20 バス3
耳を澄ました。
今、バスの中で流れているのだ。
名曲中の名曲――強神合体☆ファイティーンの前奏が僕の鼓膜を通じて、体内を駆け巡る。その躍動感あふれる熱く刻むビートが、僕の血潮を滾らせる。
息を吸い込み、目を見開く。
僕の視界には、液晶テレビの文字が映り込む。
歌詞など見なくても歌えるが、丁寧に変色していく文字を追った。
「出でよ、王者よ! 熱き獅子たちよ!」
続きを歌いたい……
だが、それをしてはならない。
これは聖華さんの仕組んだ真剣勝負なのだから。
マイクを前の席の安藤に渡す。
安藤は慌てて受け取ると、「え、え、え、なんだよ、俺、この曲知らねえぞ!」と言い訳を言っている。
名曲中の名曲――強神合体☆ファイティーンを知らぬ男がこの世界にいる訳がない。男なら誰でも一度は夢見るはずだ。
それが強神合体☆ファイティーン。
これは、きっと歌いたくない口実だ。
「言い訳は許さん! 歌え!」
「ええええ!!! 俺、アニソンなんて興味ねぇんだよ!」
「何を言うか! これはアニメソングではない! 神聖なる国歌だ! いや、国歌に近い何かだ! そういえば私立・爆龍中学の校歌ってなかったよな! これから強神合体☆ファイティーンを校歌にする! 校歌を歌わない輩は、愛する母校を侮辱していることに等しい。母校を侮辱する輩は、学園すべてを敵に回すことになるぞ! いいから歌え!」
安藤は辺りを見渡す。
誰も反論する者はいなかった。
伶亜さんが聖華さんに小声で何か言っている。
「誠司さんってこんなキャラだっけ?」
飛騨は「安藤、何をしている! 早く歌え! 聖華が毒ガスを持っているって言っただろうが!」
安藤は大声で適当に歌った。
ワンフレーズ歌い終わると、マイクを前の席に手渡す。
「なんだよ。この曲。さっぱり分からんぞ」「いいから歌えよ。毒ガスを散布されちまうだろうが!」
マイクはどんどん回って、宍井一派のところまでいった。
宍井はマイクを受け取った。
それを、僕だけでない。
聖華さんも注目している。
宍井をジッと見ている。
だけど宍井は歌いもせず、後ろの席に放り投げた。
有紗だけではなく、Y氏までジャンプさせたのだ。
なんたることを!
「おい! 宍井! どうして歌わない!」 僕は叫んだ。
「どうして俺が、お前らが勝手に始めたゲームに乗らなくてはならないんだ!?」
聖華さんは宍井をじっと見つめている。
とても悲しそうな顔をしている。
「どうして歌ってくれないのですか?」
「ふん」
他の連中が騒ぎだす。
「やばいぞ! 聖華がブチ切れて毒ガスを散布するぞ!」
「おい、純太。早く続きを歌え! 歌ってごまかせ!」
リーゼントの純太が慌ててマイクを拾うと、「ゴーゴーゴーゴー! ファイティーン!!」と一番いいところを持っていった。
宍井は完全にスルーした。
奴の性格を加味すれば、乗ってこないのも頷ける。
でも、このままでは聖華さんの計画が崩れてしまう。
僕はどうすべきか。
聖華さんはカジノ事件の時も、大金を使うことによって梶田を騙して突破口を作った。その時はしげるさんのフォローも大きかったが、今はそのしげるさんがいないのだ。
彼女の協力者は、僕しかいない。
だったら、僕がなんとかして、次へとつなげないといけない。
――僕ができることはなんだ?
そう。
違和感なく流れるように奴らが飛ばした3フレーズを歌いつなげ、そして間奏まで熱唱してマイクを次に渡すことだ。そうすれば最初の計画通り、ラストを歌うのは宍井になる。
だから聖華さんに、
「ここは僕に任せて。僕がなんとかして必ず宍井へ繋げてみせる」
「ありがとうございます。誠司さんがここまで、私なんかのために協力してくださるなんて……私…………」
「当たり前じゃないか! この試練を突破するには、みんなの力が必要だ。だからみんなに来てもらったのだから」
「そうですね。すばらしい思い出を作るためには、みんなの力が必要ですもんね! 私、頑張ります!」