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Issue#10 ◇変な行動してる奴NPC説

 ◇ ◇ ◇


「ええ……」


 久しぶりに降り立った《はじまりの街・スプリータ》の街並みを懐かしく思いつつ待ち合わせ場所にやってきたパインは、いつものことながら、目の前の惨状にげんなりした。


 新規プレイヤーが湧き出てくる噴水前の広場。白い大理石で形作られどこか聖性を感じさせる噴水を、ひとりの男が台無しにしていた。上半身の装備を脱ぎ捨てているびしょ濡れの彼は、縁に立ったと思うとそのまま背中からばしゃーん!と音を立てて水に飛び込む。

 腹からではなく背中からなのは、しぶきや波の様子をきちんと確認するためだろう。……にしても、ログイン後すぐの広場でやることでもないと思うが。

 あの変人と知り合いだと思われたくない。ダメージ検証なんて地道な作業を自らやっている時点で、パイン自身もだいぶ変人であるのだが。


「はあ……」


 とはいえ、むしとりしょうねんは放っておけばずっと奇行を続けるだろう。バグを起こしそうな挙動、検証されていなさそうな行動を取るのが彼のライフワークと言ってもよい。放置しているとますます話しかけづらくなる。今が一番、相対的に、傷が浅い。


「むっしょー」


 不承不承ではあるが、遠巻きに彼の様子をちらちら見るプレイヤーたちの輪から一歩進み出て、パインは自分の友人に声をかけた。


「さっそく楽しんでいるようで何よりだよ」


「波だけじゃなくてちゃんと飛び散るの、すごいな」


「飛び散った分が残るのも、ね」


 噴水の周囲の石畳はむしとりしょうねんが暴れたことによって濡れ、太陽の光を受けて輝いている。


「で? バグは見つかった?」


「ここに関してはよくできてるよ」


 圧倒的なリアル感が売りのVRMMOである。水の表現にはこだわっていた。


「……というか、この噴水、入れたんだね中」


「入れない理由がなきゃ入れるだろ」


「プレイ1日目の人にドヤ顔された! ぐぬ……」


 なんとなく神聖さを感じるし、人が多いところだし、そもそも現実で噴水に足を踏み入れる人なんていないし――というあたりで、縁に座ることすら躊躇していたプレイヤーも多いのが実情。


「川とか池とか出てくるのはちょっと先だからねえ、こんなところでも濡れられるとは知らなかった」


 よくよく探索するとプールとか風呂とかがあったりもするのだけれど、街は結構入り組んでおり、まだプレイヤーたちの知らない施設も多い。


「そう、それなんだけどさパイン」


「なに?」


「服乾かす手段ない? 魔法とか」


「《ブレナ》」


「わふっ?」


 ショートカットで短い<杖>を装備したパインは、火属性魔法の初期呪文を唱えて火の玉を生み出し、くいっと操作してむしとりしょうねんの顔面にヒットさせる。


「あーごめん手元が狂った。《ブレナ》」


 街の中では、プレイヤー同士で攻撃がヒットしてもダメージは通らない。PK扱いされることもない。こうやってじゃれ合う(嬲る)にはちょうどいい。

 今度は下半身の簡素な服にヒットさせると、服が燃え上がるなんてことはなく、火の玉が当たった部分だけがきれいな円形に乾いた。ちょうど股間の部分だけがからりと乾いて、おねしょの逆みたいな感じになっている。


「ちょ! 微妙に熱い! 乾いたけど絶対これ違うだろ!」


「プレイヤーにも熱通るんだ……装備が紙だから?」


「お? ダメージは通ってないのに魔法に伴う影響は通る……?」


 あっ。これ、検証に付き合わされる流れだ。藪蛇だった。

 パインは、ただの腹いせに魔法を撃ったことを後悔した。むしとりしょうねんの前で迂闊に新しいものを見せると、すぐにそれにまつわる検証に付き合わされる。思えば、はじめて出会ったときもそうだった。そうやって、どんどん、この男に引っ張り込まれていく。


「なあパイン、これもっとけんしょ――」

「あとでね!」


 無理やり言葉を被せ、パインはむしとりしょうねんの提案を封じる。付き合うこと自体は別にやぶさかではないのだけれど、それより先にやらなければいけないことがある。


「えー」


「いいこと教えてあげる。装備解除して着直せば濡れたのは乾くから」


「それを先に言え!」


 メニューを開き、ログイン初日とは思えないほど慣れた手つきで装備をいったん解除するむしとりしょうねん。VRゲームの経験値の多さを伺わせる。


「なるほど、パンツまでは濡れない仕様か」


 下着一枚になっても何ら気にしていないような顔で、むしとりしょうねんが言う。リアルじゃないから恥ずかしくないもん! ってか。


「その顔は何か悪用できないかなって考えてるな」


「当然」


「はあ……」


 手早く上下の服を装備し直してそれなりにまともになったむしとりしょうねん。一応周りに合わせる程度の社会性はある。


「さて、じゃあ移動しようかむっしょ君」


 パインはそう言って、むしとりしょうねんの肩をぐぐぐっと掴んで引っ張る。


「どこに?」


「事情聴取」


 そう言って、彼を強制的に街に設置されている喫茶店に連れて行く。VRなのでお腹は膨れないが、味覚の再現については現実と遜色ないすごい場所である。医療方面ではダイエットとかにも応用されてるとか。


 パインには仮説があった。

 今日の緊急メンテナンスは、彼の引き起こしたものなのではないか?

 とにかくそれを確かめるため、がっつりと、彼から話を聞くことにしたのだ。


 ◇ ◇ ◇


 30分後。

 パインは頭を抱えていた。


「嫌な予感はしてたんだ……GMさんに目つけられるほどとは……」


 なんでと言ってしまえば「むしとりしょうねんがそういう人間であるから」というだけの話なのだけれど、パインにとっては理不尽な話であった。一緒に遊ぶ仲間が規約グレーゾーンをひた走っているのである。薄々勘付いてたけど。


「いいじゃん別に。実害はないんだし」


「あるよ! プレイできなくなったらどうすんの!!」


「そしたら他のゲームやるだけだし」


「それは……そうだけど……」


 パイン的には、せっかくこれだけリアル感あふれるゲームなのだからむしとりしょうねんと一緒に楽しみたいという想いがあったのだが。まさかそんなことをストレートに言うわけにもいかず、回りくどい誘い方をしたわけで。意味のある言葉を返せない。


「ところでこれなんだけどさ」


 パインが目の前のアバターに視線を戻すと、彼は角砂糖が無限に湧き出てくる陶器の器から(これについては仕様らしいので気にしていない)、おかわりしたドリンクに無限に角砂糖を移し続けていた。


「これ続けてるとどうなるんだろうな?」


「……今何個目?」


「13個」


 ちゃんと数えているあたり、さすがであった。


「かき回すの、やるよ」


 ティースプーンでぐるぐると混ぜ始める。ショッキングなことがあった後には、現実逃避が――何も考えずにただ作業をする、そういう時間が必要だ。今のパインにはぴったりな作業であった。


「14」


 ぽちゃん。


「15」


 ぽちゃん。


「16」


 ぽちゃん。



 # # #



【VGO】ヴァルグリンド・オンラインまったりスレPart65


 362:名無しのプレイヤー ID:peFIEkJH0

 喫茶店でクエストが発生した例ってあったっけ?


 363:名無しのプレイヤー ID:Nihx7lEI0

 知らん


 364:名無しのプレイヤー ID:jF27u9SV0

 知らんな


 365:名無しのプレイヤー ID:PieaK07A0

 知らんぜよ


 366:名無しのプレイヤー ID:peFIEkJH0

 ひたすら飲み物に角砂糖を投入し続ける二人組がいるんだけど

 なんかのフラグか?


 367:名無しのプレイヤー ID:jF27u9SV0

 >>366

 どこの街?


 368:名無しのプレイヤー ID:+99eWY/z0

 階段かよww


 369:名無しのプレイヤー ID:peFIEkJH0

 >>367

 スプリータ


 370:名無しのプレイヤー ID:S2r6ADkZ0

 ほら!話しかけるんだ!

 お前の行動が世界を変える!



 

 524:名無しのプレイヤー ID:peFIEkJH0

 さっきの>>366なんだけど

 いなくなっちゃった


 525:名無しのプレイヤー ID:PieaK07A0

 ほらー>>524が早く話しかけないから

 特定の時間じゃないとダメなのかも


 526:名無しのプレイヤー ID:S2r6ADkZ0

 ガチの怪談じゃんこわ


 527:名無しのプレイヤー ID:678Ea8gq0

 このゲーム未発見クエスト多過ぎるんよ


 528:名無しのプレイヤー ID:KR3etQq/0

 それなー

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― 新着の感想 ―
[一言] 真顔でぽちゃぽちゃ角砂糖入れてる光景想像したら怖すぎる笑笑
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