4 勇者アルディーンの戦い4
僕たちが建物から出たところで、聖華さんをオフィスの庭へ転送してもらった。
神が見える範囲は、オフィス敷地内のみだそうだ。
神いわく、視界が届く位置までは、念波が使用できるとのこと。
聖華さんをこちらに戻して貰ってからは大変だった。
異次元空間での記憶はまったくなく、「みんなどうしたんですか?」と聞かれまくり、状況を知ると、「あーん、あーん」と泣き出した。
体がまったく動かないみたいで、手で顔を覆うことすらできない。
ハンカチを顔に添えてあげると「チーン」と鼻をかんだ。
聖華さんを戻して貰うことは失敗だったのだろうか。
この絶望的な現状は、彼女にとってあまりにも酷だったのかもしれない。
だが選択した以上、後悔しても仕方がないのだ。
僕達には前進しかない。
聖華さんをおぶって借家まで帰った。
*
――宍井和也の『病んだ人生ゲーム』を攻略しなくてはならない。
実のところ、人生ゲームなんてやったことがない。
学生時代、一度目の失敗により、中退を経験している。
だから社会人になってから、土日、夜間でも通える大学に編入したことがある。その後MBAを取得しようと思い、そこで人生ゲームを模倣した経営シミュレーションゲームをやったことがある。
僕にあるのはその程度の経験だ。
とにかく人生ゲームをおさらいするために、聖華さんとプレーしている。
聖華さんは体が動かせないから、コマの移動やルーレットの代行は僕がつとめている。
僕は経営シミュレーションでの経験を生かし、ルーレット一振りの確率計算から始め、金の使い道だって30通り以上も考え、最良の方法を選んでいった。
聖華さんは、「誠司さん。いちいち考えすぎです」と言うと、初めて貰ったおこづかいで、比較的高額なテレビゲームを購入した。
僕は、「テレビゲームは学力が落ちて、親から叱られる頻度が高くなるとルールブックには書いてある。値段の割に、デメリットが大きいのでは?」と問うと、「だって面白そうですよ?」と、テレビゲームと書かれたカードを嬉しそうに見つめている。
僕は学力、運動能力、をガンガンにあげ、受験だろうがプロスポーツ選手だろうがやってのける、オールマイティープレーヤーまで鍛え上げていった。
どんな企業からも声がかかるだろうし、球団からドラフトだってかかりそうだ。
しかし後半に行くにつれて、どういう訳か聖華さんの方が有利にコマをすすめていく。
ステージは就職後。
僕は『丸の内にある超一流企業』という名の会社に就職した。
年棒800万円の契約。
聖華さんは250万円。
ここまではどう見ても僕の方が有利だった。
だが営業会議では、僕の企画がほとんど通らないのだ。
通っても結果は惨敗。
聖華さんは、『聞いたことがない三流商社』という、ちゃんと名前をつけろよと突っ込みたくなるような会社に就職したのだが、すでにヒット商品を生み出し、会社の業績を大幅に上げた。ブランド戦略まで打ち立てている。
ここで大きく差をつけられてしまった。
逆転できるのは、もはや老後のステージくらいしかない。
僕は年金をキチンとおさめている。
最低限の保証はされるだろうが、これ以上の成長路線は見込めない。
一方聖華さんは、生み出したヒット商品を更に改良するためにアンケートの回収を徹底した。その一つがわくわく老人サークルというコミュニティーの設立。老人を商品のとりこにするだけではなく、自分の老後の居場所まで作っていたのか。老人達は聖華さんの商品のファンになっていく。
そして次のターン。
聖華さんが勤めていた『聞いたことがない三流商社』は、なんと株式公開を果たしたのだ。
株主総会から代表交代の意見が上がる。
そして社に圧倒的貢献した聖華さんが、社長に抜擢。
更に業績は伸び、次々に他社を買収していく。
聖華さんはうれしそうに、「カバンが欲しいから、高級カバン屋さんをまるごと買います」と言って企業買収を行い、好き勝手に改革。
こんなの誰が買うのかと問いただしたくなるくらい超軽量かつ高機能なカバンを開発。
だが、世界中に蔓延らせた独自の老人ネットワークに、利益がたっぷり乗っている高級ブランド品を売りさばいていく。
今まで築き上げてきた聖華さんの信者達が、次々に買いあさる。
購入した老人たちは「ヨボヨボになったわしでも、無理なくたくさんの物が運べる」と大喜び。
今度はリゾート施設を買収。
好き勝手に魔改造。
そして老人ネットワークへ。
大当たりする。
宝石店買収。
魔改造。
老人へ。
爆売れ。
老人ホーム買収。
魔改造。
老人へ。
爆売れ、待機待ち続出。
墓石屋、葬儀屋買収。
魔改造。
生前に墓石を立てると、死ぬまでオレオレ詐欺から守ってくれるハイパーセキュリティー付き墓石屋誕生。
爆売れ。
そんなこんなを繰り返していくうちに、聖華さんの会社にはどんどんと財が集まる。
ニコニコ喜んでいる聖華さんを目の前にして、僕はポカンと口を開けたまま完全に戦意喪失状態。
そして利益は株主に還元していく。
株価高騰。
もっと金が集まる。
遂には社名を改め、聖華コンツェルンと命名。
聖華さんは、名誉会長に就任した。
売上1兆850億円。
年収520億円。
完全に負けた。
「だから言ったでしょ? 机に座って勉強ばかりしていると想像力のパラメーターが上がらないんです。この想像力が社会に出てから役に立つんです」
確かにそうだ。
宍井との対戦前に、聖華さんとシミュレーションしておいてよかった。
多くのことに気付けた。
ゲームだと思って、数字に固執しすぎた。
これがぼくの敗因だ。
宍井に勝つためには……
僕は考えをまとめ、必要な道具を揃えると、かばんにしまう。
準備が整ったので、決戦まで軽く仮眠を取ろうとした。
宍井の目的は、僕に仲間の命は24時間しかないという時間制限を与える事により、徹底的に疲労困憊させることだ。
奴は虎視眈々と、僕との決戦のフィールドを構築していた。
疲れさせた僕を呼び出すことは明白だ。
だから奴の手には乗らない。
ソファーに横になった。
眠れない。
それでも聖華さんと伶亜さんには眠るように告げた。
夜が明け、東の空が赤く染まりだした。
懐中時計の針が6時前を指している。
窓に一羽の白い鳩がやってきた。
クチバシには手紙をくわえている。
伝書鳩か。
手紙を受けとって、封を破る。
内容は予想していた通りのものだった。
『誠司会長。
あなたの会社の地下で待っています。
あなたのお友達は、みなさん無事ですよ。
どうぞ感動の再開を果たしてください』
なにが『みなさん無事ですよ』だ。
既に聖華さんはこっちにいるのだ。それを宍井は知らない。
きっと異空間に飛ばした人間のことなんて、もはや眼中にないんだろう。
腹の底から怒りの感情がわき起こり、手紙を握りしめた。
かばんを背負うと、こっそり宿から抜け出した。
宿の門をくぐったところで、
「やっぱり一人で行くと思った」
女性の声で振り返る。
そこには車いすに乗った聖華さんと、それを押している伶亜さんがいた。
「宍井和也の狙いはこの僕の命。だから一人で行く」
聖華さんは、
「こんな状態だと足手まといだとは思いましたが、連れて行ってください」
伶亜さんも続いた。
「相手は謀略に満ちたゲームバトルを望んでいる。あたいの洞察スキルで敵がいかさまなんてすればすぐに見破れるし、聖華のゲームテクも役に立つと思う。ガチの殴り合いなら、いい女は黙って待つんだが、これはそうじゃない。あたいらを連れていって損はないと思うぞ」
「私からもお願いします。私だって、みなさんを救うお手伝いがしたいです」
それでも僕は、
「この先はあまりにも危険だ。罠だってあるだろう。それに奴はルールを創造できる。やりたい放題だ」
伶亜さんは車いすを押しながら、
「だから三人で突破口を見つけようと言っているのよ。言っておくけど、洞察力だけなら女の方が高いかもしれんぞ」
みんな馬鹿正直なくらいすばらしい連中です。
だから彼女たちに向かって、同意する方向に首をふった。
これから待ち構えている『病んだ人生ゲーム、トラウマ編』とはいったい?
ルールを想像できる宍井への打開策は?
ふと、そのような言葉が脳裏をよぎった。
こちらの隠し玉は、神の念波。
この戦い、絶対に負ける訳にはいかない。
だって僕には、これ程までに熱い友がいるのだから。