Issue#20 ◇落下と衝突ってほぼ一緒だよな
◇ ◇ ◇
ジャイアントウルフを一撃で消し飛ばした「超高速むしとりしょうねん砲」は素晴らしかったが、運用に難があった。「そもそも当てるのが難しい」「一発あたり盾を一枚消費していたらお金がいくらあっても足りない」「一撃で相手を倒さないとむしとりしょうねんが死ぬ」などの問題点をフィードバックし、改良する。
「そもそもこれなんで死ぬんだ?」
街から近いところで、ザコ敵に対して超高速体当たりを試してから復活してきたむしとりしょうねんが問いを立てる。
「ぶつかってるから?」
「でも普通に衝突しただけじゃダメージ入らないでしょ」
彼は手近にいた鹿型のモンスターにえいとタックルして、自分のHPバーとモンスターから浮かび上がる白い数字を確認する。モンスターにはわずかなダメージしか与えられなかったが、むしとりしょうねんのHPバーも減少はしなかった。
「速度によるんじゃないかな。武器での攻撃もそうだし」
「検証済?」
「自分にダメージが跳ね返ってくるとかはあんまり聞いたことないけど、少なくとも剣を振るスピードがダメージに影響したりはするよ」
「すごいな」
命中したか外れたかの判定だけではなく、命中のしかたまで物理演算を行ってダメージを算出しているということらしい。むしとりしょうねんは感心した。
「じゃあ、アバターがすごい勢いでぶつかるから……とすると」
彼には心当たりがあった。
アバターがすごい勢いでぶつかる現象と、その無効化手段に。
「落下ポーション飲めばいいんじゃね?」
◇ ◇ ◇
地面に足がついた状態で服用しないと効果が出ないが、使用後10分に限り落下ダメージを無効化することのできるアイテム――落下ポーション。
その便利さから、特に高低差の激しいマップでは頻用されていたりもする。
そもそも、現実世界で高いところから落下したときになぜ怪我をするのかといえば、それは「高速で地面と衝突した」からであろう。それならば、この『ヴァルグリンド・オンライン』の世界――物理演算のしっかりした世界でも、同様の計算が行われているのではないか?
つまり、落下ポーションの本当の効能は、「落下ダメージの無効化」ではなく、「高速でアバターと何かが衝突したときのダメージの無効化」なのではないか?
むしとりしょうねんは、そう考えた。
ポーションの在庫が心許なかったので、実験台になったのは次のボス。
今度は大きなサソリ型の敵だった。ちゃんと戦おうと思うと毒液を飛ばしてきたりしていやらしいエネミーだが、今の彼にとってはどんな敵も変わらない。むしろ図体が大きいほど体当たりしやすくて楽だ。
岩に触れる直前にぐいっと落下ポーションを煽ったむしとりしょうねんは、鋏と尻尾を振り上げ臨戦態勢に入る巨大なサソリを見据えて呟く。
「堅そうな甲殻だなあ」
「衝突したら痛そう」
と言いつつもハンマーを取り出しているパイン。やる気は十分だ。
「じゃあ、頼む」
今度は何も持たずにカウントを行い、「0」の瞬間、猛烈な勢いでむしとりしょうねんはすっ飛んでいく。
「超高速むしとりしょうねん砲・改」は過たずサソリの左の鋏に命中し、甲殻を打ち砕くどころか丸々消し飛ばした。
「うへえ……すごい……」
切断系の武器だったりすると中々刃が通りにくく、苦戦するプレイヤーも多いこのサソリ。一撃で部位欠損まで追い込んだことに、パインは想定していたとはいえ舌を巻く。
しかも、どうやら衝突ダメージについては仮説通りだったらしい――むしとりしょうねんは、HP満タンで生き残っていた。パインによってボスの反対側まで吹っ飛ばされた彼のアバターが、地面に手をついてひょいっと立ち上がる。
「よーし。ばっちり!」
喜ぶむしとりしょうねんに向け、パインは告げた。
「たぶんそっちタゲったから、気をつけてね?」
だいたいのゲームのエネミーは、ダメージを与えたプレイヤーに対してヘイトを溜め、ターゲッティングするようになっている。当然、一撃で鋏を消し飛ばすほどの大ダメージを与えた扱いになっているのはむしとりしょうねんなわけで。
「先に言え!」
サソリはむしとりしょうねんに背を向けたまま、伸ばした尻尾の先端から紫色の液体を放った。追尾範囲のかなり広い毒液攻撃である。
体勢の崩れていた彼は、ぎゃーと言いながら紙一重でかわす。
何せ、ここまでバグのことしか考えずに来てしまった。防具も生存スキルも整っていないのである。ボスの攻撃がヒットすればよくて瀕死であった。
「がんばれ~」
「助けろよ!」
ここで死んでしまったらやり直しになって面倒なので、むしとりしょうねんは必死に攻撃を避ける。残った方の鋏の振り下ろしをバックステップで回避し、もう一歩下がって尻尾の針の突き刺しも避ける。
「そうは言ってもなあ……」
むしとりしょうねんと合流するべく駆けてきたパインであったが、多少殴ったところでタゲを取れるはずもないのでただわたわたしていた。
「あぶなっ」
少年は転がって攻撃を避ける。体が小さいのが幸いしている。
「思ったんだけどさ、これ」
ダメ元でハンマーを担ぎ足を突っつきながら、パインが言う。
「なん! だよ!」
むしとりしょうねんは、ひょい、ひょいと細かく体を動かしてなんとか避けている。
「もう一度カタパルトやる隙――あっ」
作れないんじゃないかと続けようとした次の瞬間、ステージの起伏に足を取られたむしとりしょうねんにサソリの鋏が突き刺さっていた。
「すま」
言い終える間もなく小柄なアバターは光の粒子に還元され、ひとつ前の街に転送される。パインは一度ため息をつくと、ボス戦をリタイアした。パインひとりでも倒せないことはないと思うのだが、時間がかかるし、どうせここからクリアしてもむしとりしょうねんの行動範囲は広がらない。生存状態で倒さないといけないのだ。
「もうちょっとちゃんとした作戦立ててくれないと困るんだよなあ……」
行き当たりばったりすぎるよ、なんて独り言を言いながら、それでもどこか嬉しそうに、パインは街へと戻り始めた。




