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Issue#2 ◇バグ技探して新たなゲームへ

「ほっ! ……おお、できた」


 空中にガクガク震えながら(・・・・・・・・・)浮かぶプレイヤーホームで、麦わら帽子を被った少年アバターが快哉の声を上げる。

 座布団の上にあぐらをかく少年の手には、レトロゲームのコントローラー。伸びたケーブルは眼前のブラウン管テレビ型のオブジェクトにつながっている。ここだけ切り取れば昭和末期の夏休みといった風情だが、そんなことはない。


 ここは最新型xR端末『VAXUR Communis』が提供するVRホーム。

 2020年頃でいうWindows同様、VAXURは今やデファクトスタンダードとなっている。仕事も趣味も学業も遊戯も、これひとつあれば万事OK。五感全てが使えるフルダイブVR、視覚と聴覚だけのハーフダイブVR、現実世界に重ね合わせるようなARの全てに対応している。

 公式のアプリケーションのクオリティもさることながら、サードパーティアプリケーション用の開発環境も大変充実しており、多種多様なソフトが利用可能となっている。

 この少年が遊んでいるのもそのうちのひとつで、20世紀末頃のコンピュータゲーム黎明期の作品を雰囲気そのままVR空間でどこでもプレイできるようにしたやつである。ストアでの評価は結構高い。当時少年だったおじさん達が「そのまんまだ!」と絶賛しているんだそうな。"バグ"や"裏技"もそのまま再現されている。


 そして――この少年が、その2文字を見逃すはずがない。

 ハンドルネーム・むしとりしょうねん、本名・齊藤(さいとう)龍也(たつや)。高校2年生。

 三度の飯よりゲームが好きで、中でも開発者の意図していない"バグ"を見つけ、体験することが大好きな、ごくごく逸般的な少年である彼は、今日も古のゲームをバグらせて遊んでいた。

 ブラウン管を模した画面の中ではキャラクターが不気味に振動し、なぜかレベルが上がり続けている。ブラウン管が設置されたホーム自体も小刻みに振動しているから、少年が酔わないのが不思議なくらいだ。


「こんにちはー……って、今日も相変わらずがくがくしてるのね」


「まだ修正されないからな」


 しゅわんと空間が歪んだところを通って少年の隣に現れたのは、鮮やかな赤毛でつり目が印象的なアバター。身に纏うちょっとトゲトゲした雰囲気とは裏腹に、親しげに少年に話しかける。


「……にしても、どうやってるんだっけ、これ」


 頭上に「パイン」と表示されたネームタグが浮いている。腕をひゅんひゅんと動かしているのは、VR酔い防止の振動減弱機能をONにしようとしているようだ。


「透明オブジェクトをたくさん配置して、そいつらが押し合うから無理やりバランス取れてるっぽい」


「ぽいって……」


「やってみたらできたんだよ。バグってそういうもんだ」


「そういうもん……」


 パインはさっきからずっと呆れ顔である。このふたりの間ではいつものことだけど。


 むしとりしょうねんとパインが出会ったのは、その昔――とある、ランダムマッチングのバトルロワイヤルゲームでのことだった。運命の出会いだった。

 そこでのむしとりしょうねんのアクロバティックな奇行にあてられた哀れなパインはプレイングスタイルまで歪んでしまい、それからというものの立派な検証オタクになってしまったのだ。オブジェクトに石を投げまくって何回投げたら壊れるかな?とかそういうのを延々と確かめるやつだ。

 そんな運命のいたずらがきっかけで友誼を結んだ彼らは、今では"親友登録"――許可無しでお互いのVRホームを行き来できる仕組みだ――を済ませ、あーだこーだ言い合いながらレトロゲーをバグらせたり、だらだら寝転がりながら非VRゲーのダメージ検証をしたり、気安く過ごす仲になっていた。


「しばらくぶりだよな、パイン」


 ここ1週間くらい、パインが姿を見せていなかったので、むしとりしょうねんは少しだけ心配していた。

 ……バグのことで頭がいっぱいで、わざわざ自分から連絡を取るような殊勝な考えは持ち合わせていないので、心配するだけであったが。


「面白いネタを持ってきたんだよ」


「お前は闇のブローカーか」


「心外だなあ……」


 そうつぶやきながら、パインが指を動かしてオブジェクトを実体化する。

 光の粒子が集まり、古の物理メディアの形――円盤形を取った。

 むんずと掴んで空にフリスビーみたく投げると、ふたりの座っているホーム含めて全てのオブジェクトが不可視化され、荘厳な音楽と美麗な映像の再生が始まる。


「……今どき3Dでもない、全天周PV?」


 最近の超大作のPVは、3Dかつ一人称視点のもの――主人公の視点から世界を紹介することが多い。

 ただただ天辺から足元までバーチャルスクリーンを展開し、2D映像をぺたっと貼り付けただけでは、いまいち平板(スクリーンは球形なわけだが)だというのがもっぱらの評価。VR黎明期における3DoFと6DoFの違いに近いだろうか。視点のずれに応じて映像が動くか動かないかの違いは、そこそこ大きい。


「噂だと、宣伝に回す予算が足りてないっぽい」


「なんだそりゃ」


 剣、槍、弓、銃――多彩な武器を携え、多様な防具に身を包んだキャラクターたちが、巨大なドラゴンと戦っている。VRMMOでありがちな、オーソドックスなPV。

 街には武器屋があり、酒場があり、仲間と連れ立って狩場に出かけていく様子が映し出される。

 

「でもね、これを伝えたらたぶんびっくりすると思うよ」


「自信満々だな」


「これ全部ね、β版で一発撮りされたやつ、そのままらしいよ」


 映像が暗転し、RPGらしくかっこよさを追求されたロゴが浮かび上がる。


 『ヴァルグリンド(Valgrind)オンライン(Online)』、サービススタート。

 今ならスタートダッシュキャンペーン実施中。


「マ?」


「マ。」


「ママ?」


「わたしはあんたの母親じゃないよ」


「それもそうだ」


 展開されていたバーチャルスクリーンがほどけ、微振動を続けるプレイヤーホームに戻ってきたふたり。


「すごいじゃん、グラフィック」


 どんな技術を使っているのか――

 本当にこれが一発撮りで、ゲーム内そのままのグラフィックなのだとしたら。VR・AR・2D問わず様々なゲームをプレイしてきたむしとりしょうねんも、これだけリアリティ溢れるゲームを見たことはなかった。それでいて、MMORPG――大規模多人数同時参加型――というのも驚きだ。サーバーどうなってんの。


「なんで話題になってないの?」


「宣伝が足りてないからじゃない? でもこれからどんどん伸びると思う」


「ま、人口はどうでもいいや」


「そういう人だったなむっしょは!!」


 むしとりしょうねん的にはむしろ過疎の方がうれしかったりもする。バグの修正が遅くなるということは、それだけ自分で体験できる可能性が高くなるということだから。


「それはそうと、わざわざ持ってきたってことは――」

 

 コントローラーを手から放して立ち上がり、バーチャル準備運動を始めた彼は、パインに視線をぶつける。

 挑発的だが、それでいて、心の奥底の期待を隠せていない。


(バグ)、ありそうだよ。たくさん」


 検証オタクのこの友人の言うことを、むしとりしょうねんは、なんだかんだで結構信用していた。

 こいつの持ってきた話で、面白く(バグが見つから)なかった話はなかったから。


「いいねえ」


「調べてみたら、運営のベンチャー企業、まだ社員数2桁だったし」


「100人もいないでさっきの作れるのか……」


 中身のゲームシステムはまだ分からないが、PVの美麗なグラフィックを作るだけでもその人数では大変そうだ。どんな凄腕人材が揃っているのか。


 でも――

 どこかで魔法を使えば、どこかで(ほころ)びは生じるものだ。


 確かに、バグが眠っていそうだ。たくさんのバグが。

 実に俺向きじゃないか――むしとりしょうねんは、そう思った。自然と笑みが浮かぶ。


「おっ、やる気だねえ。早速?」


 ブラウザを呼び出し、『ヴァルグリンド・オンライン』の公式サイトからプレイ開始の手続きを始めたむしとりしょうねんに、パインは目を細める。


「せっかく夏休みだしな。面白そうだ」


「じゃあ、こっちからはもうひとつだけ」


 ここでバグのカギになる事実を伝えているあたり、パインもなかなか曲者である。


「<銃>の発射炎エフェクトね、固定ダメージ判定があるんだ」


「何が壊せるかな?」


「根気よくやれば岩とかも壊せそうだけど」


「ま、色々試してみるわ」


 手続きはもうしばらくかかりそうだ。

 むしとりしょうねんを無事誘えたことだし、パインはそろそろ自分のホームに帰ることにした。


「キャラクリ終わったら教えてくれよな」


「それはもちろん」


 そんなことを言い残して、パインは空間の歪みを通り抜けていく。

 キャラクタークリエイトが終わる前にあんな騒ぎが起きるなんて、露ほども知らずに――

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