40 農民ゲーム1
「最初に勝負するのは、どっちだ?」
阿久津は毒ついた表情で、僕と聖華さんの顔を交互に見やる。
これから『農民ゲーム』という名の一方的な殺人ショーが始まろうとしている。
負ければ、イメージカラーの穀物にされてしまうのだ。
僕の目の前には農民ゲームに使用される、陣地と農民をかたどった小さな駒が数基、そしてカードの山が置かれてある。
ルールは先ほど阿久津が説明してくれた。
自分の農地を守りながら、相手の農地を攻め落とすテーブルゲームだ。
まずカードが3枚ずつ配られる。
自分のターンがやってくると、カードを一枚選択して、アクションを起こしていく。
9ターンで勝負がつかなかった場合、そこで終了。農力と呼ばれる数字の高い方が勝利。農力は田畑の量や穀物の生産性、農民の持っている武力といった自軍の総力を指し示す。
負ければ穀物にされてしまう。
トマトにされてしまった場合、落下してそのまま潰れて即死。
喉元に嫌な汗が伝う。
このような危険なゲームに聖華さんを巻き込むわけにはいかない。
僕は一歩、前に出ようとした。
「はーい! 私が先にやります!」
言葉と同時に聖華さんが、カードを手に取ってジロジロ見ているではないか!
カードを一枚ずつ眺めながら、目をキラキラ輝かせている。
確かに聖華さんはゲームの達人。
だけど負けた時の代償が、あまりのも大きすぎる。
「聖華さん、早まってはダメだ! このゲームは危険だ。だから僕が!」
聖華さんは頬を膨らませた。
「今日の誠司さん、わがままですよ」とツン。
僕は頭をかかえてしまった。
僕は……わがまま……なのか……!?
その間に聖華さんが、テーブルに座ってしまった。
「最初の相手はあんたかい? アホそうな顔をしているが、ルールは飲み込めたのか?」
ムッと頬を膨らませた聖華さんは、
「ちゃんと理解しましたわよ! 早く始めましょ」と言い返した。
阿久津は「そうかい」とニヤリと笑う。
明らかに挑発だ。
挑発とは、相手の苛立ちを誘い、冷静な判断を欠く基本的戦略のひとつである。
一見単純そうだが、こうやって一歩下がって見ているから気付けるのであって、同様な言われ方をしたら果たしてどうしていただろうか。
僕はすぐに熱くなってしまうから、こういったゲームには向かない。
だけど、聖華さん。
アホとか言われてムカつくのは分かるが、熱くなってはダメだ。
それを言おうと聖華さんに近づこうとした。
聖華さんはニッコリと笑い「阿久津さんの説明がすごく分かり易かったから、とてもよく分かりましたよ」と言った。
阿久津は思わず目を丸くした。
そして間髪入れず、聖華さんは、先後を決めるさいころを振った。
多い目を出した方が、先手となる。
聖華さんが出したさいころの目は6。
阿久津はどの目を出しても、良くてドロー。
「ふ。いいぜ。先手は譲ってやる」
このまま振っても勝ち目はないと思って、譲ってくれたのか。
僕は聖華さんとゲームをやり込んだから、彼女のテクニックをある程度理解しているが、彼女はサイコロの目の6と1だけは確実に出すことが出来る。
それを利用して、大物ぶって挑発してきた阿久津の性格を逆手に取り、先手を確保したと言う訳か。
彼女は冷静にゲームの性質を判断していると思う。
相手の農力をゼロにした方が勝てるこのゲームにおいて、先に動けた方が有利な事は一目瞭然である。
聖華さんは一枚のカードを選択して、前に提出する。
カードには『二期作』と書かれてある。
出したと同時に、農地に設置されている農民の人形の数が二倍になった。
初っ端で生産能力が二倍になるカードを発動させるのか。
さすがだ。
これで全ターンが二回攻撃になったと同じだ。
最初からいいカードを手にできている。
彼女はテクニックと同時に、運も持っている。
この勝負、聖華さんに任せて大丈夫のようだ。
だけど阿久津はまったく動じることなく、口角の隅に不気味な笑みを浮かべている。