Issue#18 ◇むしを壁に叩きつける
別の〆切が7月末だったので、更新滞っておりました。すみません。
今日からまた再開しますよ!
◇ ◇ ◇
むしとりしょうねんが朝から緊急メンテを引き起こし、夜は夜で一悶着を起こした翌日。
昨日と違ってちゃんと寝たむしとりしょうねんがVRホームにログインして目覚まし代わりにレトロゲームをプレイしているところに、パインがやってくる。
「よお」
「おはよー」
相変わらずぷるぷる震えるVRホームで、適当に座布団に座り込むパイン。
「どした?」
「面白いもの見つけたから。お知らせに」
「ほう」
パインは検証勢である。ダメージ計算式を探り、スタミナゲージの消費量を計算して暮らしてきた。
当然ひとりで全部やるなんて不可能な営みを支えるのが、掲示板である。ハンドルネームを出して過去のデータを追跡可能にしている者もいれば、名無しのままでしれっと1000回ずつの検証を置いていく無名のコントリビューターもいる。ま、だいたいデータのフォーマットの癖であの人だなあとは分かっちゃうんだけど。
ともかく、パインは掲示板を眺めるのが日課であった。
検証スレなんて当然流れは遅いわけで、自然と他のスレもいくつか流し読みしている。本スレは追い切れないけど、まったりスレとか質問スレとかをざらっとさらう日もあった。
そして――自分たちが追いかけられていたことを知ったのである。
「昨日噴水のところで遊んでたじゃん」
「うん」
「あれを掲示板の人たちに監視されてたっぽくて」
「掲示板? 動いてるんだ」
「まったりスレなのにそこそこ勢いあるよ、ほらこのへん」
抜き出してきたログをむしとりしょうねんに向かって放り投げるが、彼の側はあんまり興味を示さない。バグに関連しないことにはテンションが上がらないあたり、とことん一貫している。
「それで?」
「池の水ぜんぶ抜いたらしい」
「何それウケる」
彼が発見した「装備品は解除すると濡れた状態じゃなくなるんなら、盾とか大きいもので水すくってから装備解除すればどんどん水が減っていく」現象を、覗き見・応用したらしい。
ふたりでやったら噴水は空にできたのだから、そりゃ池くらいだったら何人かでかかればいけるだろう。水が湧いてくるわけでもないし。
「それで、ここからなんだけど――今晩、『湖の水を抜く』オフを開催するらしいんだよ」
「よし、行こう」
湖の水が排水されるなんて、運営陣は想定していないだろう。そんな現象を見逃すわけにはいかない。まして、自分が発見したテクニックでそれがなされるのだとしたらなおさら。
でも、伝えるだけなら夜になってからでもいいはずで。どうせお互いヒマだし。
パインが朝からむしとりしょうねんに伝えてきたということは、何かしらの理由がある。
「言うと思った。でね、問題がひとつあって――」
◇ ◇ ◇
「うーん、なるほど」
昨日からむしとりしょうねんがプレイしているゲーム『ヴァルグリンド・オンライン』は、攻略を進めるごとに、ワールドマップ上で行くことのできる範囲が広がっていく。拠点と拠点の間にはリポップするボスがいて、それを倒さないと先には進めない。
正確に言うと、プレイヤーのうちどこかひとつのパーティがボスを倒して次の拠点に足を踏み入れ、転移門をアクティベートすれば、その拠点まで転移することはできる。神が産み落としたプレイヤーたちに与えられた権能である。
しかし――転移先の街から周囲のフィールドへと足を踏み出すことはできなくなっている。ストーリー的には、「十分な修練を積んでいない者は分不相応な敵と戦ってはならない」ため。メタ的な事情を言ってしまえば、まあ、パワーレベリングの防止である。
《湖畔の町・ヴァーン》は一般的なルートで5つ目くらいの拠点。集合場所は町の中らしいが、湖自体は拠点外のフィールド扱い。現状ではむしとりしょうねんが水抜き隊に参加することはできない。
普通のプレイヤーならここでせっせとボスを倒しはじめるところだが、そこはあいにくむしとりしょうねん。どうにかこの仕様をスキップできないか頭を悩ませつつ、実際見てみないと始まらんと、ぶち破るべき壁を見に来たところであった。
ニュービーがはじめに武器を担いで出撃するフィールド、《はじまりの平原》を歩き、次の町の手前までやってきたむしとりしょうねん。面倒な雑魚敵はパインが排除していた。
「そう、これなんだよ」
今はむしとりしょうねんとパーティーを組んでいるため、パインまで次の街の方に進めなくなっている。昨日も触ったような透明な壁で、今度は触ると波紋が出て「そこに何かある」感を演出する。
「ぶち破る?」
むしとりしょうねんがつぶやきながら<銃>を取り出し、壁に押し当てて引き金を引くと。昨日までと違い、現れる文字は「0」だった。ダメージが通らない。
「ナーフしやがった!!!」
「そりゃあ……ねえ?」
2度も壊されたくないものを壊されてるんだから、そりゃちょっと強めの対応するよねとパインは思った。更新ログを見ると、確かに「一部カテゴリの武器について、ダメージ計算方法に修正を加えました」とある。固定ダメージをまるまる削除したか、条件厳しくしたかだ。
「やっぱりオンゲーは対応が早いなあ」
対応早くさせてるのは君のせいじゃないかな、と思ったけれど、パインは黙っておくことにした。
「掘るか?」
「あ、それは試した人いるよ。ちゃんと下まで壁あった」
これだけリアルなら、むしとりしょうねんほどの執念を持たなくても試したくなるものだ。わざわざ生産職に現代みたいなスコップを作ってもらって検証した人たちがいたが、「通行不可能」で終わっていた。
「じゃあ飛び越える?」
「現状、プレイヤーが自由に飛ぶ手段はないけど」
「よしそれだ!」
むしとりしょうねんの顔が、不敵に笑う。
◇ ◇ ◇
名付けて「見切り式カタパルト」の準備ができた。
彼らは壁から50mくらい離れたところで、縦に並んで立つ。むしとりしょうねんが前だ。
「ノックバックは専門外なんだけどなあ」
「骨は拾ってくれ」
「消えて復活するだけだけど」
「比喩だよ比喩」
むしとりしょうねんは首だけ後ろを向いて笑ったかと思うと、前を向く。
それを確認したパインは、腰くらいの高さまである大きなハンマーを構え、カウントダウンを始めた。
「3……2……1……」
「〔見切り〕!」
むしとりしょうねんが最初の3枠に選んだスキルは、壁壊しに役立った〔初心の心得・銃〕、その他なんだかんだで役立っている〔鑑定〕と、あとひとつが〔見切り〕である。
〔見切り〕
体感する時間の流れを遅くすることで、回避や防御に役立てることができます。
倍率やクールタイムは、スキルLvによって変わります。
VRでは使いこなせない人も多い、体感時間変動系のスキル。
あくまでも時間の流れが遅くなるだけで、動きは早くならない。次の一手を考えたり、どうしても精密な動作をしたいときに使うのだが――この手の仕組みはバグが発生しやすい。時間だけ遅くして、アバターに加わる衝撃などの計算は元の時間に沿ったままで行うことが多いためだ。
では――
この〔見切り〕で体感時間が60倍になっている瞬間を狙って、外部から強烈なノックバックを――味方による、重量級ハンマーでの攻撃を加えたら、どうなるだろう?
「ゼロ!」
のゼで合わせろと言われたパインのハンマーが、完璧にむしとりしょうねんを捉えた。
通常時でさえ数m吹っ飛ぶくらいの衝撃を加速中に受けたむしとりしょうねんのアバターはすごい速度で吹っ飛んでいき――50m先の透明な壁に特大の波紋を生じさせ、砕け散った。
正面衝突の衝撃に、HPが一瞬で全損したのだ。
◇ ◇ ◇
「いやー……」
律儀に出迎えに来たパインを見て頭を掻きながら、《スプリータ》の噴水前にむしとりしょうねんが現れる。
「もっと上向きベクトルにしないとどのみちダメっぽいなあ、また頼む」
また水平に振ったろうかな。パインはこっそり、こんなことを思った。




