19 バス2
チャラッチャー↓ チャラッチャー↑
チャラチャチャチャッチャァー!!↑↑↑↑↑
イントロが流れ始めました。
私が選んだ曲は、強神合体☆ファイティーンです。
へぇ~。
これがファイティーンの主題歌なのね。
アニメソングであることは知っていましたが、なんと言いますか、もっとまじめぇ~って感じの曲と思っていました。
でもワクワクして、とってもカッコいい曲です。
実はダメ元で、この曲を入れてみました。
誠司さんは私に合わせて、ボードゲームまでやってくれます。
あんなに頭がいいのに、真剣な顔で付き合ってくれます。きっとわざと負けてくれているのだと思います。
誠司さんは、カラオケとか絶対に歌いそうにないです。
こういった娯楽とは違う世界で戦っている人なんだろうなと思います。
でもみんなで思い出作りのカラオケ大会をするなら、絶対に誠司さんの力を借りなくてはダメだと思いました。
だから思い切ってファイティーンを入れてみました。
まさかあんなに真面目な誠司さんがノリノリでマイクを握って、真っ先に歌ってくれるなんて……
私のリクエストに応えてくれてとても嬉しいです。
誠司さんは、いつもちょっぴり厳しいです。
時々、本気で怒ります。
その度にドキっとします。
だからちょっぴり苦手な時もあります。
私が道具屋で、たいまつを買った時もそうでした。
この世界にやってきて楽しい一日が経ち、まだすごく不安でした。
これは夢じゃないのかな。
寝て起きたら、いつもの私がいて、いつもの日常に戻るのかな……
そんな不安から、初日はなかなか眠れませんでした。
異世界の宿屋。
ふわふわのベッド。
この日、私は大冒険をしました。
初めての弓。
初めての街。
初めて見る地図。
初めて使うコイン。
初めて自分の手で、お金を払いました。それでハンバーガーを買いました。
そしてしげるさんに、お礼をしました。
しげるさんは弓の使い方を教えてくれたから。
だから私は何かお返しをしたかった。
しげるさん。
最初はすごく怖い人だと思っていました。
ずっと不機嫌そうにムスッとしていた。
私の顔の包帯を奪って、私のことを………………と……言った男の子たちと同じような気がした。だからすごく怖かった……
あの時、いっぱい泣いた……
だからいっぱい意地悪をしてやろうと思った。
だけど……しげるさん……
すごく親切にしてくれた。
私がお礼をしたら、ありがとうって言ってくれた。
すごくうれしかった。
いっぱい、いっぱい嬉しかった。
もっともっと、たくさんお話がしたいと思った。
ありがとうって言った。
どういたしましてって言ってくれた。
いっぱい感謝の言葉をくれた。
すごくうれしかった。
すごく、すごく、うれしかった。
しげるさんのこと、すぐに大好きになりました。
だから……元の世界に戻りたくない……
正直、そう思って、ベッドの中でたくさん泣きました。
目を覚ましたら、またあの日常に戻ってしまうのでは……
それだけが怖かった。
だけど翌朝目を覚ますと、まだ冒険は続いていたのです。
フロントに降りると誠司さんが、ソファーでコーヒーを飲んでいました。
ものすごく真剣な顔で、地図を見つめています。
誠司さんに誘われて、ソファーに座りました。
リーズも横に座ってくれました。
どういう訳か、しげるさんだけ、ちょっと離れた場所から、こちらを見ています。
誠司さんがいくら誘っても、話に加わろうとしてくれません。
どうやったらしげるさんと仲良しになれるのか、真剣に考えてみました。
だけどいくら考えても、良い案は浮かびませんでした。
しげるさんは良い人です。
もっとお話しがしたいのに、ちょっぴり悲しい気持ちになります。
しげるさんは、お菓子をくれました。
ホームレスのマネをして貰ったみたいです。
お金に困っているの?
私にはお金があります。
お金なんて全部あげるよ。
もっとお話しがしたかったから、たくさん話しかけてあげようと思いました。
意地汚いマネをしたらダメ。
思わずそんなことを言ってしまいました。
しげるさんが話やすそうな感じだったから、楽しい気持ちになってしまいます。
ついつい何だって話せてしまいます。
でも、私が使った言葉は、正しい言葉使いだったのでしょうか。
そんな中――
誠司さんはすごいな、と思いました。
一生懸命、しげるさんを話の輪に誘おうとしているからです。
どういう訳か、しげるさんはいつも一人ぼっちになろうとしていました。
それなのにしつこいくらい、しげるさんに話しかけています。
――恥ずかしがらずにこっちへおいでよ、友達になろうよ。
私には、そう言っているように聞こえました。
私が言いたかった言葉を、喉から出かかっているのにちゃんと言えない言葉を、誠治さんは的確に使いこなせます。
まるで魔法使いのようでした。
そんな誠司さんは、すごい人生を歩んできました。
自分の会社を作り、みんなの為に一生懸命働いてきたのです。
すごいな、立派だな、そういう言葉ばかりが私の頭をグルグルしました。
Y氏さんとの出会い、会長さんとのエピソード、社員さんが一人増え、二人増え、その後の大活躍、そして会社の発展……
誠司さんはとても話が上手です。聞いていると、まるで自分のことのようにハラハラドキドキしました。
だけど誠司さんの会社は倒産したって聞いて、びっくりしました。
こんなに頑張ってきたのに……
すごく頑張ってきたのに、たくさんの人に悪く言われ、すごく悲しい気持ちになりました。
だけどもっとびっくりしたのは、それでも前を向いて生きていくと決意されたときです。
あれだけたくさんの人に悪く言われ、裏切られていながら、誠治さんは、絶対に誰も裏切らないと誓ったのです。
誠司さんのお話を聞いて感動しました。
でも、それだけに誠治さんは厳しい人です。
私がちゃんとしていないから、注意ばかりしてきます。
たいまつを間違って買っただけなのに、叱られました。
イリアの街で、お買い物をし過ぎたら注意されました。
カジノでちょっとお金を使いすぎたら、一日に使っていい限度額まで決められてしまいました。
私のお小遣いを使ったのに、どうして注意されないといけないのか分かりませんでした。
ちょっぴり悔しいから、しげるさんに愚痴を言いました。
そうしたら、しげるさんは「誠司さんは本当に心配してくれているから注意してくれるんだよ。どうでもいい人に厳しいことは言わないから」と教えてくれました。
……すごく嬉しかった。
私は、どうでもいい子だったから……
おじさんは何も教えてくれなかった。
いつも黙っていました。
何も話しかけてくれませんでした。
だけど、ある日、テレビゲームをくれました。
家政婦さんはとても怖かった。
「包帯を取るな、視界に入るな。目障りだ」
いつもそれだけしか言ってくれなかった。
だからしげるさんの言葉は、とても嬉しかった。
私は暗い部屋で、いつも風の旅人さんがくれた手紙を読んでいた。
この手紙には絶世の美人になれる魔法が書かれてある。
私は右半分がちゃんと動かなかった。
右の目がなかった。
だから左目で、何度も手紙を見た。
絶対に読みたいと思った。
この手紙には、何かで一番になったら、幸せになれるって書かれてあった。
だから頑張ろうと思った。
学校に行ったら、みんな、私を苛める。
私をゾンビちゃんと呼ぶ。
知ってるよ。
私の右半分がただれている事くらい、もういっぱい知っているよ。
だから家政婦さんは、目が腐るって言う。
辛いよ。
とても辛いよ。
でも……
それでも、一番になったら幸せになれるって、風の旅人さんが言ってくれた。
幸せってなに?
……なんとなく分かるよ。
幸せって、すごく嬉しいことの連続だと思う。
私でも、幸せになれるの?
私でも、一番になったら幸せになれるの?
どうやったら一番になれるか分からなかった。
だって私は何もできない。
自分のこともちゃんとできないのだから。
でも……
私だって、できることはある。
誰よりも頑張ることはできるかもしれない。
努力だけなら、一等賞になれるかもしれない。
とにかく思いつく限り頑張ってみた。
たくさん文字を覚えようと思った。
文字を勉強すると嬉しい気持ちになれる。
本が読める。
外の世界が知れる。
他の国の人たちの話が分かる。
それはまるでおとぎ話のように、わくわくした。
そして文字を知ると、旅人さんの手紙が読めるのです。
いいえ、読むと言う意味が変わってくると言った方が正しいのかもしれない。
そう、文字を勉強すればするほど、旅人さんの言葉を深く感じられるのです。
手紙には勉強して偉くなれば、いろんな人が私に声をかけてくれると書かれてあった。
それは、勉強すれば、私の見えてくる世界が変わる――そう言ってくれているような気がしてきた。
だって本当にそうなのですもの。
同じ日常なのに、昨日とはまったく違う感じ方をするのです。
家政婦さんは私を見て、気だるそうな仕草で、
「あーめんどくさい。どうしてこんな子の世話なんて、私が……。まぁ、お給金はいいから別にいいけどさ。あ、電話、電話。超忙しい。もしもぉーし、あ、順子? 今日も学校は楽しかったかい? ママねー、今日も超頑張っているからねぇ~! えーテストで82点取ったの? じゃぁ今日は焼き肉ね!! お給金いっぱい貰ったから、美味しいお肉買って帰るからね? え、ケーキがいい? 何でも買ってあげるわよ。じゃーねー♪」
電話が終わると私は家政婦さんに「いつもありがとう」と言いました。ちゃんと発音できません。
だけど家政婦さんは目を丸くして、「ふん」と言ってどこかに行きました。
頑張って部屋から出ます。
この家は、私の為にバリアフリーにしてくれています。
廊下でおじさんと会うと「いつもありがとう」と言いました。
やっぱりこの日も何も言ってくれません。ムスッとした顔で通り過ぎていきました。
だけど目を覚ましたら、ベッドのそばには数冊の本が置いてありました。
言葉はかけてくれませんでしたが、何かが通じたように感じました。
明日はもっと頑張ろう。明後日はもっと頑張ろう。そう思いました。