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37 紅蓮のキャンプファイヤー2

 ジャージ姿の先生は笛を吹いた。

「数々の難関を突破して、見事ここまで辿り着いた諸君。おめでとう! 

 ようやく食事の時間がやってきた。

 班ごとに分かれ、飯盒炊飯でもバーベキューでも何でもOKだ。道具は十分用意してあるから、安心しな。ただし食材はない。勝手に調達しな。あと、就寝の時間は21時30分だ。それまでに食事を済ませられなかったらどうなるか分かるだろうな!」



 キャンプ場の中央には、包丁やまな板と言った調理に必要な道具が置いてある。他にも調味料、香辛料もある。調味料の中には、味噌や昆布、板状になったカレーのルーまである。その他、釣竿やら虫取り網といった捕獲用の道具が用意されていた。



 聖華さんは、それを見て目を輝かせている。



 食材は、調達するしかないのか。

 あらかじめ地図の内容を把握しているから、この辺りの地理は分かる。

 周囲の森には、食用ゴブリンと命名された奇妙なモンスターが生息している。

 食用と表記してはあったが、そのような怪しいものを口にして果たして大丈夫だろうか。


 確か2キロ圏内に田畑もあったから、農家の人に交渉して野菜を分けてもらうのがベストなのかもしれない。ちょっと離れたところにスタンバイさせているセイクリッド・クロスの幹部に、軍資金を持ってこさせて良かった。





 念のため僕は、挙手して質問をした。


「先生、質問、よろしいですか?」

「なんだ? 誠司」


「もし21時30分までに食事をとれなかったら、どうなるんですか?」

「ふ、簡単よ。規則を守れない悪い子には、罰を与える」



 先生は胸のポケットから、スイッチを取り出して親指を近づけていった。


「それは何ですか?」

「見て分からんか? 起爆装置よ」

 

 ――!?


 先生の口角は鋭く吊り上った。


「ククク。近代医学の力を舐めてもらっては困る。健康診断の時にお前らの体の中に、超小型起爆装置を埋め込んでおいたのだ」



 くっ、なんて学校だ!?

 この酷い設定も宍井が考えたのだろうが。



 指定された時間以内に、料理を口にできなければ死んでしまう。

 つまり次なるゲームは、クラスメートは互いの調理をいかに邪魔しながら駒を進めていくことになると読み取れる。


 仮に早く料理を完成させても、違う班に横取りされてしまう可能性だって秘めている。


 先ほどのバスで心が動かされているクラスメートも少なからずいるとは思うが、変人奇人と呼ばれる連中は、未だ不気味な沈黙を貫いている。奴らは予期せぬアクションを起こす可能性を秘めている。



 そして宍井も……



 宍井を見た。

 いつもの無表情だ。有紗も同様にそうだった。

 Y氏だけが僕の視線に応えるように、不気味な笑みを返してきた。






 きっとこの後、恐ろしいバトルになる……



 だからなのか?

 聖華さんが、あんなにワクワクした表情で「キャンプ、キャンプ」と言ってはしゃいでいるのは……。血みどろに変わるだろうこの戦場に、興奮を隠しきれないのだろうか!?


 

 

 でも彼女の表情はあまりにも無邪気そのもので、どうも首を傾げてしまうのだが、彼女が絡むと何故か最後はうまくまとまる……。



 他のクラスメートは競って中華包丁やら、バーナーといった殺傷能力の高いアイテムを選んでいく。僕たちも早く料理の内容を決めて、動くべきだろう。



「誠司さん。お料理は何にするんですか?」と聖華さん。



 ――果たして、どういった料理がベストか?

 




 伶亜さんは「カレーライスなんていいんじゃないか?」と言いながらカレーのルーを指差している。




 カレーの調理方法をイメージしてみた……

 ――やばい! カレーは危険だ……



「誠司さん、どうしたんだ? 難しい顔をして? まさかカレーが苦手なのか?」


「いや……」


 確かにカレーは、キャンプではもっともポピュラーで人気のメニューのひとつではあるのだが、その工程に難がある。



 まず、米と野菜の調達までは、全員でするとしよう。


 問題はその後だ。

 就寝までの時間を考えたら、米を研いでごはんを炊く者とカレーを作る者に分かれる必要がある。

 


 一時的にパーティが分断される。

 その隙にクラスメートに襲われる可能性がある。



 それに匂いもかなり出る。

 その匂いは、恐ろしいほど食をそそる。

 その匂いにつられてクラスメートが襲い掛かってくる可能性だって少なくない。



「カレーは危険だ」



 伶亜さんは、

「誠司さんがそういうのなら……。でもカレーをイメージしまくってカレー頭になってしまったから」とお腹を押さえて笑った。


「僕はバーベキューが良いと思う」


 

 対戦闘用キャンプにおいて、バーベキューはもっとも理に適っている料理である。

 


 作業も単純。

 食材をゲットしたら、皆で火を囲み、クシで具材を刺して、あとは焼くだけ。

 クラスメートが襲い掛かってきても、火のついたクシで即座に迎撃できる。

 

 聖華さんは手をあげた。

「私もカレーがいいです」




 だからカレーは危険なのだ。

 どうして分からない。




 確かに聖華さんはゲームの天才だ。

 僕より何手も先を読んでいるのだろう。

 だけど先ほど見せたように、理解に苦しむ行動を仕出かす恐れもある。

 メンバーのことを思えば、危険になる行為だけは避けたい。

 

 だからカレーにすべきハッキリとした理由が聞けなかったら、強引にでも戦闘用バーベキューを実施するつもりである。


 だから問うた。 


「どうしてカレーがいいんですか?」


「やっぱ、カレーでしょ? 私もカレー頭になっちゃいました」


「どうしてですか? カレーはあまりにも危険ですよ。そもそも米が手に入るかも分からないですし」


「カレーがいいです!」


 お、おい。急にどうしたんだ?

 聖華さんが、ムキになってわがままな子どもみたいにぶんぶん手を振りだした。


「伶亜さんと私はカレー。誠司さんだけバーベキュー。はい、2対1でカレーの勝ち」


「ま、待ってください。果たしてそういう決め方で良いのですか?」

「誠司さん。わがままですよ」





 ――僕は、わがまま……なのか……?




 思わず頭を抱えてしまった。

 伶亜さんが僕の肩をポンと叩いた。



「なんでもいいんじゃないのか? とりあえず何か食べたら、ミッションクリアなんだろ? 焦げたり出来損ないのカレーになっても、頑張って食べようぜ」



 そうではないんだ。

 カレーは危険なんだ!

 

 僕たちは3人しかいない。

 バックにはセイクリッド・クロスを控えているが、堂々とこの場に連れ込んで合流して戦うことまでは禁じられている。


 今回のキャンプのお便りには、両親や父兄や学園に関係のない方のご参加はご遠慮くださいと書かれてあった。


 参加という概念について、あらかじめ先生に聞いておいた。

「もし母が、忘れ物を届けにきてくれても、接触してはいけないのですか?」という質問に、先生は気怠そうにあくびをしながら「それくらいなら、別にいいよ」と言ってくれた。


「親が勝手に僕のことを心配して、遠巻きで見ているのは大丈夫でしょうか?」

「あぁ、いい、いい。それくらい、どうでもいいよ」


「遠巻きで見ている親が僕がこけるところを見てしまい、近寄って絆創膏を貼ってくれるのは?」

「ふぁ~。面倒だな。別にどうだっていいよ」


「僕に殴りかかってきたクラスメートを、親が抹消するのは?」

「ダメにきまっているだろーが!」


 なるほど。


 ・忘れ物を届けさせる。

 ・遠巻きから支援する。

 ・回復系の行為。

 それはOKなのか。

 ただし、バトルの参加は不可。

 そういう位置づけで、セイクリッド・クロスを配置している。



 だからなるべく、メンバーがバラバラになるような行動を取るべきではないと思う。



 だから僕は全力で阻止する為に、カレーライスの危険性を問いただした。



「みんな、いいかい?

 そもそもお米を炊く行為自体が、かなり危険なのだ。

 どれくらい危険かというと、キャンプ場でカレーライスを作ると言う行為は、南極でウェットスーツなしに素潜りすることに等しい。

 何故なら――

 まず試練は、お米から始まる。

 おいしくお米を炊くには、夏場なら30分、冬なら1時間程度、米を浸水しておかなければならない。2合炊きの場合、人差し指を入れて第一関節分まで水を入れる必要があるんだ。そうすることで、お米の芯は残らず、ふんわりとおいしいごはんになる。そして浸水している間に、火の調整をしておく必要がある。はじめちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋とるなという格言通り、最初は弱火でじっくりと炊き、次第に強火へと変えていき沸騰させていく。そうすると、少しずつ水分がふいてくる。だけどここからが、真の勝負の始まりだ。例え赤子泣いても蓋とるなと言われているくらいだから気をつけろ! そして、ふきこぼれてきたら弱火へと変えていくのだが、蓋がとれないように石などを上に置いておもしにしておく必要もある。また、焦げ付きに関しては、ふきこぼれがなくなってきた時点で素早く火からおろせば焦げつくこともないけど、もう少し待って、焦げたにおいがかすかにしてくる時点で火からおろせば少しのおこげができて、これまた絶品なので上級者には是非それをおススメしたい。

 また、ここは気圧が低いので、水の沸点も低くなる。

 それを考慮しておかなければ、折角のごはんが半炊け状態になってしまう恐れもあるから気をつけろ!

 だが安心しろ! 簡単な裏ワザがある。

 水を気持ち少なめにしておけばいい。

 これらすべてのミッションを無事攻略することで、初めてごはんが本来持っている甘い匂いのフワッとした触感――そう、口に入れただけでとろけてしまうような美味しいごはんが炊けるのだ。一度口に入れたら、もう箸が止まらないだろう。ごはんだけで軽く3杯は食べられてしまう。だけど今回のメニューはカレーなのだ。もうひとつ別の聖戦がある!

 最高の米を作ったのだから、カレーが米に見劣りしてはならない。そう、主役は具のたっぷり入った金色のスープなのだから。味覚の強さはカレーの方が、数段上だ。だからカレーで失敗すれば、すべてが終わると肝に銘じておけ! 絶対にここだけは死守しろ! フワッとしたごはんの触感と味を殺さず、更においしく引き立てるカレーを作るにはどうしたらいいか?

 僕はトマトとピーマンカレーを強く推奨したい。

 ちょっぴり酸味が加わることで、まろやかな甘さが生まれる。それが更に食をそそり、米本来のうまさを余すことなく最大限に引き立てることができるだろう。だがここは野外なので、完全体を作り出すためには6つの課題があり、まずはファーストステージだが――」



 あれ、伶亜さん?

 ど、どうしてだ?

 これほどカレーの危険性を説いているというのに、カレーのルーを手にしているじゃないか。彼女はちゃんと僕の話を聞いていなかったのか!?


「あのさ。誠司さん。あんたのカレー愛は分かったから、もうカレーにしようぜ」

「誠司さんのお話を聞いていてお腹が空いちゃいました」

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