25 バス8
合宿で使用されているバスはすべてで8台。
それらが、ほぼ同時に爆破した。
勢いよく窓が割れ、真っ黒な煙が噴き出している。
窓から飛び降りるなりして命からがら生き延びた者もチラホラいるようだが、この一瞬の大惨劇で、大幅に人数が削られてしまった。
なんとか脱出できたクラスメートの男が、ススだらけの顔で猛烈に叫んでいる。
「お、おい! おやつは300円までだろーが!! 誰だ! 300円以上のおやつを持ち込んだのは!?」
持ち込めるおやつの上限は、確かに300円まであった。
だけど飛騨は薬品の調合できる。安く済まることだって容易にできそうだ。
そもそも前々から準備していたのだろうから、そのようなルールに従う必要すらない。
宍井以外にも面倒な奴がいるってのに、焦燥を隠せない。
私立・爆龍中学 二年。
生存確認者 32人 / 128人中
この危機を乗り越えられたのは、紛れもなく聖華さんのおかげだ。
当初会った時は、正直なところあまりにも常識を知らない人だと思っていた。話を聞かずにデタラメばかりしていた。
ぶっちゃけ本当は小さな子どもが、転生時にこの世界の仕様で無理やり16歳にされたのかと思っていた。
でも彼女は自分を17歳と言った。
心配になりさぐってみたが、勉強はかなりできるようだった。
すべては計算されてのことだったのか……
僕は聖華さんに深々と頭を下げてお礼を言った。
「聖華さんの判断で、このピンチを乗り越えられたよ。本当にありがとう」
伶亜さんも続いた。
「危ないところだったよ。聖華のわがままが功をさしたな」
わがままではなくて演技だと思うが、まぁ、別に突っ込むところではない。それにあの場面でもし演技をしなかったら、クラスメートたちも感づいていただろうし。
だけどどういう訳か、聖華さんは難しい顔をしたまま小さく首を振った。
「そのようなことより、まだバスの中にはたくさんのお友達がいます。早く助け出しましょう」
聖華さんは何を言っているんだ!?
何度も言うが、あの中身はゴブリンやオークなんだぞ。
バスが大破したというのに、先生は平然とした表情で拡声器を握った。
「これより自由時間とする」
「やった! 自由だ!」
クラスメートの連中はニカリと笑って、リュックの中身を取り出そうとした。
「喜ぶのは、まだ早い! 話は最後まで聞け!
自由時間とは言ったが、必ずキャンプ場にはついてもらう」
そして腕時計に視線を落とした。
「そろそろだな」
そろそろって何が?
「ククク。もし夕刻まで到着しなければ、お前らの体内に埋め込んである毒薬カプセルが解けて中身が体内に流れる」
……。
なんだ、それは? その時限爆弾のようなカプセルは……?
そのようなものを飲まされた覚えはない。
このゲームのルールにも、そのような記述はなかった。
先生はニカリと笑った。
「忘れたのか?
春の健康診断の時、お前らは予防接種しただろうが!」
ま、まさか。
インフルエンザ予防のワクチンの中身に、毒入りの小型カプセルを混ぜていたのか!
「ククク。
現代医学を舐めてもらっては困る。
最新の医療レベルをもってすれば、血小板サイズのカプセルを作ることなど朝飯前。更にカプセルの強度も容易に調整できる。そうだ、溶けだす時間は秒単位でコントロールできるのだ。ククク、これが最前線医療の実力だ。
クズのお前らに、最新医学を行使してやったのだ。
ありがたく思え。
そして安心しろ!
キャンプ場に、解毒剤を用意してある。
夕刻までに到着すれば、なんら問題ない」
僕は急いで地図を取り出した。
目的地としているキャンプ場は、それ程遠くないように思える。
それはあくまで、縮尺の大きい地図を見ているから感じる錯覚であって、つまり車の速度で言っているのであって、到底徒歩で夕方までに辿り着けるような場所ではない。
だが僕たちには、セイクリッドクロスの族集団がある。
彼らはバイクで、追いかけてきてくれている。
だから逆にこの状況は、有利だと捉えるべきだろう。
宍井のターンだ。
奴の前にルーレットが現れる。
今度はパスすることなく、ルーレットを回した。
針は9で止まった。
それは最大の目である。
奴は『運』も十分に育成しているようだ。
宍井の目の前にタクシーが止まった。
運転手が出てきて、宍井に一礼した。
宍井たちは、タクシーに乗り込んだ。
あまりにもグッドタイミングである。
きっと、既にバスの中で呼んでいたのだろう。
僕たちも急いで追随せねば。
なのに聖華さんは、とんでもない行動にでたのだ。
伶亜さんの手を振り切って、バスへ駆けて行ったのだ。
「おい、聖華! 危ないぞ!」
「この中には、みんなが!
順平君が! 明子ちゃんが!
みんな私のおにぎりを食べて、おいしいって言ってくれたんです!」
「たすけてー! たすけてー!」
炎上するバスの中からは、助けを求める声がしている。
確かに壮絶な光景ではあるが、忘れてはならない。
あれらは、ゴブリンやオークだ。
「誠司さん! 伶亜さん! 早くしないと手遅れになっちゃいます!」
「だから彼らは……」
「知っています。ゴブリンさんやオークさんなんでしょ。そのことは何度も聞きました。でも彼らは同じクラスメートなのですよ。その仲間が苦しんでいるんですよ」
……
聖華さんは、例によって何か深い考えがあるから、このような行動をしているのだろうか。それとも……
僕は誰も裏切らないと誓った。
だけどバスの中で助けを呼んでいるのは、ただのモンスター。
その辺を徘徊していたスライムだったりスケルトンナイトだったりを、宍井が魔法をかけて中学生にトランスフォームさせ、マインドコントロールしているだけだ。
助けたところでどうなる?
更に、たった今、発生したイベントまであるのだ。
――時間内にキャンプ場に辿りつかなければ、体内に毒が回って死んでしまう。
応援に駆けつけてくれたセイクリッドクロスの数は、10機程度。
僕たちが後部座席に乗っても数機は余るが、助けた者全員を連れて、キャンプ場へたどり着くことは困難。
結局、彼らは助からないのだ……
それにこのようなことをしていたら、僕たちだって危なくなってしまう。
一刻も早く進まなければ、しげるさんやリーズを救う事ができなくなってしまう。
だったら、考えるまでもないハズだ……
なのに、どうして……
「分かりました。誠司さんはモンスターだから、友達でも助けてくれないのですね。
先生! あなたもモンスターなんでしょ。
同じ仲間が苦しんでいるのです。
だから手伝ってください」
「私は教師である。
だから教師としてお前に、人生を教えてやる。
友とはライバルだ」
「はい」
「だから一人死ねば、ライバルが一人消える。
二人死ねば、ライバルが二人消える。
そうやってライバルを叩き殺して、生きていくことこそ、人生そのものなのだ。
今は学生だからこうやって甘い事をしても許されるが、社会へ出たらどうだ?
もし営業職について、仕事がとれなかったらどうなる?
プロジェクトを任されて、それなりの結果を出せなければどうなる?
そんなのクズだ。
会社のゴミだ。
すぐにリストラ対象にされちまう。
仕事を取るってことは、手柄を手にするってことは、つまり誰か他の野郎を蹴落とすということだ。
ライバル会社の見積に、勝たなければならない。
同期のプレゼンを負かさなければならない。
競争に勝った者だけが、賞賛され、生き残れる。
そして敗者は解雇され、それでも負け続ければ、できない者として負け犬のレッテルが押され、誰にも必要とされなくなり、そして相手にすらされなくなる。
そして社会毒と蔑まされる。
つまり敗者はゴミ。
負ければクズ。
それが人生なのだ。
だから友達が死にかけている今こそチャンスなのだ。
困っている友を見つけたら、ラッキーだ。
そいつを蹴落とすと、勝者への階段を一段あがれる。
奈落の底に落ちかけている友を見つけたら、その手を踏みにじり、蹴り落として次へ進め。それができる者のみが、最後に笑う勝者の勲章を手にすることができるのだ!」
先生も人の世界を知らないモンスターなのだろうけど、よくもまぁ、知ったようなことをしゃべるな……
だからこの言葉……
それは宍井自身の本心……なのか……?
おっと、そんなことを考えている場合ではない。
聖華さんを止めなければ……
聖華さんは肩を震わせている。
「……そうなのかもしれません……
確かに、先生のおっしゃる通り、それが人生なのかもしれません。
私はずっと負けてばかりいました。
……いえ、戦いにすら参加できていません。
ただ部屋にいて、窓の外を眺めていただけです。
私は、何もできなかったから……
でも……。
だから!」
聖華さんは、炎上しているバスに向かって走り出した。
やばい。
僕は急いでルーレットを回した。
くそ。
4か。
これではたいした行動ができない。
だけど彼女のバックアップをするために、バスに向かって走った。
「おい、誠司までどうした!?
この世の中は、ライバルを蹴散らした者だけが笑えるのだぞ。
負けている奴を助けてどうなる?
どうしてそのような愚かなことをするのだ!?」
勝つことばかりにこだわっていたけど、正直、僕も聖華さんと同じ気持ちだったのかもしれない。
だから先生に向かって言ってやった。
「先生! 勝負をしている以上、もちろん勝つさ!
勝つために戦っている。
何故なら僕には、勝たなければならない理由があるからだ。
だけど僕は誰も裏切らない!
そう命に刻んだんだ!
今、目の前に助けを求めている者がいる。
だったらやることは決まっているじゃないか!」