其の二
1
とはいえ。
動くハニワを受け入れることと、マコト・アヤノの結婚については、双方で話し合いが必要である。
チタカがひとまずそのように発言をすると、ハニさんショックですっかりその事を忘れていたアヤノが、再び顔を真っ赤に火照らせた。
チタカが続ける。
「ハニワが」
「ハニさん、な」
マコトの大真面目な顔をひと睨みしてから、チタカは軽く咳払いをする。
「…。ハニさんが、兄貴にアヤノとの結婚を勧めたから、と言ってだ。俺たちが見てる限り、コイツは」
「コイツじゃなくて、ハニさ」
「ハニさんが!喋る様子もない。よって兄貴の妄想か虚言としか思えないんだけど。っていうか、そもそも俺はまだこの状況について行けてない。動き回るハニワとか…これは奇跡なのか?」
腕組みをしたまま、目の前のハニワに目を落とす。ハニさんはチタカと全く同じポーズをしたまま、顔をググッと傾けて見つめ返してくる。そんな様子を見てカズイが小さく吹いた。
「奇跡と言うなら、わたしは大歓迎だけど」
うふふと笑うアヤノを見てマコトが呟いた。
「でも、喋ってるけどな?」
首を捻るマコト。カズイが変な顔になる。
「声、出てるの?いま?」
「出てるぞ?」
真顔のマコトを見て、カズイとアヤノが耳を澄ませる。
が、ハニさんの発語らしいものは聞こえてこない。息が漏れるような呼吸音もない。ただただ、ウロウロウネウネと座卓の上を滑るように動き回るばかりで、自分を見つめる4人を見回しながら、また動く…を繰り返している。
カズイとアヤノが顔を見合わせる。そんな2人の様子に、チタカがほらとマコトを見ると、彼は懐手のまま、無精髭の生えた顎を撫でながら眉を寄せた。
「んー…どうするよ、ハニさん」
声をかけられたハニさんが、困ったように頭をポリポリしている。
何がしかの交信をしている風のマコトを見てから、チタカはアヤノに微笑みかけた。それも極上の笑い方で。
「アヤちゃん、思い直すなら今だよ」
チタカの言葉に、アヤノはまたもや大きく首を横に振る。
「ダメ!このままでいい!」
「でもアヤノ…ハニさんは不思議いっぱいで可愛いし、変なものではないとは思うけど…」
言葉を選ぶカズイの隣で、チタカは小声で(変なんだよ)と突っ込む。がカズイは続けた。
「アヤノの20年分の片想いの重みに対して、兄ちゃんの気持ちが均衡取れてないのは確かだよね…?」
「それはわたしの問題だし…同じものを求めるのは違うと思うけど…」
「そうなんだけどさ。ハニさんじゃなくても、誰かが勧めたからそうするって言うのは、アヤノに失礼なんじゃないかって思って…」
「そんな事、思わないよ!?」
「分かってる。アヤノはそういう風に思わないのはよく分かってる」
そんなに想ってくれているなら、いい伴侶になるのではないか。
憎く思ってないなら、添うてあげたらいい。
この大事な幼なじみの恋路を、そんな簡単に、単純明快に片付けてしまうのは納得が行かない。
ましてや実兄だ。もう少し…いや、もっと深くアヤノの気持ちを感じ、受け止めてやれよ。と思う。幼なじみが兄妹になるかもしれないんだから。
恋愛とか無理、と振った過去もあるのだ。
なんで今になって。ましてや、なぜ結婚なんだ。
アヤノと恋愛をまずしろ。
どれだけ大事に想われて来たのか、身をもって知るところからだろう。
カズイの言わんとする所は、チタカも激しく同感するところだ。
「アヤちゃん。あと兄貴」
チタカの静かな声に、アヤノが顔を上げる。マコトもチタカを見た。
「まずは男女交際を推奨する」
「!…チーちゃん…」
盲点、とばかりにカズイが目を見開く。アヤノはますます紅くなった。
マコトが意外そうに眉をあげる前で、ハニさんはと言うと、ポンと手を打ってコクコクと頷く。
それぞれの反応を見回してから、チタカがフッと小さく笑う。
「…結婚はそれからでも遅くないだろ?」
「そうだね、うん。まずはそこからだよね」
自分のことでもないのに、カズイが興奮したようにうんうんと頷いている。
「それがいいよ。兄ちゃんソレだよ。まずはお付き合いなんだよ」
「んあ?…まぁ…はい」
マコトが気圧されたように頷く。
「アヤノも。まずはありのままの兄ちゃんを知ろうよ。ね?」
「もう充分知ってるけど…」
カズイの前のめりな賛成に、アヤノがたじろぐが。
「違うかもしれないよ。勘違いもしてるかもしれない。それに兄ちゃん自身がアヤノのことよくわかってないし」
「そ、それは…」
紅くなったまま、マコトをチラリとうかがう。マコトと目が合って、また更に紅く茹で上がっていくアヤノを見て、カズイはグッと拳を握った。
「兄ちゃんは変わり者でかなり変な人だから。ハニさん拾ってくるし、神様だって言うし、喋ってるとか言ってるし。そういう兄ちゃんを、お付き合いしてる間にアヤノが捨てる事になっても、私たち兄妹はアヤノの味方だからね。安心して」
おい、散々な言われようだな!と喚くマコトと、カズイの言葉に深く頷くチタカ。捨てないってば!と想定通りの言葉を投げるアヤノだったが。
「万が一、兄貴がアヤちゃんを泣かせるような事があったら、モモセを呼び出すから。心して臨んでくれよ?男女交際」
今日1番の笑顔をマコトに向けるチタカ。
「おい、なんでそこでモモが出てくるんだよ」
「モモセがアヤちゃんを溺愛してるのは兄貴だって知ってるだろ」
「知ってるけども」
「泣かせるようなマネをしなきゃ良いだけだ。カンタンだよな?」
向けられた笑顔に凄みが増した気がして、マコトはおぉ…と言うしかない。ハニさんは、オロオロと不安げにマコトを見上げ、アヤノに助けを求める風に腕を動かしていた。
カズイは深く感じいったように息を吐く。
「チーちゃん、さすがだよ」
「大袈裟だな」
呆れた顔をするチタカだったが、満更でもない様子だ。モモセよりは可愛がってきた妹なので、尊敬されるのは嬉しい。多少、抜けていてぼんやりしている性分ではあっても。
やれやれと首を回す視界の端で、マコトがアヤノを見ている。
マコトがおもむろに右手を出して「じゃあ、よろしくお願いします」と頭を下げる。が、アヤノは差し出された右手を両手で掴んで…いや捧げ持つ、という表現が正しいかもしれないのだが。そうしながら、マコト以上に頭を下げ、土下座に近い姿勢のまま「…大事にします」と応えていた。
ハニさんが座卓の上で、拍手をしている。カズイもそれを見て、音がしないように軽く手を打っていた。
2
「六本木先生、それは何?」
「…」
翌日。
カズイは診療室の隅に設けられたラボスペースで、簡易技工物制作に忙しいフリを余儀なくされていた。担当の患者が来れば診察には入るが、本日は、それ以外の時間は率先して、目立たないよう、ひっそりと「ラボから動かない」をする計画だ。
なのに、午前中の診療の隙間時間によりにもよって波多野に見つかり、カズイは心の中で舌打ちをする。
波多野を横目で見ると、彼の目線はカズイのスクラブの胸元…ペンとネームプレートを挟んでいるポケットをピンポイントで見つめていた。
「先生?聞いてる?」
「ええと、…これ?」
カズイの胸元のポケットから顔をのぞかせたハニさんが、波多野を見つめ返している。手元の歯列模型をいじりながら、なんともない口調で
「ハニワ、ですが…」
それがなにか?ぎこちなくそういうと、波多野は面白そうに眉を上げる。
「ハニワ好きでしたっけ?」
「う、うん。まぁ…」
カズイの微妙な歯切れの悪さを気に止める風もなく、波多野は更に近づいてきた。
「へぇ、意外な趣味だなぁ」
「そうかな」
「だってハニワグッズとか集めてるなんて聞いたことなかったし」
「…そこまでは、あんまり」
妙なところを深堀してくる波多野の鋭さに、カズイは奥歯をかみ締める。
「フィギュアですか?可愛い顔してるな、どこで買ったんです?」
「買ってない」
「?」
上手く話を切り上げたい。
「あ」
「あ?」
「兄の…お土産、です」
「日本画家の?芸術家のセンスって変わってるな」
楽しげに笑う波多野が、不意に笑うのを辞める。
「あれ?動くんですか?その子」
「!!」
「ほら、手とか顔が」
波多野が腰をかがめて覗き込んできた時だった。
「波多野先生」
アヤノが何食わぬ顔で声をかけてきた。
「三橋さんのスケーリングと歯面研磨、終わりました」
ナイスタイミング!とアヤノを見れば、背を向けている波多野に分からないようにvサインを送ってくる。波多野がアヤノを振り返った瞬間に両手を合わせて頭を下げると、波多野は呼ばれたユニットまで歩いていった。
ハニさんがカズイの胸ポケットにいる理由…。
それは出勤時に使うリュックの中にいつの間にか潜り込んでいたせいだ。
スタッフルームのロッカースペースで、貴重品を取り出して腰ポケットに突っ込んでいる時に、財布でもスマホでもないモチッとした感触に手元を見ると。
両手を大きく振るハニさんが、いた。
「うわぁっ?!」
放り投げる寸前で慌ててハニさんを掴み、両手で覆い隠す。幸いにして、スタッフルームには他に誰もいなかった。
「ハニ、ハニさん?なんでっ」
小声でハニさんに問いかけるも、相手側の言い分などカズイに聞けるはずもない。嬉しげに手を振って笑う(ように見える顔で)ばかりだ。
「あの、困ります。これから仕事ですし」
なぜか敬語でなおも小声で言った所で
「先生?どうかしましたか?」
スタッフルームの扉を数回叩いて声をかけてきたスタッフに、カズイは「なんでもないです」と若干声を裏返しながら返事をした。普段のカズイを知るスタッフからしてみれば、彼女が驚いて声を上げるところなんぞ見たこともない。幾分、焦ったような声音は心配してのことらしい。
「でも、すごい声がしましたけど」
ハニさんは楽しそうにカズイの手の中から周りを見回している。
「いや、あの」
電話来ちゃって、咄嗟についたウソにスタッフが安心したように下がっていく。
ホッとしてハニさんを見ると、ハニさんは目を輝かせながらカズイの次の行動を待っている。
ロッカーに入れておくことも考えたが。マコトが昨夜言っていた「神様」を思い出し、仕方なく胸ポケットに導く。
「動いちゃダメですよ。フォローできませんから」
小声で釘を刺すと、ハニさんは表情を引締め(たように見えた)、器用に親指らしきものを出してOKマークを見せてくれた。
そんなわけである。アヤノにはいの一番に報告したので、朝からさりげなくカズイのフォローをしてくれていた。
ラボスペースの椅子に座り直しポケットのハニさんを見下ろす。
ポケットの縁に両手をかけて、こちらを見上げる顔が笑っている。
「…」
目だけで抗議するも、ハニさんは大きな目を細めて笑うばかりだ。 どうやら確信犯のようだ。小さく嘆息するが。
「六本木先生」
「!?」
背後から突然声をかけられて、肩が大きく揺れる。ハニさんをポケットごと掴んで隠すようにしながら振り返ると、アヤノの同僚衛生士・竹升 允子がカルテを片手に立っていた。
「田中さんをお呼びしてもいいですか」
小柄で童顔、黒縁メガネのチカコは、事務的に尋ねてくる。あまりニコリともしないのはいつもの事だ。ちなみに朝のスタッフルームでのドタバタの時に声をかけてきたのも、チカコである。
田中さんとは予約を入れていたカズイの患者だ。首だけで何度か返事をするとチカコが空いてるユニットにカルテを置く。それから、診療用ゴム手袋を差し出してきた。
「ありがとう…」
「それ」
「?」
チカコの目はハニさんに向けられている。嫌な予感がしてハニさんをポケットに押しこめる。それでもチカコは続けた。
「そのハニワ、なにで動いてるんですか?単三4個とかですか?」
「…」
真顔のチカコと目が合う。
「…さあ?」
力なく笑うカズイを見上げていたチカコが、ふぅん、と呟く。背を向けて患者を呼びに行くチカコを見送ってから、カズイはまたポケットを覗き込んだ。
「ハニさん…動くなって約束したでしょ?」
モチッとボディを少し潰されたハニさんが不満顔をしている。ため息をついて顔を上げると
「!?」
目をキラキラとさせた波多野が目の前に立っていた。
「は、波多野、先生っ」
「ほら。やっぱり動くじゃない」
波多野の背後でアヤノが片手で詫びている。
「診療は?」
「もう終わりましたって」
そんな事より、と片手を差し出してきて「見せて」のにこやかに言われては、もう隠すのも無理だと諦めた。ハニさんを見れば、既に自主的に両手を伸ばしポケットの縁に手をかけ、顔を覗かせている。いつの間に戻ってきたのか、チカコも波多野の隣でハニさんの動作を見つめていた。
仕方なく波多野の手にハニさんを乗せる。すると、ハニさんは波多野とチカコに向かって、ペコリ。と頭を下げた。
「うわぁ…」
頬を少しだけ紅潮させて「可愛いぃ~」と笑う波多野、チカコも興味深げに見入っている。
「えっと…」
「ああ、先生は診療しててください。その間は僕がこの子預かっておきますから」
手のひらにハニさんを起立させたまま、波多野がいつもより強めの口調で言う。何かを言い返そうにも、なんと言えばいいのか分からずに「あ、う」しか言葉が出てこない傍で、また別の人間が声をかけてきた。
「おや、それって…?」
今度は誰だと、振り向く。
「晴尼笑かぁ。…懐かしいもん持ってるね」
「田中さん?」
カズイの患者、田中時三が目を細めて立っていた。
3
昼休み。
デンタルクリニックの近所にある和風ファミレスの座敷席には、カズイ、アヤノ、波多野、チカコ、そして田中時三が座っていた。
あの後カズイは、このハニワについて知っている事があるなら教えてほしいと、拝み倒す勢いで田中に頭を下げた。懐かしいと言うのなら、過去に見たことがあるのだろうと踏んでの事だ。先生が困っているならと、快諾した田中は昼ごはんでも食べながらと提案してくれたのだが。カズイが誘ったのはアヤノだけだったのに、なぜか波多野とチカコまでついてきたのである。この2人は完全に野次馬だ。それでも、動き回るハニさんに興味を持ってしまったのであれば、味方に引き込んでおくしかない。
彼らは先程から、机上のあちこちをうろつくハニさんを見ている。
そうしながら、カズイは昨日の顛末を簡潔に説明する。アヤノとマコトとの交際などについてはもちろん省略してだが。
カズイの話を同席の4人は黙って聞き終え、それぞれに反応を見せた。驚く波多野、なおも不思議そうなチカコ、そして納得したように頷く田中。
「兄は、昔からちょっと変わった性質というか。何も無いところを見ていたり、1人で話すことが多かったりとか」
芸術家だから、感受性豊かなんです、とさりげなくしっかりフォローを入れるアヤノ。
「そんな兄が、ハニさんは神様だから。と言うと妙な信憑性もありますし、現にこうして動き回ってますし…」
カズイの話を一通り聞き終えた田中は、視線を空に向ける。
「兄上は、ハニワが喋るとか言ってはおりませんか?」
思わずアヤノと顔を見合わせる。
「言ってました。私たちには聞こえなかったんですけど、今も喋ってるぞ、って」
アヤノが言う。田中はふむ。と頷いた。
「参考になるかは分かりませんが」
そう前置きした上で、田中は子供の頃の話をし始める。
「私がまだ10とかその位の頃のことです。戦時中のことになります…」
時三少年が生まれ育った村はとある県の山間にあり、のどかで平和なところだった。戦争が始まっていたとは言われても、時三にしても村の大人たちにしても天皇陛下のおわす東京はとても遠く、外国ともすれば全くの異世界と同義であり、自国の戦いなのにどこか他人事のような感覚であったのは否めない。
思い出せる少年時代の記憶は、母を手伝った四季の畑の収穫、色付く山々の見事な景色、正月の朝に見る雪景色の眩しさ、友だちと泥んこになって駆け回った畦道、走っても走っても着かない小学校までの遠き道のり、道しるべの道祖神、雨上がりの水溜まりの大きさなどだ。戦火に侵されることの無い無垢で美しいものばかりだった。
それは忘れもしない、梅雨入りもそろそろかという時期の事だった。
村では1番の親友の寛治の母親が慌ただしく駆け込んできた所から、話は始まる。
「時ちゃん、うちの寛治どこ行ったか知らない?」
昼過ぎにふらりと出ていってからまだ帰宅してないのだと、必死の形相で問うてくる。
「時三は昨日から熱出してたから1日寝てたんだけど…」
母の言葉を聞いて、年若い寛治の母親がハッとした顔になるや、土間にへたりこんだ。
「そう、そうだったわね。ごめんなさい、寛治も確かにそう言ってたのに」
「いいのよナツさん、それより寛ちゃんが帰ってこない方が大事じゃないか」
そう言いつつ、時三の母が手早く出かける準備を整え、寛治の母、ナツを引っ張りあげて慌ただしく出かけていく。村長と青年組の長の所に行って、捜索を手伝ってもらうつもりらしかった。
寛治の帰宅は、夜半もすぎた頃だったそうだ。家を出ていった時と同じように、1人でふらりと何事もなく帰ってきた寛治は、騒然となった村を見てとても驚いていたらしい。もちろん、泣いていた母親からはこっぴどく怒られ、父親からもゲンコツをくらい、しっかり者の姉は捜索してくれた多くの人たちに頭を下げて回っていたという。
その頃の時三は、ぶり返した熱で再び寝付いていたのだが、看病してくれた姉が言うにはとてもうなされていたとのことで。親友の身を案じるばかりに悪夢を見たのかもしれない、と子供心に思ったのを覚えている。
数日して全快した時三は、寛治の家に上がり込んでいた。
「寛ちゃん、山なんかに行って何してたんだよ」
心配してたんだと訴える時三を見て、寛治はいやぁと笑う。
「時ちゃんが風邪で遊べないからさぁ、山に行けばなんか面白いもんあるかなぁって思ってさ」
「寛ちゃん…」
ガクッとなる時三をみて、寛治は声を潜める。
「あのさぁ」
「…なに?」
「時ちゃんはオレの友だち、だよな?」
「友だちだよ!」
時三の言葉に、寛治が嬉しそうに微笑む。
「オレさ、あの日、山で面白いもん拾ったんだ」
「おもしろいもの?」
うん。と慎重に頷く寛治。
「時ちゃん、みんなには秘密だぜ?」
「ヒミツ?」
シニカルな笑いを浮かべる寛治が、廊下や庭先にナツやほかの家族がいないことを確認すると、そっと押し入れを開けて小さな箱を取り出した。
箱を抱きしめるようにしながら、寛治は真っ直ぐに時三を見る。
「誰にも内緒にしてくれよな」
すっと出された小指に、時三は自分の小指を絡ませて上下に振る。
「約束した」
そう言うと、寛治はそぅっと箱の蓋を開けてみせた。