24 バス7
バスは、高速道路を走り続けている。
宍井の前にルーレットが現れた。
僕たちのターンが終わり、一周して宍井のターンが始まったのだ。
「パス」
座ったままそう告げた。
ルーレットは消える。
宍井がパスをするなんて初めてだ。
いや、実のところ、知らないところではしていたのかもしれないが、目にしたのは初めてである。
このゲームに置いて、パスをするメリットは少ない。
緊迫したこの状態なら、尚のことだ。
パスをしたところで、次ターンにルーレットを回す権利を持ち越せるわけではない。
ただ一手、何もせずに消費させるだけ。
パスをするくらいなら、せめて読書なり食事なりでもして、ステータス育成ぐらいした方がいいように思える。
ルーレットを回すと、その目に応じて活動ができる。
1がでたら『行動力1』で可能な動作が、10が出たら『行動力10』の動作が選択可能となる。そして先ほども告げたが、行動ポイントは次ターンに持ち越せない。だからすべて消化しておくのが、このゲームにおいての暗黙のルールである。
ちなみに相手ターンの時も行動はできるが、それは一般的なシミュレーションゲームでいうところの反撃のみにとどまる。
敵に切り込まれた――それを受けて剣を返すといった感じのゲームをイメージしてもらうと分かりやすいだろう。
自発的に起こす何かではない。
例えば先ほどのカラオケの時のように、聖華さんの起こしたイベントに対して『歌う・歌わない』の選択を返すといった程度のアクションにとどまる。
パスの唯一のメリットは、次ターンまで若干のゆとりをもたせることができるというくらい。
昨夜聖華さんが襲われた時――宍井は、自分のターンを使ってルーレットを回し、仲間とさらうという行動した。
僕はすでにターンを終わらせていたので、仕掛けられたことに対しての反撃――つまり、追いかけるといった簡易な行動しかできなかった。
ちなみに昨夜、もし夜のターンをパスしていれば、反撃に少しゆとりをもたせることができた。機動力をプラスしてもう少し早く追いつく事や、玲亜さんの治癒等も可能だっただろう。
あらかじめ宍井が攻めてくると読んでいたら、パスするのも手ではあるが、何もなければ無駄にターンが流れるだけ。
パス――即ちそれは、何かがあると分かっている時以外、意味のない手だ。
ちなみにターンは次のように流れている。
宍井のターン、僕のターン、そしてイベント。
もしかしてこのターンのイベントで、何かが起きるのか!?
その反撃用として、行動にゆとりを持たせているのか!?
つまり何かを仕掛けているのか!?
そういうことなのか、宍井!?
――ということは、僕もパスをしておくべきか。
だが、そうと思わせておいて、パスを誘発しているだけなのかもしれない。
でも。
最後列に陣取っているこの状態を逆手に取られた罠だと、身動きが取れないのは非常に危険である。
例えば……
考えられそうなイベントは、バスジャックやトンネルを爆破、道に地雷を仕掛けている……
そういったイベントが起きた時、この座席だとどうなる?
……逃げ遅れてしまう……。
宍井を見た。
奴ならやりかねない。
だが、そう見せかけて、ターンを無駄に流させる作戦なのかもしれない。
僕たちが陣取っているのは最後列だ。
何か仕掛けるなら、最高に有利なポジションだ。
既に今日の為に、何通りものシミュレーションを準備している。
だからこのバスは、既にセイクリッドクロスが完全に包囲している。
攻撃を仕掛けるなら、このターンを外して他にはない。それくらい有利な状況となっている。
やはり奴は、何かあると見せかけているだけ。
その一手が「パス」なのだろう
とにかくここは、ゲームの天才である聖華さんの意見が欲しいところだ。
聖華さんと玲亜さんに、視線を流して小声で問うた。
「宍井がパスをした。何となくだけど、危険なイベントで何かが起きるような気もしている。もしそうならこちらもパスをすべきだろうけど、起きなければ無駄に一手消えるだけだ。折角最後列を手にいれているのだし、有利な今のうちに色々仕掛けて起きたいという気持ちもある。だからみんなの意見が欲しい」
「はーい」
「はい、聖華さん」
「激王戦隊☆ゲキオウジャーが歌いたいです!」
……
超☆歌いたい!
激王戦隊☆ゲキオウジャーは、強神合体☆ファイティーンを凌駕する名作中の名作である。
理由? ――んなもの、不要。
ゲキオウジャーこそ、無言なる美学。
言葉すらいらぬ哲学。
僕がルーレットを回そうとしたその時、玲亜さんが「パス」と口早に言った。
彼女の声に反応して、ルーレットは消えた。
「れ、玲亜さん?? ど、ど、どうしてですか!?」
「もう勘弁してくれ」
どういう訳か、玲亜さんは赤面している。
もしかして玲亜さんは、カラオケが苦手だったのか。
そう言えば、さっきも恥ずかしそうだったし。
結果、僕たちはパスするハメになってしまった。
折角聖華さんが考えたアクション――『激王戦隊☆ゲキオウジャーを熱唱する』という最強のアクションをスルーしてしまった。
妙案にしか思えない、最善の一手だった。
さすがの僕も玲亜さんの身勝手な行動に少しばかり苛立ちを覚えた。
だが、怒っても仕方ない。
誰にでも得手不得手はある。
彼女はカラオケが苦手なのだから。
だったら仕方ない……
仲間の性格――それを考慮して作戦を練らなくては、勝利など到底ない。
そして、イベントターンが始まった。
そこで、マッドサイエンティストの飛騨が手を上げた。
「おい先公! 俺、トイレ! 漏れそうだ! 止めてくれよ!」
「高速で止まれるか! 我慢しろ!」
「じゃ、じゃぁ……。 次のサービスエリアで降ろしてくれ。そこまで我慢するから」
3分足らずで、バスはサービスエリアに到着した。
宍井たちも「トレイ」と言って降りた。
「聖華さん。折角サービスエリアについたんだし、さっきパスしたから若干の自発的行動はできます。どうします? ちょっと見学でもします?」
「はい、はーい! サービスエリア、見学してみたいです!」
玲亜さんはめんどくさがっていたが、聖華さんが手を取って強引に誘っている。
「いきましょ!」
「行ってきなよ。あたいはここで待ってから」
「駄目よ。一緒に行きましょ! 折角、サービスエリアに着いたんですよ! 写真撮りましょ!」
「サービスエリアなんて、集会でいつも使っていたから、もー飽きた」
「しゅーかい?」
「あー、何でもない。とにかくゆっくりさせてくれよ。昨日も遅かったんだし」
「帰ったら、ゆっくりしましょ! 思い出作りは、大切なお友達みんなでやるって決めていたんです。だから一緒に写真撮りましょうよ!」
「うー、……うん」
さすがに押し切られ、渋々だったが玲亜さんは立ち上がった。
僕たちと先生、その他数名がバスから降りた、その直後だった。
激しい音と共に、バスが炎上したのだ。
飛騨は腹を抱えて笑っている。
「ククク。ケケケ。キャハハハ!! ちょっと早いキャンプファイヤーになっちまったな。やっぱ合宿ってのは、派手にいかなくちゃ。アヘヘ。
あ、チィ。運のいい奴が数人生き延びたか。まぁいいぜ。楽しくいこうや。クケケ。アハハハ」
宍井がこちらをチラリと見た。
奴は知っていた。
だって奴はトイレには行こうとせず、少し離れた場所からバスを静観していただけだったのだから。
あまりにも行動がスマートだった。
きっとこの情報を掴んでいたに違いない。
だからあらかじめ降りると決めていた。
その為に、行動ポイントを温存していた。
そして聖華さんは、見破っていた……
もし聖華さんが激王戦隊☆ゲキオウジャーを歌おうとしなければ、きっとさっきのターン、何かしらアクションを起こしていただろう。
そしてたった今、詰んでいた。
だから聖華さんは、激王戦隊☆ゲキオウジャーを選択すれば、玲亜さんが強引にパスすることまで読んでいた……
……さすがだ。
驚いたふりをして、真っ青になっているが、僕には分かる。
あれは演技だ。
嫌がっている玲亜さんを無理やりバスから連れ出したのが、何よりの動かぬ証拠。
ゲームの天才の彼女に、死角などない。
仲間の性格――それを考慮して作戦を練らなくては、勝利など到底ないのだから。