23 バス6
――何故Y氏が!?
――どうしてこの腕が真っ赤に輝いているのだ!?
この拳が真っ赤に輝くとき、それは悪が現れたシグナル……
思考が脳裏を交錯するよりも先に、僕はY氏の腕を掴んでいた。
Y氏の腕はこんなに冷たかったのか?
……もしや
「ふん」
Y氏は腕を振り払った。
相手が敵意を消したので、僕は拳をさげた。
狭いバス内での乱闘は、なるべく避けたい。
聖華さんは「どうしたんですか? 旅人さん」と唇を震わせて涙目になっている。
Y氏の乱入。
これは想定と外れた結果になった……ということなのだろうか。
無常にもファイティーンの最後の歌詞が流れ終わろうとしていた。
その熱い魂の雄たけびのようなメロディーとは裏腹に、気持ちの悪いよどんだ緊張感が流れていた。
その時だった。
「真の勇者ファーティン」
最後のフィニッシュ。
それを歌ったのは宍井和也だった。
ボソリとした声で、軽くつぶやいた、と言った方が正確か。
だが聖華さんは目を丸くした。
「宍井さん?」
「ふ、俺が最後だったか。最後に歌った野郎には罰ゲームがあったんだよな?」
「え、あ、はい、えーとですね……」
聖華さんがリュックから取り出したのは、愛らしいトマトキャラのイラストが描かれてある缶ジュースだった。
飛騨は「やったぞ! 最初に毒殺されるのは宍井だ!」と言っている。
あのトマトジュースには毒が入っているのだろうか?
とてもそうとは思えない。
未開封のようだし。
僕はこれまでの戦いでレベルが上がり、多少なりの毒サーチスキルくらいは身についている。それなのに、手をかざしても何も反応はない。毒感知に引っかかっていないということだ。
宍井は席に座ると、プシュッと缶を開けて口をつけた。
Y氏が冷たい眼差しで、宍井を睨んでいる。
宍井が視線をY氏の方へ軽く流した。
「確かに俺はあんたの力を借りようとしている。あんたは、俺がないものを持っている。それを手に入れなければ俺は次へ進めないだろう。
俺はもっと非情にならなくてならない……。
甘さなんてくだらない感情を捨て去らなくてはならない……。
そうしなくては、とてもこの世界のルールになんてなれない……」
「……なら、どうして?」
「甘くないんだわ。こいつがくれるものは」
そう言って宍井さんは聖華さんを見上げた。
「ふん、おにぎりといい、この缶ジュースといい、相変わらずお前はしょっぱいものが好きなんだな」
そう言って宍井は、飲み終わった缶を投げ捨てた。