2 勇者アルディーンの戦い2
ミッション:魔道士・宍井和也に閉じ込められた仲間を救い出せ
制限時間:24時間
【宍井和也】
レベル:282
有効特記事項:人はどうせ裏切る。その前に動きを止めて闇に消し去り、じっくりと溶かしてやる。この世界のルールは俺だ。
とにかく急いだ。
――宍井和也
僕がもっているデータベースに、その名はない。
駄目元とは思ったが役場で『宍井和也』の名を訪ねた。
やはり登録されていない。
場所を変え、治安の悪いダウンタウンで聞き込みをしていく。
たったの24時間しかないのだ。
伶亜さんも後を追ってくるが、彼女は視力を失っている。杖で足元を確認しながらの歩行はなんとも不安定に思える。
――時間がない。気持ちだけで十分だ。
焦りからか、そのような言葉を口にしかけた。
それよりも先に、伶亜さんは、地面を杖でなぞりながらこう言った。
「足音にはそれぞれの個性がある。あの男は木製の靴をはいていたから見逃すなんてないと思う。どうやらここまでの道では、例の男の気配を感じなかった。次へ行こう」
そう言うと、杖を持ち上げて、背中へとしまう。
彼女が杖で確認していたのは、足元の状態ではなく、和也の足音だったのか?
思い知らされた。
僕は焦燥にかられているだけで、思ったような結果を出せていない。探知スキルは伶亜さんの方が遥かに上だった。
「あっ、あたいね。
特記事項に書いた妙な規制のせいでボーナスポイントが少々貰えてね。まぁ、その代り、ご存じのとおり、人の街で暮らせなくなっちまったから、サバイバルスキルにすべてつぎ込んだんだわ。どういう訳か『大泥棒』ってふざけたクラス名になっちまったがな。この目のおかげで、金目の物を鑑定できないのに泥棒ってふざけているだろ?
以前よりも鋭く気配を感じられるようになったのは幸いだったけど、ははは」
と笑っている。
僕は見た目で人を判断してしまったことを後悔している。
伶亜さんは今の僕にとって、まさに心強い味方だった。
胸にしまっている懐中時計を取り出して開いた。
午前11時半。
無計画に1時間半も使ってしまった。
恐らくこのまま24時間走り続けても、何も成果を見出せないだろう。
冷静に状況整理をするために、いつも使っている借家まで引き返した。
そうそう、社長にまでなって借家生活なんて、皆に不思議がられるが、贅沢をするつもりでビジネスを始めたのではない。借家で十分だ。
*
僕の借りている一室。
伶亜さんと机を挟んで座っている。
室内には聖華さんが買ってきたゲームが所狭しと広げられている。
すごろく形式のボードゲームや、カードゲーム、その他ルールがよく分からない積み木のゲームまである。
いつも聖華さんは、僕の部屋にみんなと一緒に押しかけて来ては、これらで遊んでいるのだ。
僕はあまり関心がなく、ルールを覚えようとしないから、部屋にこうやって並べられている。これらのルールを覚えることが僕への宿題だそうだ。
正直な所、ビジネスが忙しくて、それどころではなかった。
ふと人生ゲームと書かれた箱を開いた。
毎日、これだけのルールをよく覚えられるなぁと感心する。
「誠司さんも、こういったゲームをするんだな」と、クスリと笑って言った。
「伶亜さん、見えるんですか?」
「音で分かる。それより、どう? そのゲームに何かヒントがあったのかい?」
「……いや、ちょっと落ち着こうと思って」
宍井和也の言葉を思い出していた。
奴の発した言葉、そして謎の人物が残した手紙にヒントはないだろうかと。
宍井和也は、まずこう言った。
『チィ! 一匹だけ逃したか。ククク、まぁ、一番恐ろしい凶悪な豚を始末できたのは幸いだった』
逃したのは僕の事だ。
これは紛れもない事実である。
凶悪な豚とは?
一番太っているのはしげるさんだが……
この二つを結びつけるのは、あまりにも強引か。
確実な要素から理詰めをしていこう。
手紙には刺客とあった。
――ということは、裏カジノの梶田、もしくはリアさんを襲った連中と繋がっていることが推測できる。
つまり宍井和也は、報復にやってきた。
そして僕だけを逃した。
これなら結びつく。
次に言った台詞はこうだった。
『お前の仲間は、1日もすれば溶けはじめ、それから30分後には骨すら残らん。どうせ、お前一人では何もできまい。あばよ!』
僕が宍井なら、絶対にこのような台詞は言わない。
みんなを溶かすまで1日もかかってしまうということは、それは自分にとって不利益情報。相手に教える必要があるのだろうか。
そのような事を発せず逃走して時を待つ。
だから、これは挑発かもしれない。
挑発をして逃走する根拠は?
わざわざ挑発をするくらいなら、その場で始末する方が簡単だ。
そうすれば、当初の目的を達成することができるではないか?
もしかして奴は僕の正体を知っているのか?
僕が勇者アルディーンであることを……奴は……
奴が発した言葉の意味――それは僕に焦りという感情を植え付ける作戦だった。
そう考えるべきなのでは?
つまり24時間という時間の縛りを与えることにより、無我夢中で捜索させて、思いっきり疲れさせる。
十分疲労したところで、再び奴は現れる。
そう考えると見えてきた。
宍井の特記事項には、おかしいことに弱点が見当たらないのだ。
『人はどうせ裏切る。その前に動きを止めて闇に消し去り、じっくりと溶かしてやる。この世界のルールは俺だ』
・裏切り者を溶かす。
・ルールは自分。
特に後者『ルールは自分』なんて、かなり恐ろしいフレーズに感じる。
だが妙なのだ。
それなりに負荷をかけないと、このような驚異的な能力を身に付けられないはずだ。
もうひとつ不思議な点がある。
もし好き勝手にルールを作れるのなら、わざわざ危険を冒してまで僕達の目の前にやってきて技を行使する必要があったのだろうか?
彼は『一番恐ろしい者を始末できた』と言った。
つまり我々のメンバーを脅威に感じていたはずだ。
だから自在にルールを作れるのなら、遠くから行使するのが心理。
それをしない……
もしかして特記事項にある『この世界』というのは、すごく小さく限定された世界を指すのか?
世界とはつまり――奴の目に映っている世界だけ、とか?
奴の能力の射程範囲はかなり狭いのか?
そうなると、宍井が潜んでいそうな場所は、もしかして……
――それと、もう一つ気になることがある。
聖華さんが購入した人生ゲームに視線を移す。
当たり前のことだが、ゲームというものは、製作者が必ず勝てるわけではない。あくまでも製作者はルールの創造主。
それは一度作ったルールは変更できない、という縛りがあるからだ。
だから、よりルールを熟知して敵を欺ける者が勝つ。
もしかして特記事項の『ルールは俺』。
それは一見、自在にルールを作り出せる最強スキルに思える。
この世界で俺以外は死ぬ、なんてルールを作れば、どんな敵にだって勝利できる。
だが――
そうなのだ。
特記事項には、それと同様レベルの負荷を用意しないといけない。
だから、これが同時に奴の弱点でもあるのでは?
残り時間はあと、20時間。
僕の推測が正しければ、必ず奴の方から仕掛けてくる。
それまでに僕ができることは、この仮説がどこまで正しいのかを調べ、奴の仕掛けを見破り、そして奴の上をいくことだ。
僕が目星をつけたのは、祝賀会をしていたホテルの近くにある、元カジノ跡地でもある我が社。本当に目と鼻の先といった距離だ。当然の理由だが、あのホテルは近くて利便性が良かったから利用したのもある。
「玲亜さん、この近くに宍井和也を感じる?」
玲亜さんは杖で土を撫でる。
何かに反応したのだろう、顎をピクンとあげる。
「あぁ。いるね。ここの地下でごそごそやっている。おそらくあたい達がいなくなった後に帰ってきたんだろうね」
灯台下暗しってヤツか。
奴の攻撃射程が狭いのなら、みんなが閉じ込められている異空間だって、きっとこの近くから行き来できるような気がする。
どこかに次元の狭間とかいうのはないのか?
「誠司さん、残念だけど、みんなを感じることができない……。完全に世界を分断されている」
「こっそりと気付かれないように、オフィスに潜入しよう」
玲亜さんは頷いた。
相手はレベル282の魔道士だ。
僕は180。
レベル差は102もある。
それに人質を取られている以上、正面攻撃はできない。
敵の本質を知り、その上をいかなくては。