Issue#21 ◇タックルするよりキックしよう
◇ ◇ ◇
「どうすればいいかな?」
噴水から蘇ったむしとりしょうねんは、パインと合流するや否やこんなことを言う。
「防具を着ろ」
パインの返事は明確であった。
そりゃそうだ。こんなところまで防具なしで来るアホはそうそういない。だいたいのプレイヤーは、最初のボス――ジャイアントウルフまでのどこかで防具の重要性を知り、街で装備し、そしてここまでやってくるのだから。
「そんなに違うの?」
「そんなに違う」
「先に教えてよ」
「気にする素振りなかったから」
バグのことしか頭にないこのむしとりしょうねんに何を言ったところで、バグに絡んでこない限り聞き入れられないことはパインもよく知っていた。本人もよくわかっているので、素直に聞き入れる。
「それもそうだ」
そういうことで、今度は武具屋の防具コーナーにやってきたふたり。
「金属系と革系があるのね」
「ファンタジーあるある」
「どっちがいいのかな」
金属系は重量があり防御力が高いがその分やや動きづらく、革系は比較的軽いが防御力も低い。あと革の方が安い。
「性能求めるなら生産職に作ってもらった方がいいわけだし、とりあえず何でもいいよ」
「確かに」
「装備してるのと装備してないのじゃ雲泥の差ってだけだから」
ダメージ計算の仕様上、ただの服の場合と何かしらの防具を着けている場合ではだいぶ被ダメージに差が出てくるらしい。詳しい計算式までは未解明だが、wikiや掲示板のテンプレにも「初心者はとりあえず頭から足まで防具つけろ」と書いてある。
「よし、これでいいや」
その声に視線を向けたパインは――全身にピンクの皮革を貼り付けた少年の姿を見た。
「ピンク……?」
「目立つだろ?」
「目立つけど」
余計な着彩加工でパインの持ち出し幅が増えているのは考えないことにする。このような加工をNPCが一瞬でやってくれるあたりは、VRとはいえゲームの世界だということを強く感じさせる。
「なんでピンク」
「なんとなく」
「バグでも見つけた?」
「俺がバグのことばかり考えてると思うな」
本当はむしとりしょうねんが最近ハマっているレトロゲーでピンクがテーマだったりするからだからだが、まあそんなことはさておき。
これで防具も整い、今度こそボスを一撃で倒せなくても大丈夫になった、はずだ。
「それは思わせて」
「勝手にしてくれ――それじゃ、行くか」
ダサいピンクの革鎧に身を包んだむしとりしょうねんが、かっこよく言い放った。
◇ ◇ ◇
「よーしサソリ! 今度こそ成敗してくれる!」
落下ポーションをぐいっと飲み干したむしとりしょうねんのテンションが上がっているのは、〔見切りカタパルト〕を応用した「超高速むしとりしょうねん砲」の加速感が独特でなんだか気持ちいいからである。
VRとしてとてもリアルな空間造形が広がっている中で、一瞬で超高速状態に遷移するのは、他ではおおよそ味わえない体験だろう。
そう――早い話、彼は自分で編み出したこの攻撃方法にハマっているのだ。
受付フレームがシビアで、パインとしっかりと息を合わせないとうまくいかないのもよい。ゲーマーの血が騒ぐ。
「ご機嫌だねえ」
「3……2……1……」
タイミングを合わせてえいっとパインがハンマーで殴り、むしとりしょうねんは巨大サソリに向けて超スピードで飛んでいく。
外すなんてことはなく、きちんと命中し、今度は左の鋏を消し飛ばした。
の、だが。
「あれ?」
もうひとつ、消し飛んだものがあった。
<Caution!>
胴装備の耐久値が0になりました。
装備を解除します。
そう。どぎついピンク色に染まった、少年の胴を護る革鎧が消えた。
「えっ」
これなら一発どころか三発くらい受けても余裕だよというパインの言葉にすっかり安心しきっていたむしとりしょうねんは、鋏を壊され怒り狂ったサソリのカウンター攻撃をモロに食らう。
それも――装備で守られていない、胸元に。
「あっ」
また死んだ。
◇ ◇ ◇
「さそりぃ……」
パインが街に戻ると、むしとりしょうねんは噴水の脇で体育座りをしていた。
「油断しすぎ」
「大丈夫って言ったじゃんか」
「装備壊れるとは聞いてないよ」
「そうだけど」
考えればわかったなあ……と悔しそうに言いつつ。
「なあパイン」
「なに?」
「落下ポーションの効果中に足装備が壊れたって聞いたことある? 靴とか」
「なんで……ああ、そういうことか」
高速での衝突に耐え切れずに消し飛んだ、むしとりしょうねんのおニューの胴装備。しかし、むしとりしょうねんは事前に落下ポーションを服用し、高速での衝突ダメージを無効化しているために生き残っている。
では、ポーションが装備に適用されないだけか?
そんなことないだろう。もしそうだったら足の装備が壊れまくっているはずだというのが彼の推測であった。
「ないよ」
「よっしゃ」
ジャンプして駆け出したむしとりしょうねんが、パインに言う。
「次は頭の方殴ってくれ」
「……地面にめり込むのがオチじゃない?」
「空中で足前にするしかないかー」
「時間シビアそうだねえ」
「がんばるわ」
◇ ◇ ◇
「できたわ!」
どうにかこうにか空中で飛び蹴りのような体勢をとることに成功したむしとりしょうねんが、サソリの頭に超高速でぶつかって思いっきり体力を削り取る。
「できちゃったかあ……」
振り切ったハンマーをぼうっと眺め、むしとりしょうねんのVR運動神経の良さに改めてびっくりする。
何回かはトライが必要かなと思っていたのに。一回で成功しちゃうとは。
今度は気を抜いていないのか、ボスのサソリからの追撃も回避している。試行錯誤をしているうちに行動パターンにも慣れてきたらしく、余裕をもって避けていた。
「じゃあそのままこっち来てー!」
「雑くない?」
「どうせ〔見切り〕のクールタイムでしょ、ほら」
「ちぇ……」
この後2回のライダーキックを決めて、むしとりしょうねん一行は無事にサソリを突破した。




