32 友達4
次の日の放課後も――
また加藤君に校舎裏に呼び出され、城戸さんをカラオケに誘うよう言われた。
あいまいな返答をしていると、加藤君の口調はだんだんときつくなっていった。
「愛沢、てめぇは俺の言うことが聞けねえのか!? てめぇは俺のダチじゃないのか!?」
「友達だよ」
「じゃぁ誘えよ! 明日の金曜の夜。ハニークラブに20時集合な」
名目上、一緒に遊ぼうと言われているが、密室に誘い、良くないことをしようとしている。
そうとしか思えなかった僕は、「え、昨日は城戸さんこと好きでもないと言ったのに、どうしてそんなに遊ぼうとするの? ……これ、言いにくいんだけど……」
「なんだ? ハッキリ言えよ!」
「もしかして、城戸さんに変なことをするつもりじゃないの?」
加藤君に殴られた。
「お前、ダリィんだよ。ちゃっちゃと誘えや。てめぇの価値は城戸と仲良くなれたことしかねぇんだからよ。そんなてめぇと仲良くしてやろうとしているんだぞ……」
僕はじっと加藤君を見た。
加藤君はバツの悪そうな顔をして、僕の肩をポンポン叩いた。
「あ、すまん、すまん。別に変ことなんてしねぇよ。どうしてお前は、そんなありもしない妄想しているんだよ? あはは。実はな、俺も城戸と仲良くなりたいと思っていたんだわ。あいつ、性格は最悪のクセして、見た目だけは超マブだしな。いいな。誘えよ! 誘わなかったら分からっているよな?」
分からないよ。
加藤君が去った校舎裏。
「愛沢君」
その声は、城戸さんだった。
整い過ぎた清楚な顔が、少しだけ怖かった。
もしかして全部、見ていたの?
僕にハンカチを差し出してきた。
それを受け取ると、彼女は耳元でささやいた。
「――加藤君。殺してあげよっか?」
え?
一瞬言葉を失ったけど、なんとか声を振り絞った。
「だ、駄目だよ! そんなことしたら……」
「ふふ。冗談だよ。いいわよ。行ってあげる。それで君の顔が立つんだよね? それにしても変な時間を指定してきたものね」
*
結局、誰にも相談できず、その日を迎えた。
僕は城戸さんと一緒に、指定されたハニークラブに向かった。
ほとんど人が歩いていない。
どうしてこのような人通りの少ない場所に、カラオケを作ったのだろうか。
ハニークラブに到着する少し手前の角に、加藤君がいた。
そして彼の後ろには、他3人程いた。
ニヤニヤと笑っている。
「カラオケは多い方が楽しいからな」
そう口にしている加藤君の目は、かなり血走っている。
「実はな、急遽、場所を変えようと思ってさ、俺たちここで待っていたんだわ。あっちに倉庫が見えるだろ?」
加藤君が指さした先には、古びたガレージがある。
埃っぽくて、長い間、使っていないようだ。
「あそこな、俺たちのアジトなんだわ。外見はボロだけど、中身はすごいんだぜ。カラオケセットはもちろん、食い物も、あと酒まであるんだわ。愛沢は友達だから、特別見せてやるよ」
1時間程前、僕の携帯に『断ったら、マジでぶっ殺す』というショートメールが入っていた。
それでも僕は、「あの……」
城戸さんを見た。
あの中に入ったら駄目だ。
彼らの好きにされてしまう。
「面白そうね。行ってあげあるわ」
「え? あ、あの……」
「その代わり、加藤君と私、二人でなら。後のみんなは帰らせてくれる?」
加藤君は「は? なんだよ、それ」
「……あのね、実は私、加藤君のことが好きだったの」
僕は目を疑った。
城戸さんが加藤君の唇に口づけをしたからだ。
「今日から加藤君は私の恋人? 駄目?」
甘い声でそう言った。
「合意って訳だな」
「ええ」
「お前ら帰れ!」
加藤君の仲間3人は「なんだよ、それ!」と口にして渋々と夜の街へと散っていった。
「ほら、愛沢も帰れよ」
「え? 僕……」
城戸さんを見た。
「愛沢君も来る? でも君は友達だから、しないわよ」
城戸さんは、細めた目で僕を見た。
それは、とてもいやらしい目だった。
びっくりして、僕は首を横に振った。
倉庫で何が行われたのか、知らない。
それからしばらくして、二人は付き合っていると聞いた。
いつも楽しそうに歩いているのを、学校の廊下などで見かける。
その度に、悔しい気持ちでいっぱいになった。
元々クラスで空気だった僕は、ますます存在感を失っていった。
そんな僕の席に、城戸さんがやってきた。
「また勉強、教えてくれる?」
「え?」
「友達だから、いいわよね?」
友達だから……
そのキーフレーズを聞いた途端、僕はゾクゾクと身震いをした。
城戸さんがうつむいたまま、話している。
「……私、加藤君としちゃった……。それも何度も」
なんだよ。それは自慢?
「どう思う?」
なんでそんなことを聞くんだよ?
「それでも、私たち、友達だよね?」
それは何か特別だった感情が、殺意に変わった瞬間だった。
「放課後、あの倉庫に来れる? 愛沢君。友達だから特別見せてあげる」
見せるって何を?
「私と加藤君がしているところ。そういうことするんだから、ちょっと遅い時間がいいよね? 夜の2時とか?」
これがお前らの言う友達なのか!
許さない。
絶対に許さない!
僕は家に帰ると、アイスピックを握った。
自室に入ると、カーテンを閉め切り、息を殺した。
あいつら許さない。
これから僕は何をしようとしているのだ?
まったく分からない。
だが、僕はアイスピックを壁に突き刺しては、笑った。
いいよ。分かったよ。それが君たちの言う友達なんだよね。
僕はそれに報いるだけさ。
だって僕たちは友達なんだからさ。
夜が待ち遠しかった。
秒針の音が、まるで鼓動のようにドクドクと聞こえる。
深夜1時12分。
そろそろ行こうと椅子から立ち上がった瞬間、携帯から着信音がした。
加藤君からか。
『愛沢。お前、来るんだってな。なんなら混ぜてやってもいいぜ。いい具合に調教してやっからな』
そうかい。
城戸さんの次は、君だ。
友達なんだから、差別なんてしないよ。
カーテンが揺れた。
アイスピックが窓の外の街灯に照らされ、美しく輝いた。
倉庫の前まで行った。
城戸さんが立っている。
「待っていたよ。どうしようか迷ったけど、きっと君なら見たいと思ってね。もしかしたら、もう会えないから。私ね、この後、どこか遠いところに行くから」
加藤とか?
なるほどね。
「……そう……」と短く返した。
城戸さんが倉庫の戸を開けようと背中を見せた一瞬。
僕は懐からアイスピックを取り出した。
勢いよく突き出す。
声すら立てずに、崩れ落ちていく。
あまりにもあっけなかった。
次は加藤だ。
僕は戸を蹴り上げた。
加藤はどこだ!?
奴は強い。
まともにやりあって勝てる相手ではない。
ボクシングをやっていたらしく、相当な腕らしい。
ナイフを振りかざす敵でも、それを簡単に避けて、カウンターパンチで返り討ちにしたという話を聞いたことがある。
だけど関係ない。
僕はもう吹っ切れた。
倉庫の中には、誰かが倒れている。
アイスピックを握り締め、そいつに近づいた。
それは加藤だ。
加藤は裸のまま死んでいる。
首には、何かで強く絞められた跡があった。
――これはどういうことなのだ!?
机の上には、ケーキがあった。
ろうそくには、炎が灯されている。
さっき灯したばかりなのだろうか。
一本も消えていない。
傍に手紙が添えられている。
それを手に取った。
城戸さんの字だ。
『ハッピーバースデイ 愛沢君。
君は友達だから』
友達だから?
友達だから、何?
友達だから、僕を加藤から守ってあげたと言いたいのか?
なんだよ?
なんだよ、それ?
僕は城戸さんに、二回も裏切られた。
君は嘘つきだ。
許さないよ。
僕はアイスピックを見つめた。
――どうして僕に、こんなことさせたの?
本当に許さないよ。
もう、二人ともいないじゃないか。
これじゃぁ復讐もお礼もできなじゃないか!
どうして……
僕は訳の分からない咆哮をあげた。
落とした携帯に、青い画面写った。
――なんだよ? これ?
次の世界に進むには、クリックだと?
ふと拾い上げ、画面をタップしていた。
特記事項という欄がある。
なんだよ。これ。
そうか。僕は終わったんだ。
次の人生なんてのがあったら、今度こそ……
僕は今の気持ち、夢中でタップした。
『今度は絶対に裏切らない友達が欲しいな。
みんなは僕に注目し、僕だけをチヤホヤするんだ。
だって本当は僕、すごい人気者なんだ。
許さない…… あいつら絶対にゆるさない……』
*
僕の視界には、安っぽい友情を語る勇者君が映っている。
「アルディーン、だったね。君には分からないだろうね。どうして僕が、こんな特記事項を書いたかなんて」
「あぁ。分からない。
だけど君の発した言動で、君の特記事項、そして、君という人間を見破った」
「なに? くだらないハッタリなどよせ。勝負なんて戦う前から決まっている。だって僕の特記事項に弱点などないのだから」
「いや、弱点の塊だ。
そして君の特記事項には、言葉の節々にカモフラージュがある」
「なんだと? この特記事項は最強だ。僕のすべての思いが込められているのだから」
「だから、張りぼてだと言っているのだ」
アルディーンは鋭い目つきでそう言い放った。
僕の特記事項が張りぼてだと?
この特記事項には、僕のすべてが込められている。
つまりこいつは、僕自身が張りぼてだと言っている……
そうなのか!? アルディーン!
何も知らないくせに。
僕のことを何も分かっちゃいないくせに。
許さない。
絶対に許さない。
「いいのかな? アルディーン。僕はお前の弱点を知っているのだぞ。お前は裏切れないんだったな。だから友達にしてやるよ。断ってもいいけど」
さぁ、来い! 来やがれ!
友達を拒否すれば、『許さない』が発動する。
そして友達を同意すれば、即、自爆だ。
ククク。
この戦いは最初から勝敗なんて決まっていたのさ。
特記事項は絶対なのだから。
なのに、どうしてなんだ。
なぜ、そんなに余裕な表情でいられるんだ!?
「同じ忠告は二度としない。僕は絶対に裏切らない。そして、もし裏切れば、その報いを一身に受けると誓った。その信念を曲げるつもりなどない。それだけに友達という言葉の意味は僕にとって重い。だから君に僕の友達になる資格などないが、これは単に特殊能力を発動させるためだけの、いわば呪文。だから敢えてその選択肢を受けてやる。僕と君は友達だ!」
「契約成立でいいんだね?」
「あぁ」
どこまでも馬鹿なやつだ。
腹が立つよ……