22 バス5
この合宿で皆さんと仲良くなりたい。
だから私は、みんなで歌いたい。
宍井さんにも謳ってもらいたい。
その想いは、昨夜見た夢から強くなりました。
昨晩、私は恐ろしい目に遭いました。
風の旅人さんが、突然寝室に現れたのです。
嬉しいはずなのが、その時はただただ恐怖で震えていました。
宍井さんと……、そして昼間私をぶった女の子もいたからです。
風の旅人さんは、不気味に笑っていました。
それはとても怖い顔でした。
私の直感が、この人は、旅人さんではない――
そう言っているようにさえ思えました。
でも紛れもなく風の旅人さんです。
私に包帯をしてくれた、あの紳士です。
冷笑を浮かべているのは、私の憧れの人なのです。
記憶はそこまでしかありませんでした。
その後、夢を見たのです。
ふわふわとした空間に、しげるさんがプカプカ浮かんでいたのです。
「あれ、しげるさん???」
「聖華さん。ごめん。恐ろしい目に合わせて」
「え? それはどういう意味ですか? しげるさんは何もしていません。それより……、えーと……、あ! そうだっ! しげるさん! 確か、恐ろしい世界に捕まっちゃったんですよね!? 良かったぁ! 無事、逃げられたのですね? すごく心配したんですよ! それよりリーズさんは? みなさんは!?」
しげるさんは優しく微笑みました。
「あぁ。俺は大丈夫だ。みんなも無事さ。それよか、聖華さん、気を付けるんだ!」
「え? 何を、ですか?」
「真の敵は宍井ではない。俺……いや……」
「え?」
「……誠司さんに伝えてくれ。見かけのルールに惑わされるな、と」
「え、え、え??」
「ごめん、あまり時間がないんだ」
「え、しげるさん、どうしちゃったんですか? 私、どうしたらいいんですか?」
「……宍井和也の心を開け。そうすればもう一つのルールが見えてくる」
そこで目を覚ましました。
本当に奇妙な夢でした。
宍井さんの特記事項は、ルールの策定。
それはこのすごろくが始まる時、誠司さんが見破った事項です。
誠司さんが対戦直後に言っていました。
特記事項が見破られたというのに勝負を続行するということは、それ以上の勝算があるのだろう、と。
バスに乗ってからも、しげるさんの言葉が頭から離れてくれません。
真の敵は宍井さんではない。
宍井さんの心を開け……
そう言っていました。
これはただの夢。
だけど宍井さんと友達になりたい。
だって宍井さんは辛い過去と決別して、この世界に来ている。
彼女を殺されて、正義を貫くために努力したのに、悪者にされ……
きっと物凄く辛かったに違いない。
だから私は宍井さんの傷をいやしてあげたい。
私は宍井さんにマイクを渡しました。
「……またお前か……。……どうしてお前はいつもいつも……」
「はい、いつものお節介です」
「……ふん、どうしても、歌わなくてはいけないのか?」
「はい。歌いましょ!」
宍井さんは難しい顔をしていましたが、マイクを握ってくれました。
照れ臭そうな顔をしていますが、ゆっくりと唇を開いていきます。
歌ってくれる!
そう思うと、ちょっぴり嬉しくなってきました。
その時でした。
突然旅人さんが立ち上がり、宍井さんのマイクを払ったのです。
「おい、宍井。お前、自分のミッションを忘れたのか? お前はルール。それ以外の何者でもないのだ。それに自らそむくのか?」
「……別にこれくらい、いいじゃないか」
「これくらい? ふふ、だからお前は負け続けてきたのだ。お前は敗者だ。負け続けてこの世界に逃げてきた。もう負けまいと誓い、ルールという武器まで手にしても、また負ける」
「ざけんな! 俺は!」
「じゃぁ殴れ。聖華を殴れ!」
え?
旅人さん?
どうして、私を殴れって言ったのですか?
「宍井。お前の弱点を俺が潰してやる。そこで見とけ!」
旅人さんは拳を唸らせて、私へ目掛けて殴りつけてきました。
どうしてなんですか?
どうして、私を……
泣きそうになる感情を抑えるだけで必死でした。
しゃがみ込み、思わず目をつむりました。
「例えY氏と言えど、許せない」
この声は誠司さんでした。
目を開きました。
いつの間にか誠司さんがすぐ傍までやってきて、旅人さんの腕を掴んでいたのです。
「あんた、Y氏……、いや吉岡さんではないな。一体何者なんだ!?」
「誠司……。俺はあんたを良く知っている。そしてあんたも俺を良く知っている。それ以上もそれ以下もない。ただ、それだけさ」
「僕の拳が真っ赤に燃えている。これは悪を見つけた証拠。……仮にあなたがY氏なら、あなたは変わられてしまわれた……。僕の信念はただひとつ。僕は悪を許さない! それが例えあなたとの誓いでも、絶対に変わることはない!」