彼によって決定された新たな名前を読み上げた。


「ようこそ、bug parrotしょうねんさん!」


「絵文字の読み、日本語に対応してないのかよ。おもしろ」


「では続いて――」


 bug parrotしょうねんのキャラクタークリエイトは、まだまだ長引きそうだ。

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