Issue#13 ◇*ふんすいのしたにいる*
「9時半ちょうどか」
まずは回復の仕組みを見切ろうと考えたむしとりしょうねん。現在時刻を確認する。
一定時間ごとに回復するのか、一定割合まで削れたら回復するのかだが――幸い回復エフェクトは派手だし、確認すればよい。水をすくい続けるのがちょっと面倒だけれど、パインがやってくれているし。
ぱきゅぱきゅぱきゅんと何発か適当に接射で撃ち込み、「1」「1」「1」と出るのを確認してから、むしとりしょうねんはその場に座り込む。
「おいー!」
後ろでばしゃばしゃと水を汲み出すパインが、抗議の声を上げた。
「休んでるくらいなら水消すの手伝って!」
パインもだんだん、装備/解除のメニュー操作がうまくなってきていた。
◇ ◇ ◇
幾度かの検証により、次のことが分かった。
・透明な壁は、そのままではプレイヤーは通過できない
・透明な壁は耐久値を持つ
・透明な壁には、固定ダメージは通るが通常攻撃は無効である
・透明な壁は、自動回復機能を持つ
・00分・10分など10分ごとにチェックが入り、透明な壁の耐久値が削られていた場合は回復する
・検証では削り幅が小さかったので、回復量は不明。全回復か固定値か?
「……うーん」
メモ機能を使って整理して書き出した条件を見て、むしとりしょうねんは腕を組む。
「なんかの結界だろうから解除アイテムとかイベントを探そうとかそういう発想にはいかないんだね」
「それはまともすぎる」
「そっかあ。前線の人たちはゲーム好きだからね。まともな手を探す人の方が多いよ」
「まるで人をひねくれ者みたいに」
「事実でしょ」
「そうだけど……」
さすがに現状の手札では無理そうだ。壁抜けの方法を探す方がまだ早いかもしれない。
ここは一旦引くべきかとむしとりしょうねんが考え始めたその時、パインが思い出したようにある武器を取り出す。
「そういえばこんな武器もあるけど」
「なにこれ」
「マシンガン」
「よく作れたな?」
現実世界の銃器とは似ても似つかぬ姿で、初見のむしとりしょうねんには構造がよくつかめなかったが、ともかく連射可能な銃であるらしかった。
「秒間何発?」
「20はいかないくらいだったかな。正確には測ってないけど」
「すげえじゃん」
ファンタジー世界にしては工作精度がぶっちぎっている。
「手に入るのかなり先だからね」
「バランスブレイカーだ」
「ブレイクするほど強くないけどね。命中精度悪すぎるしリロード時間も長すぎる。でも――」
「今の俺なら、その辺は関係ないってわけか」
「ご明察。ほい」
どうせ壁に押し当てて撃つのだから、命中精度は関係ない。弾が出ればいい。
そして、今のむしとりしょうねんには〔初心の心得・銃〕がある。最低ランクではあるが、「通常弾Lv.1」を自動装填できるスキルだ。これさえあれば、リロードの遅さも関係ない。
パインからマシンガンの貸与――あくまでも一時的に武器として使える機能で、譲渡とは別だ――を受けたむしとりしょうねんは、喜び勇んでトリガーに手をかける。
「パイン、お前最高だわ」
「照れるからやめろ」
「よーしリトライ!」
時刻が22時10分になったのを確認し、むしとりしょうねんは再び挑戦を始める。
夜のスプリータに、ズガガガガガガガガガというけたたましい騒音が鳴り響き始めた。土木工事か?
◇ ◇ ◇
「……ダメじゃん! パイン!! さっきの訂正」
10分後。噴水の底に大の字になって倒れるむしとりしょうねんの姿があった。
透明な壁から白い光が発せられたと思うと、消えそうになっていた耐久値バーは一気に右端まで回復していた。
「測ってたけど、秒間16ちょうどだったね」
『最高』を訂正されてしまったことに少々不満を覚えたパインだが、それでもやるべきことはきちっとやっている。やや口を尖らせながらも、検証データを口にした。
「とすると? 16×60で、えー、960……10分で9600か」
一方こいつはバグのことしか頭にない。すぐにダメージの概算を始める。むしとりしょうねんはそういうやつだ。
「妖怪400足りない。結構あるね」
そう言ったパインの肩を、むしとりしょうねんは掴む。背伸びしないと掴めないので格好がつかないが、とにかく掴んでこう言った。
「いや、足りるわ。協力してくれ、パイン」
400足りないなら、足りない分を隣のパインに削ってもらえばいい。
分間40ダメージ+αなら、<初心者の銃>を全力で撃ちまくれば、リロード込みでもギリギリなんとかなりそうだというのが彼の目論見であった。
「ええ……」
「やるぞ。まだ時間あるからリロードの練習しとけ」
「えええ……」
周りにいる者はフレンドでも使う。むしとりしょうねんはそういう奴である。だからこそ、周りにいるパインは退屈しないのだが――
「水は誰が?」
「俺が左手でやるから軽い盾貸して」
まったく、器用なゲーマーであった。
◇ ◇ ◇
22時30分になった。
「ゴー!」
マシンガンをズガガガガガガと連射するむしとりしょうねんの横で、パインも少しずつではあるが着実に透明な壁に攻撃を加える。パインの持つハンドガン次第で、この壁が壊せるかどうかが決まるのだ。なるべく手早くリロード操作を行い、壁に押し当ててタンタンタンと引き金を引く。
ズガガガガガガガガガガガ。
ズガガガガガガ。
そして、9分30秒が経過した頃――
透明な壁に、ひび割れたようなエフェクトが生じ、ついでパリィンと効果音が鳴って砕け散る。
「おっ」
「いけちゃった……」
「いけたな」
扉はそんなに大きくないため、当然小部屋に通じる道も狭い。邪魔になりそうなマシンガンをポーチにしまおうとし、貸与状態でそれができなかったため噴水の底に放り出し、むしとりしょうねんは身をかがめて中に入る。
先ほどから浮かべっぱなしだった《リオース》の光球を小部屋内に移動させて明かりを確保したパインが、むしとりしょうねんの放り出したマシンガンと小盾を回収し、身をかがめて中に入ろうとしたその瞬間――時計が、22時40分を指した。
先ほどまで透明な壁のあった場所が、ぼうっと白く光った。まるで、壁が再生したことを表すように。
「え?」
「パイン?」
ふたりの困惑した声。恐る恐るパインが進もうとすると、やはりというべきか、透明な何かに阻まれて進むことができない。手の平で触ってみるとつるつるした感触がある。
「もしかして……」
「復活したなあ……」
声だけは通るのが不思議な感じがする。さすが魔法の産物。
「仕方ない、また10分待って――あ」
もう一度穴を穿とうと考えたむしとりしょうねんは、自分の犯した重大なミスに気付く。
壁を壊すため必要なマシンガンは、今、壁の向こうにある。パインが持っている。
自分が放り出してきたからであった。
「ん?」
「一旦戻るわ」
<銃>を取り出しこめかみに当て、パインが止める間もなく引き金を引いたむしとりしょうねんの様子を見て、パインも遅れて状況を把握する。そして――この状況が思ったより深刻なことも。
「街中では……」
街の中では、プレイヤーにダメージは通らない。いわんや自傷行為をや。むしとりしょうねんは無傷のままぴんぴんして立っている。
行き止まりの小部屋、通り抜けられない透明な壁。壊す手段は壁のこちら側。
「これ詰んだ?」
「せっかく詰んだんだ、宝箱開けてみてよ」
「よーし!」
即死罠でも仕込まれてないかなあなんて淡い期待をしながら、むしとりしょうねんは小部屋の中央の宝箱に手をかける。
蓋を両手で握って、ぐっと持ち上げようと――
「あ、鍵かかってるわ」
八方塞がりとは、このことであった。
"壁壊し"の存在自体は多くのプレイヤーが知っていますが、固定ダメージで削りきるのはめんどくさい上にフラグが足りなかったりして結局いいことがないので、あまり実行に移す人はいません。




