33 裏切らない
僕の右手は、真っ赤に燃えている。
反対の左腕を、愛沢の顔面に叩きつけた。
愛沢は、そのまま吹き飛ぶ。
壁に衝突して、コンクリートが割れた。
僕は間髪入れず飛び上がり、奴の顔面に蹴りを繰り出した。
「ぐああああ。何で攻撃してくんだよ!? 友達になるって言ったじゃん」
「あぁ、友達だ」
「なら、なんで!? 君は裏切らない人なんだろ?」
「そうだ。僕は絶対に裏切らない。お前は悪の道へ進もうとしている。それを制するのは友の役目。お前が考えを改めない限り、僕は全力で正義の道を諭す」
拳を突き上げた。
「タ、タンマ。ねぇ、もう一度聞くよ。本当に友達になってもいいんだね?」
「さっきも言っただろう。同じことは、二度と言わない」
「どうして友達になるの? 君は結局のところ裏切れないんだよ? 僕を殴ることはできても、倒すことはできなんだよ?」
「だったら好都合だろ?」
愛沢は、言葉と同時に目から青い光線を放った。
それ程、速くない。
ジャンプ身をひるがえして避けると、鋭く蹴りを叩き込む。
「ぐあぁ」
愛沢はコンクリートに埋まる。
それでも、「本当に友達になるの?」としつこく同じ質問をしてくる。
それはそうだろう。
Noと言わせたいのだから。
そもそも、愛沢は分かっていたハズだ。
僕には『No』という選択肢しかないということを。
僕だけではない。
飛騨だって、友達になろうと言われて、頷くハズもない。
それなのに、しつこくこの質問をしてくる。
それは『許さない』を発動させるためにだ。
今までに相当数の友人を作ってきたと自慢していたが、ひねくれているここの連中がすんなり信用して友達になるなんて、果たして言うだろうか。
それも、こんな短期間で。
考えにくい。
おそらく、別の異能を持っているハズだ。
愛沢の特記事項『裏切らない友達が欲しいな』は、断定形ではない。
裏切らない友達が欲しい『な』、である。
欲しいが、手に入らない。
そして恐らく、そのことが負荷になっている。
奴の弱点は、裏切らない仲間を手に入れることができないという点。
その負荷をかけて手にした能力が、仲間への誘いを断った時に与える制裁。
つまり『許さない』だ。
「これが最後の忠告だよ? 考え直した方がいいよ。友達になろうよ」なんてことを、まだ言っている。
だから、先程から「なる」と言っているではないか。
どうやらビンゴのようだな。
僕の推測は当たっていた。
僕ひとりの力では、ここまで辿り着けなかった。
僕は、手の中にある紙きれを読んだ。
これは、いつの間にか上着のポケット紙が入れられていたのだ。
紙には、このように書かれていた。
『目、チヤホヤ
友達、許さない』
愛沢の特記事項を、一部抜粋したとしか思えない、このキーワード。
これは神の助言なのだろうか。
いや、排水溝の中、そして先ほどの現象で、神の字を見ていて、その癖は知っている。
この文字は、あいつだ。
宍井和也。
バスの中で、Y氏から聖華さんを守った時、一番奴に近づいた。
その時、この紙を僕のポケットに入れたのか?
敵であるあいつが、どうして……?
これは『裏切らない仲間を手に入れることができない』が、発動しての現象なのか?
ただ……
ひとつ解せないことがある。
これ程までの使い手とぶつかることが分かっていたのなら、何らかの形で協力できる体制を作り、僕を鎮めるべきだ。
やり方は、いくらでもあっただろう。
だが、それをしようとはしない。
……経緯はどうであれ、宍井には、これで三回助けられたことになる。
僕は愛沢に視線をぶつけた。
「――僕は知っている」
「……何を?」
「友達にした相手を、マリオネットできる。それが嘘ってことを」
「……」
『目、チヤホヤ』
時折、目から青い光線を放っていた。
それが『チヤホヤ』、つまりマリオネットにつながるのだろう。
ほら、また放ってきた。
明らかに魔法ではない。
これは特殊能力。
つまり特記事項だ。
ゆっくりなので、首を横に傾けるだけで簡単にかわせる。
「そもそもメリットしかない特記事項は作れない。そしてお前の特記事項『許さない』は有効になっていること知れた。それが武器である以上、あとは弱点を見つければいいだけ」
「僕に弱点などない!」
弱点――それは裏切らない友達を作れないという点。
僕は、お前の友にはなれないのか!?
おそらく愛沢は、現実社会で相当の苦しみを味わったのだろう。
だから、ここまで曲がってしまったに違いない。
その苦しみから救えるのなら、僕は全力で君と向き合おうじゃないか!
愛沢は魔法を詠唱して、無数の高速弾を飛ばしてくる。
だが、バトルゲージ10倍以上の相手の攻撃を見切ることができた。
ジャンプでかわし、上空から鋭く急降下して蹴りをお見舞いした。
「ぐはぁ! ど、どうして……。僕のバトルゲージは1000以上もあるのだぞ……」
この現象。
今までも感じたことがある。
恭史郎に強力な眠り薬を飲まされた時、どういう訳か、僕は立ち上がることができた。
それ以外も、カジノ地下でのバトル。
海道たちとの戦いの時だってそうだ。
遥かに自分以上の力を持っている敵に対して、なんとかではあったが渡り合うことができたのだ。幾度となくこれらを経験することで、徐々に確信に近づいていった。
「僕は仲間を裏切れない。故に、仲間がピンチになればなる程、戦闘能力が大幅に上がる!」
「なんだと!?」
「そしてお前は崖っぷちだ。このままお前が考えを改めなければ、奈落に堕ちるのは火を見るより明らか。僕は全力でお前を改心させてやる。お前が改心しない限り、僕はどんどん強くなる!」
「なんだよ、それ! ふざけんな」
魔法弾を放ってくるが、もはやスローにしか見えない。
走り寄り、愛沢のみぞおちに拳を叩き込む。
「ふげっ! クソッタレ。お前なんてもう友達なんかじゃない。友達の契約なんて、もう解消だ。これでお前は弱体化しただろう。死ねぃ!」
これで、『裏切れない』が無効になった。
言葉と同時に、魔法弾を放ってきた。
素早さが増している。
だが、予め分かっていた攻撃をかわすのは容易い。
舞い上がって、魔法弾をかわす。
「僕は本気でお前を改心させるつもりだった。だが、いくら愛の教育をしても、僕の右手は輝き続けている。それはお前が悪だという証拠。どうしてお前は……」
「君なんかに僕の気持ちが分かるか!」
「分からない。だが、お前だって僕の心が分からないだろう。どんな気持ちで僕が君を殴り続けていたかなんて」
「な、なぜ泣く?」
「お前が自ら不幸なる悪の道へ進もうとしているからだ。どうして分からないのだ!? 友達を大切にするという、ごくごく当たり前のことが」
「友達は、みんな僕を裏切り続けたんだ。だから今度は僕の番だ。僕がみんなを騙して、みんなを驚かせて、そして、そして超人気者になってやるんだ! 本当の僕はみんなに愛されるべき人間なんだ! 君たちとは違う!!」
愛沢は、視線を聖華さんに切り替えた。
そして目から青い光線を放った。
やばい!
聖華さんはバケツリレーに夢中で、光線に気付けていない。
「ククク。アハハ。勝った。僕の勝ちだ! これであの子は、僕の奴隷だよ。僕が好き勝手できちゃう。君は聖華さんを裏切れないんだよね。あはあは。どうしてくれよう。あの子を殺されたく……」
僕の拳は、愛沢を貫いていた。
「……ぐぅ……。な、なんでだよ……。誠司は、間抜けな甘ちゃんだと聞かされていたけど…………」
愛沢はバタンと地に崩れ落ちる。
僕は、愛沢の肩を抱きあげた。
「……まだ泣いているの? 勝ったのに、どうして?」
「負けたのは、僕の方だ」
「……どうして?」
「僕の体は、お前を悪だと判定している。
だが、必ずしも悪が、悪いのではない。
誰しも悪に堕ちることはある。
お前は、真の友情を知らなかっただけだ。
だから教えてやろうとした。
友情の素晴らしさを。
そして、特記事項を破る突破口を見出そうとした。何かある筈だ。そう思い、必死に考えた。弱点を補完するプラスの発想があれば、不可能なんてない。そう信じて、必死に考えて……」
「……あの時、言っていた、僕の弱点を見つけるって言ったのは……」
「あぁ、弱点を克服する策を見つけるという意味だ。だけど、僕は仲間を裏切れない。だから、こうするしかなかった。……すまない。君を特記事項の呪縛から解き放つことができなかった……」
「その涙……僕の為に?」
「すまない……。本当にすまない……」
僕の拳から、赤い灯が消えた。
「勇者アルディーン。……いえ、誠司さん。こんな僕を本気で叱ってくれたのは、僕の為に本気で泣いてくれたのは、あなただけです……。うれしい……。もっと早く、あなたに会いたかった……」
愛沢は最後にそう告げると、ゆっくり目を閉じていった。