29 友達1
後方へ身をひるがえして、愛沢を見やる。
奴まで、距離にして8メートル弱といったところか。
奴の特記事項、それは――
『友達』になれば、『裏切れない』という能力が発動。
『友達』を拒否すれば、『許さない』という能力が発動。
今分かったのは、『許さない』のみ。
その能力は――
足元に黒い影が広がり、相手を包み込み、そのまま消滅させる。
恐ろしい能力だが、射程は短い。
飛騨との間合いは、4メートルだった。
だから奴の射程距離は、4メートル以上、8メートル未満。
奴の隙をつき、一瞬で近づいて、なんとか右手を繰り出せないものか。
もしくは上空から……
奴の攻撃――黒い影は、地上から広がっていた。
僕の背中には、翼がある。
空へ飛び上がり、頭上から一撃を繰り出すことは可能だ。
いけるか!?
だが、もし奴の射程が上にまで達していたら、逆に逃げ場を失ってしまう。
「アハハ。良いのかな? そのまま逃げ続けていたら、バスの中のお友達は、みんなみんな死んじゃうよ? どう? 僕の友達にならない? 友達になっちゃってよ。そうしたら許してあげるからさ。友達の契約は簡単。僕が友達になろうって言うから、うん、いいよってうなずいてくれればいいだけだけ。アハハハ」
にやにや笑いながら、両手を広げ、誘い文句を口にしながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
僕は奴との射程に入らないように、後方にさがる。
圧倒的に有利なこの状況下でも、まだ『友達』を誘ってくるということは、奴にとって『友達』の方が都合のよい状態になるってことだ。
かつての僕なら、燃え上がるこの激情に身を任せ、でたとこ勝負をしていただろう。
だけど、それでは駄目なんだ!
しげるさんやリーズを救う事が、僕に課せられた使命なのだから。
僕がすべき行動は、必勝。
必勝までいかなくとも、勝算ある博打。
できることはすべてやれ!
だから聞いた。
「もし友達になったら、僕はどうなる?」
「ふふ、心配しなくてもいいよ。友達になったら僕がちゃんと大切に扱ってあげるから」
「お前が面倒をみてくれる……そう言っているのか?」
「うん」
なるほど……
大切に扱う――面倒をみる――
つまり、相手をマリオネット化できるということなのか。
殺すより手下を作った方が、メリットが大きいと計算しての行動か。
まてよ……
マリオネットって……
もしかして!?
まだ仮説段階ではあるが――
この世界のモブプレーヤーの中身は、ゴブリンやオーク。
てっきり宍井が魔法で操っているとばかり思っていたが、実はそうではなかった。
不思議に思っていた。
このように大量のモンスターを同時に操り続けながら、さらにゲームをプレイするなんて無茶過ぎる。
常にMPが減り続けているのだから。
そんな状態で、僕たちと渡り歩かないといけないのだ。
ゲームを提案してきたのは、宍井。
自分が有利になるように設計するのが普通。
計算高い宍井が、わざわざ不利になるような勝負をするなんて考えられない。
――ということは……
恐らくこの世界のプレーヤーは、愛沢が特記事項『友達』でコントロールしている……
この世界にどれくらいのモンスターを投入しているのか、あくまで憶測の粋を達しないが、かなりの数であることは間違いない。
そしてそれをコントロールしているのは、愛沢。
――ということは、ここは愛沢に支配された世界ということになる。
なのに宍井は、このフィールドを選んだ。
……宍井は、愛沢をそれほどまでに信用している……ということなのか。
いや、違う。
奴は基本、人を信用していない。
そう誓ってこの世界にエントリーしたのだから。
宍井の能力は『ルール』
『ルール』が『友達』を上回っているから、か……?
ルールによって、愛沢は自我を失い洗脳されている、のか……
いや……
それもない。
僕の右手が輝いている。
つまり、奴は悪。
言い換えれば、心を宿しているということ。
悪という名の、よこしまな心を。
……なるほど……
僕はニヤリと笑った。
「友達になることを検討してやってもいいが、ひとつ忠告しておく」
「なんだい?」
「僕は仲間を裏切らない。友達になった者を、僕は絶対に裏切らない。だから聞いている。本当に良いのか? 友達になっても?」
「ふふふ。あははは。バカだな……。いいに決まっているじゃないか!」
そうか。
分かったよ。
折角、最後の忠告してやったのに……
そう、僕は仲間を裏切れない。
これは僕の背負った十字架。
だからこの右手は、これほどまでに真っ赤に輝いている。