39 紅蓮のキャンプファイヤー4
「食用ゴブリンだー! 追いかけろー!」
クラスメートのヤンキー達は、中華包丁を片手に食用ゴブリンを追い回している。
食用ゴブリンと命名されているが、フィールドに生息している野生のゴブリンとなんら変わらない。
その姿は、片手に棍棒を持ちボロの布きれを腰に巻いているだけの、おでこに雑な字で『食』と書かれた子鬼。
違いといったら、額に書かれてある雑な『食』という文字だけだ。
追いかけているクラスメートの一部も、その中身は、暗示をかけられたゴブリンである。
共食いになるのではないのか? ――と、色々考えてしまう。
僕はルーレットをまわした。
針の先は『9』を指して止まった。
よし! 行動の多い今回のターンで、『9』はありがたい。
まずセイクリッド・クロスの幹部である、陽炎の龍一と合流した。ボタンをすべて外した学ランは風に揺られ、マントのようになびかせている。その学ランの裏には、赤い龍の刺繍が入っている。硬派をイメージさせる精悍な顔つきではあるが、時折、いつの時代のヤンキーなんだと突っ込みたくもなる。
龍一は片膝をつくと、
「死神番長様、デスクイーン様。姫。二輪を用意いたしました」
伶亜さんはヘルメットを受け取ってそれをかぶると、聖華さんに「こいつ運転できる?」とバイクを指差した。
聖華さんは首をブルブル横に振った。
伶亜さんは「じゃぁ、誠司さんの後ろに乗っけてもらいな。この辺りは食用ゴブリンがうようよしているから。あたいがそいつらを蹴散らす」と言ってどこからかヨーヨーを取り出すとしゅるしゅると回すと、聖華さんにヘルメットを投げて渡した。
聖華さんは、ヘルメットを抱きかかるようにキャッチ。
「あ、はい」
僕たちはバイクにまたがると、農家を目指した。
バイクを走行させながら、伶亜さんが話しかけてきた。
「こうやって族のメンバーから物資を提供してもらっているが、この行動に問題はないのか?」
「ちゃんと先生に確認したので大丈夫です。親が忘れ物を届けに来るのはOKだそうです。友達が親の代理を務めても問題はありません」
「そ、そうか……」
と呟いて、右手に装備したヨーヨーで食用ゴブリンを蹴散らしていく。
畑が見えてきた。
「あったぜ。トマト畑だ」
伶亜さんはバイクを止めるとヘルメットを脱ぎ捨て、トマトをひとつちぎって口に入れた。
僕は慌てて止めようとした。
「ちょっと待ってください。ちゃんと農家の人と交渉してから……」
「どうせ買うんだろ? なら一個くらいいいじゃないか? もう喉がカラカラだ。ガブリイ。ん~、うまぃ!」
その時だった。
なんと伶亜さんがレモンになってしまったのだ。
そのまま地面にポトリと落ちた。
――こ、これはいったい!?
草を踏む音がした。
音の方を見た。
麦わら帽子をした色黒の男性がいる。額にはバンダナ、顎にはうっすらと髭があり、堀の深い顔立ちをしている。右の肩にはクワを乗せており、それを握り締めて、僕達の方に向けてきた。
「俺の畑を荒らす奴は、如何なる者も許さない」
男はレモンを拾い上げて、それに向って話しかけた。
「なるほど。おめぇは、黄色を強くイメージしていたのか。赤をイメージしていたらトマトになって、落ちたと同時に潰れて死ねたのに。残念だったな。誰かに食べられるか、時間がきて腐るまでここで静かにしてな」
そう言うとポトリと落とした。
「ちょ、ちょっと待ってください。僕達は交渉しに、ここに来たのです。仲間が勝手にあなたの畑のものを食べてしまったことは謝ります。どうか元に戻してください」
その時だった。
僕の胸のポケットにあるメモ用紙がゴソゴソ動き出したのだ。
神が僕に何かを告げたいのか?
僕はメモ用紙を取り出して、自分だけが見えるようにメモ用紙を開いて書いていった。
『もしかして神か?』
ペンは勝手に動き出した。
『アルディーン。この男はモブではない』
――ということは、特記事項を有した者ということか。
『宍井の仲間か?』
『おそらく……。特記事項はかなりヤバい。なんというか、農業に対して凄まじい執着を感じる。これから奴の特記事項を記す。
もし戦うにしても、農業に関わることは避けた方がいい」
僕は神の記してくれた特記事項を見て、戦慄を覚えた。
改めて男を見た。
青いティーシャツから覗く彼の肉体は、鋼のように鍛え上げた筋肉。腰のベルトには、鎌を剣のように装着している。
この男――農業スキルにすべてを極振りしている。
男は僕と目が合うと、ニカリと笑った。
「俺の名は、阿久津秋。あんたと同じ転生者さ。特記事項は、俺の畑を荒らす奴は、如何なる者も許さない。
ふふふ、まさか俺の出番があろうとはな」
「お前も宍井の仲間なのか?」
「さぁな。そもそも、宍井自身も躍らせられているだけなんだが」
「それはどういう意味だ!?」
「たいした意味なんてねぇよ。そのまんま、言葉の通りだ。それよか提案がある。あんた、仲間を助けたいんだよな?」
「もちろんだ。僕は絶対に仲間を裏切らない!」
「いいねぇ。そういうの、嫌いじぇねぇぜ。じゃぁ俺とゲームをやらねぇか?」
――ゲーム……だと!?
「もしこれから俺が提案するゲームに勝利したら、あんたの仲間は元に戻してやるよ」
「なるほど、で、負けた時は?」
「あんたも野菜か果物になっちまう。あんたがもし赤色が好きなら、負けた途端、トマトになって地面にべっちゃり。つまり、負けたと同時に即死って訳だ。どうだい? やる? やらない?」
赤とはリーダーの色だ。
すなわち僕のイメージカラー。
だけど僕に後退の選択肢はない。
問題はそのゲーム内容だ――
阿久津はニカリと目を細めた。
「安心しな。刺激的で面白い内容だ。
ゲームの名は、農民ゲーム」