8 死闘!? 期末試験の罠
ゲーム内ではあるが、あれから一ヶ月近くが経つ。
ゴールデンウィーク前。
聖華さんは、熱心に授業を受けている。
それも、全教科まんべんなくである。
数学の授業なんて、もはや誰もいない。
不良たちは遊んでいるようだが、天才奇人といったマークされている手ごわいクラスメートも姿をくらましている。
宍井もだ。
おそらく夏の合宿に向けて、虎視眈々と準備を進めているのだろう。
僕は心配になってくる。
それなのに聖華さんは席に座って、「はい、は~い!」となんともうれしそうに手をあげている。
本当にこれで良いのだろうか。
そしてゴールデンウィークに突入した。
ここまでリアル時間にして、約一時間経過。
さすがにこの日は肉体の鍛錬に使おうと、皆を連れてスポーツジムへ向かおうとした。
その時だった。
耳元で声がしたのだ。
『アルディーン!』
――神か!?
『もっと早く接触したかったのだが、ここは特記事項の世界だ。なかなか念波が通らなかった。で、調子はどうだ?』
――聖華さんの作戦で、基礎学力を重点的に鍛えているのですが、正直なところ心配になっています。
『お嬢さ……ではなくて、聖華さんがそう言ったのか? あの子は天然なところがあるからなぁ……。その作戦……』
――この選択、神はマズイと判断されるのか?
『いや、そうでもない。かなりいい線をいっていると思う』
――え? その理由は?
『考えてみて欲しい。アルディーンの機転によって、このゲームのルールはすべて開示され、宍井は偽計を使えなくなった。つまり完全にフェアーな戦いということになる。
ルーレット頼りの要素も否めないゲームだ。
つまり運ゲー。
それなのに宍井は、このゲームでの勝負を挑んできた。
必勝のすべを知っているということ。
つまりこれは……』
心理戦。
ほぼ同時に口にした。
『そう、このゲームは敵を欺き勝利へ導く仕組みが出来上がっている。宍井にはゲームを熟知しているという理も確かにあるだろうが、気付きや発想で攻略できるゲームはかなりリスキーだ。
俺ならそっちへ持っていかない。
Aと見せかけて実はBという展開。敵を嵌めるならそれが望ましい』
――確かにそうだ。
『そうするには、この世界をかなりリアルに作り込んでおかなくては、相手を嵌めることが難しいだろう。スカスカの世界だと容易に見透かされてしまうからな。
つまり単にステータスを上げれば有利というわけでもないと思う』
――なるほど。つまり聖華さんは相手の策略を読んでいると?
『いや……。
それはかなりくさい……と思う。
とにかく合宿のスケジュールを再確認してみてくれ。どうなっている? それに向けてステータスを上げると同時に、仕掛けていく必要もあると思う』
――実は、まだ合宿のスケジュールは発表されていないんです。
『やはりそうか。
絶対条件に『ルールは公平』とある。
アルディーンが知らない事を、宍井だけが知っているとは考えにくい。つまり合宿の予定はこれから作られる。もしくは出来ていても改変が可能。そう考えるべきだろう』
なるほど。
合宿プランの作成チームを結成して、参加しろと言いたいのですね。
なんだかんだ言って、こういった事項を決めるのには、先生に最終決定権がある。
その為に、先生と親密になっておくのが得策ということか。
だから聖華さんが行ってきた、真面目に授業へ出るという行動を、神は評価しているのか。
――でもその割には、宍井は黙々と勉強していた。先生と親密になろうとしている訳ではないようだ。単にステータスアップを狙っているようだし……
『成績アップを狙っているのか……。成績を上げることによって効果がだせるポイントは……?』
中間、期末試験で良い点を出すことができる……
これにどういう意味が……
だってこのゲームの勝敗において、テストの点はあまり関係ないと思う。
だって期間は中二の一年間だけ。
進学のステージなんて存在しない。
良い成績をとったからといってどうなるんだ?
神はしばらく沈黙していたが、何か閃いたのか勢いのある早い声音で、
『も、もしかして合宿の道中に使うバスの座席順なのかもしれない!』
成績と座席に何の関連性が?
『アルディーンがもし、引率する教師だったら、どういう座席順にする?』
普通の中学生なら、まぁ仲がいい者同士を隣にするとか、くじ引きとか……
だが、ここの生徒は普通ではない。
不良8割、残りは天才奇人と殺し屋。
そして移動しているバスの中は、完全密室。
ゴクリと嫌な生唾を飲み込んでしまった。
『そうだ。
バスの中では血みどろな殺人ショーが起こる可能性がある。
考え過ぎかもしれんが、バスジャックされる恐れだってあるんだ。俺がもし教師だったら、出来の悪い不良を前の席に座らせて、最前列でマシンガンを握る。まぁマシンガンは極端かもしれんが、それなりの武装をして、おかしげな奴は威圧できるようにする』
……。
つまり悪い者から、順に前から座らせていくということか。
悪い奴の指標。
それを図るもっとも単純な方法は、成績……か。
勉強をさぼっているのは明白なのだから。
もしそうなら。
敵に背中を見せていない後部座席が圧倒的有利。
神は、そう言いたいのか?
『これはあくまでひとつの可能性なのだが、そのような発想で仕掛けていった方がいい』
なるほど。
ここに来る前に聖華さんとやった人生ゲームとも共通点がある。
社会人のステージで、彼女に負けた理由はまさしくそれだ。
柔軟な思考で可能性を見出す。
この点で彼女より劣っていた。
このゲーム。
陰険で道徳もなく方向性は大いに間違っているが、理屈は同じなのかもしれない。
単純な発想だけでは、落とし穴にあうってことか。
とにかく宍井の行動には、意味があるって訳か……
*
ゴールデンウィーク明けの教室。
ホームルームの前に宍井に宣戦布告をした。
「宍井。一学期の期末テストで勝負をしよう!」
「え? どうして?」
机に座り参考書を読んでいる宍井は、こちらを一瞥もせず、とぼけている。
ホームルーム前の時間まで使って、知力アップにいそしんでいるのに、しらばっくれた奴だ。
だから分かるように言った。
それもクラス全員に聞こえるように。
全員が僕に注目する。
ちなみにクラスの連中は、モンスターをマリオネット化しているが、ルールブックによると完全にプレーヤーに成りきっているとある。
それぞれ一つの個性を持った、中二ヤンキーだ。
「試験の平均点が高い者から順に、合宿の行き返りのバスで、好きな席を選べるってことでどうだ? 僕は最後列の席を指定する」
座席の優位性に気づき、何人かが乗ってきた。
逆に反発する者もいる。
だが何も分からず、ポカンとしている連中が大半だ。
先生を一瞥した。
「どう? 先生。その方が先生にとってもいいんじゃない?」
先生は僕の言いたい事を理解したのだろう。
コクリと首を縦に振った。
授業を真面目に受けている優等生は、後列でいい。
先生が意識しなくてはならないのは、何を仕出かすか分からない不良共。
――宍井よ。どうする?
もう一度聞く。
「テストで勝負するか?」
宍井はしぶしぶではあったが、うなずいた。
*
その日の放課後のターン。
宍井は授業が終わると、急いでルーレットを回して教室から飛び出した。
自宅か塾で猛勉強をするのだろう。
僕達も同様、急いで自宅へ帰る。
玲亜さんは苦笑いを浮かべながら、「おいおい、テストで勝負とはまた大胆だな? これからの時間も勉強に費やすのか?」
「いや、あれは撒き餌。学力は捨てるつもりだ。ただし、学校では勉強をそれなりにしたふりをする」
「え?」「ええっ?」と二人とも驚く。
「テストの勝負を挑んだのは、単に釘をさすだけだ。
今日の行動で、奴の目的はハッキリとした。
おそらくバスの座席の確保だろう。
だから、こちらも知っているということを知らしめたかったに過ぎない。
だが、これで奴は、すべてのターンを学力向上につぎ込むはずだ。
きっとガチガチに上げてくる」
「では、こちらももっと勉強しなくては、勝負に負けちゃいますよ」と聖華さん。
僕はひとつ笑う。
「いいかい。テストというものは、6~8割の点数を取るのなら、難しい問題や苦手科目を捨て、要領よく比較的短い時間で済ませることができるけど、9割以上から膨大な時間を要することになる。マニアックな問題まで覚える必要があるからね。
おそらく前者の5倍、いや、10倍以上の時間数となる。
そうなっては泥沼だ。
だから宍井にそうさせるように仕向けた。
だけど学校では必死に勉強をしたふりをするんだ。
それは表向き、宍井へのけん制。
真の目的は、先生との信頼関係構築だ。
そして放課後の時間をすべてつぎ込み、不良共をシメにいく」
この日は、さすがに二人ともは唖然としていた。
だけど、やはり玲亜さんは慣れていた。
たった2週間で、爆龍中学の番長まで上り詰め、族を結成。
チーム名『セイクリッド・クロス』
そして他校へ進撃を始めた。
宍井が猛勉強している最中、兵力拡大へ重きを置いたのだ。