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9 おにぎりと友情

『セイクリッド・クロス』は、急速度で拡大していった。

 そして遂に県下最強と謳われる、臥龍がりゅう学園との対決が目前に迫る。

 集会は毎週土曜日を定例日にしていたが、ここ最近は毎晩のように作戦を練っている。



 短期で拡大できたのには、実は訳がある。

 かなりひどい発想かもしれないが、ヤンキーの中身はモンスターなのだ。

 ゴブリンだったりスケルトンナイトだったりが、マリオネット化されているだけ。

 まぁその本人は、完璧に洗脳されて14年間生きてきた人間だと思い込んでいるのだが。



 だから僕も伶亜さんも、そこは割り切って、容赦なく特攻を命じている。



 族と族との戦いは、苛酷かこくを極めた。

 敵へ向かって二輪、四輪での体当たりだ。下手をしたら四散する。

 血も涙もない非道な鬼番長で通ってしまっているが、ゲームなのだから、仕方がない。何ターンもある訳ではない。宍井が勉強に注力している間に、急いで全国制覇を成し得なくてはならないのだから。



 だけど聖華さんだけが、みんなを心配して、集会の度に差し入れを作っている。


 今日もみんな一人ひとりに手製のおにぎりを渡しながら、「みなさん、気を付けてくださいね。お怪我しないでくださいね」と、マジマジと目を見つめ、本当に心配そうに言っている。




 既に『セイクリッド・クロス』の構成員は187人まで膨れ上がっている。



 おにぎりを作るのも一苦労だろう。

 見た目は、グラサンをした学生だが、中身はモンスターだ。


 それを教えているのだが、「誠司さん、あまり無茶な要求しないであげてください」と返される。




 *




 対決前夜。

 聖華さんが、みんなの為におにぎりを作っていると、『セイクリッド・クロス』の幹部、陽炎かげろうの龍一、死酔しすいの亮、以下10名が、自宅に押しかけてきた。



「お嬢様。あっしらも手伝わしてください」



 そういって台所に入って、自主的に聖華さんの手伝いを始めた。

 族の連中は、聖華さんのことを『お嬢様』や『天使様』『女神様』『姫』と呼ぶ。


 僕は『狂番長マッドエンペラー』、

 伶亜さんなんて『死神姉貴デスクイーン』なのに……。



 深夜1時。


 高速の入り口では、僕達『セイクリッド・クロス』は終結し、エンジンをふかしている。



 相手兵力は、ほぼ互角。

 おそらく今日の戦いで4割近くは飛ぶだろう。



「お嬢様の為なら、あっしは死ねるぜ」

「あっしもだ」

と口々に言って号泣しているヤンキー達。



 聖華さんはハンカチを目元にあてて泣いている。


「死ぬなんて駄目です!」


 なんか、一世代昔の熱いヤンキー漫画で見たような光景だ。

 


 僕は読んでいる。

 最速で県を制覇すれば、怒涛の如く僕達のチームに雪崩れ込んでくる、と。



 僕が特攻旗を掲げ、指令をくだしたその時だった。

 派手に改造した単車がこちらに向かってくる。


 幹部である死酔の亮が、

「な、なんだ! てめぇは、臥龍学園の兵隊。なんのようだ!?」



 それは本日の敵。臥龍学園の特攻服を着たヤンキーだった。



 伝令という旗を持って、単騎でやってきたのだ。

 口には骸骨の歯の刺繍をしたマフラー。

 それを指で下すと、片膝をついて旗を地面に置いた。

 

「誠司番長。俺ら臥龍連合はあんたの傘下につく」



 僕はびっくりした。


「ど、どうして、急に?」


「あんたは恐ろしいが、セイクリッド・クロスには、兵隊の為に涙を流してくれる女神がいると聞いて偵察したんだ。そのビデオをリーダーに渡したところ、マジで惚れてしまって……。もちろん、俺もです。姫の為なら俺は死ねます」



 モヒカンのヤンキーはガチな顔でそういい、聖華さんの前で片膝を折ったまま、深々と頭をさげている。



 聖華さんは、「え? え?」とキョロキョロしている。



 セイクリッド・クロスのメンバー達は、「お嬢様、これは罠ですぜ! それにお嬢様のおいしいおにぎりを、臥龍の連中にくれてやる訳にはいきません! 作る量だって半端になく増えちまう」と鼻息を荒げる。



「いえ、みなさんの分は作ってあげますから!」


「それではお嬢様のお仕事が増えます。こんな奴らに、わざわざお嬢様が手を煩わすことはありませんぜ」



「いいのです。私は好きでやっているのですから」




 

 セイクリッド・クロスには、美しい心を持った絶世の女神がいるという噂が全国に広がった。この事件はあっという間に飛び火し、拡大解釈までされ、ゾクの中で伝説となった。

 そして――

 女神に一目会いたい――そんな気持ちを胸に秘め、全国各地の最強ヤンキー共が、近所の公園に集うようになった。



 早朝。

 登校前には、自主的に最強ヤンキーの数名が聖華さんの護衛にやってくる。


 学校が終わると、

「失礼します」と我が家の台所に上がり込んで、聖華さんの手伝いまで始めるのだ。

 

 ごついスキンヘッドのヤンキーが、だ。


 そのギャップが、なんとも滑稽である。


 当人の聖華さんは嬉しそうに、ヤンキー達と料理を作ったり、買い物に行ったり、トランプやオセロといったゲームを一緒に楽しんでいる。既にゲーム内だというのに……という突っ込みはよそう。




 聖華さん……。

 確かに見事な手腕で全国制覇を成し得た。

 だが、最強クラスのヤンキーは聖華さんの言う事しか聞かない。つまり特攻を命じることができないということだ。

 これって、何かの作戦なのだろうか。



 作戦と言うより、むしろ……

 全力で学園生活をエンジョイしているようにすら見える。




 更に数ヶ月が経つ。

 いよいよ期末試験を目前にした、7月初旬。

 

 蝉のエフェクトを聞きながら、ルーレットを回し、学校を目指す。

 聖華さんは、護衛の最強ヤンキー達と楽しそうに会話をしながら登校している。



「お嬢様。あっしらは、何があってもお嬢様の為に戦いますけぃ」


「え、私だって強いんですよ? 実は私は天使に変身できます」


「お嬢様が天使なのはよく存じております。だからあっしが命に変えてもお守りします」


 などと、暑苦しいトークを終えて、教室に入る。



 聖華さんは、妙な行動をとった。



 席で参考書とにらめっこをしている宍井に近づいていき、おにぎりの入った弁当箱を渡したのだ。


 宍井は顔をあげて、不機嫌そうに「なに?」と漏らした。


「お礼ですわ」


「礼?」


「あなたのこと、最初は怖い人と思っていました。それに敵でもあります。しげるさんやリーズが大変なことになっているのも事実……

 ですが……

 私はどうしても学校へ行きたかった。それが夢でした。ちょっとおかしな形ですが、夢が叶いました。

 それに、毎日がとても楽しいんです。

 とても楽しいんです。

 ほんとうに楽しいんです。

 だからほんのちょっとだけ、お礼をします」


「は? 毒でも盛っているんだろ?」



「え? 大丈夫ですよ」と、弁当箱からおにぎりを取り出して、ぱくぱく食べて、半分を渡そうとする。



 それを見たヤンキーどもがぎゃーぎゃー騒ぎ出す。


「あぁぁ!! あんにゃろ! お嬢様と間接キッスを! 駄目です。それはあっしのもんです!」


 奪いに走ろうとするヤンキーを、伶亜さんが腕を捕えて止める。


「……あ、デスクイーンさま。後生です。あのおにぎりだけは……」


「いいから黙ってろ!」と伶亜さん。



 宍井は、「何の魂胆だ?」と聖華さんに問う。


「だからお礼なのです。私、この世界ではありますが、いっぱいお友達ができました。みんなみんな優しくしてくれます。毎日がすごく楽しいです」



 無邪気な笑みをみせる聖華さんに宍井は小さく漏らした。


「……友達……いなかったのか?」


「……はい」


 宍井は黙ったまま、おにぎりを受け取ると、そのまま口に入れた。


「どうですか? おいしいですか?」


「……塩、利き過ぎ」


「え? そうですか?」と聖華さんは、もうひとつおにぎりを口に入れて首を傾げる。



 塩が利き過ぎといいながら、宍井は完食した。



 僕は見逃さなかった。

 どういう訳か、宍井の目がうっすらと赤く染まっていた。



 その次の日も、そのまた次の日も、聖華さんは宍井にもおにぎりを作った。



 そんなある日の放課後。

 僕は、宍井に屋上に呼び出された。

 伶亜さんは心配してついてこようとしたが、宍井から「今日だけは敵味方関係なく話がしたい」と真顔で言われていたので彼女には教室で待っているように告げて、一人で屋上に行った。




 ここは屋上。

 よくできた世界だ。

 見上げると、まるで本物のような壮大な赤焼けの空が広がっている。



「誠司。あの子、俺に近づけないでくれるか?」


「聖華さんか?」


「あぁ」


 宍井は空を見上げた。


「高校の頃、彼女がいてな……

 あんな純粋な子だった。

 だけど、悪い奴らにつかまって、まわされて、そして殺された。

 犯人は同じクラスの野郎だった。

 俺の彼女が可愛いから許せなかったとか、訳の分からんことをぬかす。

 俺はなんとしても仇を取りたかった。

 そいつの父親は資産家で、その傘下にいるヤクザを使って、違う一般人を犯人に仕立てて事件は強引に幕を閉ざされた。

 そいつを何度も殺そうと思った。

 だがその怒りをグッと押さえ、俺は猛勉強をして裁判官になった。

 奴を法で裁くつもりで。

 だがな。

 結局無理だった。

 奴の父親が出てきて、俺にこう言うのだ。

『息子は、これから政治家に出馬するからやめてくれ』と。

 そいつが掲げたマニフェストを見て笑ったよ。おかしくて発狂しそうになった。

 弱者を保護する世の中を作る、と書かれていたのだ。

 どの口で言うのか? と思った。

 だが、そいつの親父は、

『そのような偉大な息子を裁けば、てめぇの親兄弟皆殺しにする』と言うのだ。

 完全に腐ってやがる。

 俺だって負けなかった。

 だったらてめぇの悪事をすべて裁いてやるからな、とつっぱねた。

 翌日、実家は全焼した。

 犯人は俺に仕立てられ、俺が裁かれることになった。

 必死に自分を弁護したが、黒い組織には勝てなかった。

 それどころか、俺が弱者を守ろうとする者の敵だと罵られるようにまでなった。

 報道が俺を悪く書き立てる。

 この世界のルールなんてなんて脆弱なのだ、と呪った。

 だから俺がルールを作らなくてはならないと思った。

 腐った奴らの為に、俺が……」


 

 ……。



 僕が弱い者を救う為に立ち上がった時、こいつは罵倒した。

 もしかして、奴なりに、内心では様々な葛藤があったのかもしれない。



 こいつも壮絶な人生を歩んできたのか。

 だが、どこかで曲がってしまった。




「聖華だっけ。

 だからあの子をもう近づけないでくれ。

 あんな子を見たら……俺は……

 だが、俺はもう後には引けないんだ」



 そう。

 僕がこのゲームで勝たない限り、しげるさんは助からない。

 宍井だって、僕をステージ上げる為に同格のリスクを背負っている。

 


 このデスゲームは、どちらかの勝利でしか終止符を打てない。

 特記事項を使っている以上、回避はできないのだ。



「宍井。もっと早く、僕達が会っていれば違う道があったかもな。聖華さん、リーズ、しげるさん、この誰かに会っていれば、君の人生は違っていたかもしれんな」


「そうかもしれん。

 だから、今日は敵味方なしで言わしてくれ。

 俺はステータス向上だけを考えて、育成していない。

 デスゲームに向けて、全力で仕掛けていく。

 だから……」

 

 

「あぁ、本気で挑む。

 もはや立ち止まれないんだろ? 僕達……」



 宍井は僕をみて、目でうなずいた。



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