Issue#12 ◇誰がこんなとこに隠すんだろうね
◇ ◇ ◇
パインも噴水の中に引っ張り込まれ、ダメージ検証のために持っていたバックラーを使って水を汲み上げること数十分。我に返ったパインがどうしてゲームの中でプール掃除みたいなことしてるんだ? と自問自答し始めた頃、道路にできる水溜まりくらいの深さまで水がなくなった。
とはいえ、噴水からちょろちょろと湧き出ているから、放っておけばまた元の通り水が溜まるのだろう。
「よし! こんなもんか」
「ねえ」
パインは、本日何百回目かの装備解除をしてタワーシールドをポーチにしまったむしとりしょうねんに呼びかける。
「ん?」
「これ、何の意味があったんだ?」
「俺が楽しい」
「ですよねー」
明らかに、想定されていなさそうな方法で、想定されていなさそうなところの流体オブジェクトを空にできた。それだけでむしとりしょうねんは満足だった。パインからしたら、徒労感の方が先に来るのだが。手近な人間を引っ張り込むのをやめろ。
「……ん?」
ため息をついて視線を落としたパインが、噴水の壁面の変化に気付く。
蓋のない円筒形の内側から、曲線で形作られる壁面を見て、そこに先ほどまでは影も形もなかった石造りの扉が現れていることを知覚した。
「なにこれ」
ところがそう発声した瞬間、パインの見ていたものはかき消え、視線の先には周りと同じただの石壁が現れる。まるで、何かが隠されているような。
「……見た?」
「見た」
「扉、あったよな」
「でも消えた」
「どういう条件だ?」
「最初からあった?」
「俺は気付かなかった」
「こっちも」
目の前で、興味深い現象が起きた。
途端に視線を合わせ、考察を進めるむしとりしょうねんとパイン。ゲーマーの血が騒ぐ。未知に――隠された何かに、迫っている。そんな感触が彼らを衝き動かす。
「となると、一定時間この中にプレイヤーがいるか、あるいは――」
状況的に考えにくい方を、パインが述べる。そして――
「水位が一定以下になるか、だな」
むしとりしょうねんはにやっと笑うと、再び大盾を取り出した。
裏技感のあるやり方で、それなりにこのゲームをやっているパインも知らない隠し要素を発見した。それだけで、してやったり感がすごい。
見てるかGM? 彼は空に向かってぺろっと舌を出すと、タワーシールドで水をすくい、装備を解除した。
「……おお」
何度か繰り返すと、水位が十分に――扉の下端より低くなり、彼らの推察通りに、隠された石扉が現れた。
「何これ? 魔法?」
「失われた古代の魔法技術、とかそういうシナリオは多いよ」
「便利な理由だ」
想定されていなさそうなルートで見出した扉だ。キーアイテムが必要とかそういうパターンだろう。そう思いながら、むしとりしょうねんはダメもとで扉を押す――
「ダメか」
「いやこれ引くやつでしょ」
ぎー。
「開いたわ」
押して開くなら水圧に弱すぎる。妙なところで合理的なゲームであった。魔法で隠していたのはあくまで見た目だけらしい。
「開いちゃった……」
「しっかし何も見えないな」
夜なことに加えて街灯の死角になっており、扉の先はよく見通せない。
「《リオース》」
「助かる」
パインは光属性の初期呪文を唱え、光の球を浮かばせて先を照らす。
「宝箱あるな」
「そんなに広くないね、ダンジョンとかだったらどうしようかと」
光を左右に動かして、先の様子を確認したふたり。噴水と同じ材質の石造りの小部屋があり、真ん中にはいかにもRPGな感じの宝箱が置いてある。
「インスタンスではないだろうから……ユニークなのか?」
「あるいはリポップするのかもしれないよ」
「どういう仕組みなんだ」
「そこはほら、魔法で」
「ほんとに便利だなあ」
街は彼らふたりのために生成されたものではなく、プレイヤーが他にもたくさん行き交っているから、これは「パーティにつきひとつ」の宝箱ではなく、「世界にひとつ」あるいは「時間経過で再生する」宝箱なのではないか。そういう推測だ。
「で、どうする?」
パインが聞くと、むしとりしょうねんはまた笑う。
「そりゃあ、開けるしか」
そう言って小さい扉をくぐろうとした彼の小さな体を、阻むものがあった。
「ん?」
「通れない?」
「うん」
透明の壁が、彼らと宝箱を隔てていた。
小部屋の側から彼らを見ていたのなら、めちゃくちゃ上手なパントマイムのように見えただろう。
「うーん……わっ」
むしとりしょうねんがぺたぺたと透明な壁を触っていると、いきなり眼前に石が出現したのを見てちょっとびくっとした。噴き出す水によって、再び扉が隠されてしまったらしい。
「やっぱりこれ、見えないだけだな」
手探りしつつ、むしとりしょうねんが呟く。石の壁に半分手が埋まったように見え、触覚には石のごつごつした感覚ではなく、ガラスのようなつるつるしたフィードバックがある。
「なんでそう躊躇なく手を突っ込めるかなあ」
「ゲームだから」
「そうだね、ゲームだね……」
画面を見て操作する系ならいざ知らず、VRだったらちょっとは抵抗があるもんじゃないだろうか? 少なくともパインはそういうタイプだ。
「見えづらいからもう1回水掬おうか」
限界まで水を掻き出してから、むしとりしょうねんは大盾をしまい、久しぶりに<初心者の銃>を取り出す。一応メインウェポンのはずなのに、今となっては<タワーシールド>の装備回数の方が圧倒的に多い。回数だけ見るなら、だが。
「お前まさか」
迷ったら考える前に行動。
透明な壁に向けて銃を押し当て、むしとりしょうねんが引き金を引くと――銃弾が弾かれる硬質な音とマズルフラッシュのエフェクトとともに、「1」という数字が現れ消える。
「やっぱり通るんだな」
「……一応言っとくけど、家とか施設とかは壊すんじゃないぞ」
「なんで?」
「クソ強憲兵がやってくる」
「こっわ」
口ではそう言いつつ、目はキラキラと輝いていて。
「その顔はどうやったら出し抜けそうか考えてる顔だ」
「正解」
軽口を叩きながらも、ばきゅんばきゅんと<銃>の引き金を引き続けるむしとりしょうねん。<鑑定>すると、最初は右端まで緑色が占めていた耐久値を示すバーが、少しずつ目減りしているのが分かった。
パインはというと、非正規ルートに直接手を貸すのはちょっと抵抗があり、彼の後ろで水をすくい続けていた。見やすい状態が続くように。
撃ち始めてから8分ほどが経った頃――<鑑定>によるゲージの減り具合と与えたダメージの量から、この壁の耐久値は10000くらいかなとむしとりしょうねんが目星をつけた頃――悲劇は、起こった。
それまで沈黙を続けていた透明な壁が、突然ふぁおんと白い光を発する。1秒にも満たない間だけ光って、そして再び透明に戻った。
初めて目にする現象に、むしとりしょうねんは反射的に<鑑定>を実行する。
与えたダメージは回復され、耐久値がMAXに戻っている。
「回復した!? やり直しだ……」
むしとりしょうねんの楽しそうで哀しそうな声が、夜のスプリータに響いた。




