18 バス1
ワンフレーズ交代方式のカラオケが、今、スタートしようとしている。
ほぼ強引な巻き込み方になった、このゲーム。
だが、飛騨の言葉が後押しになっている以上この方がいいだろう。
ちなみに飛騨は、いつも理科教師のような白衣をまとったガリガリに痩せた男で、不気味に下を向いて怪しい笑みをこぼしている。そんな奇妙な男だが、クラスの連中は彼に一目置いている。
話は変わるが、理系の教員が白衣を着るのには意味があるそうだ。
薬品などがスーツに付着して汚れないためである。
飛騨はいつでもバトルができるように、学生服の代わりに迷彩服を着ている。かなり汚れているので、白衣の方が綺麗に見える。普段まとっているあの白衣に、なにか意味があるのだろうか。
とにかくそんな奇怪な男で、アルコールランプにニトログリセリンを混入させて、事故を装いD組を崩壊させたことはわりと有名な話なのだ。建前上、事故で片付いているが、クラスメートの多くは、その事実を知っている。
僕に与えられたミッションは、カラオケ大会に火をつける事だ。
正直いうと、カラオケはあまり得意ではない。
以前、経営者だったころ、付き合いで行くこともあったが、適当にかわしていた。
僕が心から歌いたいのは、変身ヒーローアニメの主題歌だけだ。
もちろん人前で歌うことはない。
きっとみんなはドン引きするだろう。
それくらい下手だと思う。
かつて妹も「お兄ちゃん、人前で歌わない方が良いよ」と教えてくれた。
でも下手だから人前で歌うのが恥ずかしいとか、そういった小さな理由ではない。
本音を言うと、別の大きな理由があった。
どういう訳かサビのフレーズになると、自然と体が動いてしまうのだ。
そう――僕は、どうしてか歌っている最中に、必殺の構えをしてしまうのだ。
歌っている間にもう一人の自分の存在を感じてしまっている。
最初はただノっているだけだと思っていた。
心配になり医者に診てもらったこともある。
「きっと大人になれば治るでしょう」と言われた。
だけど、その感覚は大人になっても、決して消えることはなかった。
いや、それどころか増幅していく一方なのだ。
僕は悩んだ。
これは何か意味があるはずだ。
――もしかしてこれは何かが起きる前兆なのでは?
――誰かが僕を呼んでいるのでは?
次第にそう考えるようになっていった。
この歌詞を歌い終わったとき、僕は変身してしまうかもしれない。
そんな気がしてならないのだ。
だめだ。
それだけは、絶対に避けねばならない。
何があっても人前で歌っては、駄目だ。
だって僕は、IT企業の社長なのだ。
正体がばれたら、おそらく悪の魔の手が僕の職場を襲うことになるだろう。
そうなれば、僕はこの場から去らなければならない。
そして僕は戦いの旅へと出るだろう。
そうなると、たくさんの取引先、社員、その家族のみんなにも迷惑をかけてしまう。
だから、僕は絶対に人前で歌っては駄目なのだ。
そんな聖華さんの選曲――
勝手な想像から、彼女は素敵なラブソングが好みと思っていた。
ドラマの主題歌に使われていそうな……、そう、クライマックスのシーンなどに流れてくると思わず涙がでてくるような名曲……
だけど……
彼女の選曲は……
強神合体☆ファイティーンだった!!!
どうして聖華さんは、熱血ロボアニメ、強神合体☆ファイティーンを知っているのだ!?
……そういえばヴィスブリッジ設立時に、みんなに話したことがある。
「どんな会社にするんですか?」と聞いてきた聖華さんに、「強神合体☆ファイティーンを目指したい」と言った覚えがある。
どういう訳か、リーズがあっちを向いていた。
しげるさんは、関心なさげに鼻くそをほじっていた。
きっとみんな強神合体☆ファイティーンを知らないのだろうと思った僕は、丁寧に図解入りでみんなに解説してあげた。ファイティーンは合体ロボアニメの常識を根底から覆し、業界のレベルを数段階引き上げた、名作中の名作なのだ。
強神合体☆ファイティーンとは――
それは悪の秘密結社ギガスウォーリアの魔の手から世界を救う超絶展開は業界おなじみのことだが、ヒーローたちがそれぞれの必殺技と秘密アイテム、更にロボットを複数機所持する贅沢な設定である。
そして、もう一人捻りある。
彼らが持つ必殺技は、なんと連携ができ、敵ともコンビプレーができるのだ。
場合によっては敵も味方に引き入れ、共通の敵と戦うこともできる胸躍る熱い展開なのだ。
僕は『裏切らない』という特記事項がある。
それはうわべだけの言葉ではない。
もし……
敵だった者が、僕を必要とすれば……
ふと宍井和也を見た。
話は戻るが、強神合体☆ファイティーン。
最も嬉しいのが、その主題歌である。
なんと最初にサビのパートがくるのだ。
この番組が始まるのは、朝の7:00。
朝7時といえば、一日のスタートを切る重要な時間でもある。
この番組をみれば、ジャストそのタイミングから熱くなれるのだ。
このアニメは、朝からエンジンがかかる仕様なのだ。
僕は出社前、いつもトーストをかじりながら聞いていた。
そして主題歌は、後半にかけてもう一度熱くなる。
やばい。
このままだと変身してしまいそうだ。
そのままアニメを観たかったが、内容まで見ると絶対にハマってしまうだろうから、ぐっとこらえてCMが流れている隙に、僕は逃げ出すように家を出ていた。録画してあるから、夜、ゆっくり観よう。今日頑張ったらファイティーンが観える。そんな気持ちで僕は一日を全力投球していた。
だからこの場面で、強神合体☆ファイティーンの曲が流れると、僕がマイクを奪うのは回避不能な必然的事項なのである。
だがこのまま歌い続けると、きっと身をひるがえして必殺技を繰り出してしまうだろう。
でも大丈夫だ。
このゲーム、歌えるのはワンフレーズのみ。
だから僕の覚醒を抑制できる。
きっとそこまで聖華さんは計算しているに違いない。
何故なら、恐らく最後のフレーズを歌うだろう相手、そう――罰ゲームを踏むだろう人物も聖華さんは特定していると、僕は想定しているからだ。
強神合体☆ファイティーンの歌詞は、すべて完全に熟知している。
ワンフレーズ毎で区切ると、ラストまで歌うと全63フレーズある。
だが、きっと……
ワンフレーズ増えて全64の工程になるだろう。
それは2番と3番の間に、間奏部分があるからだ。
歌詞ではないが、挿入された熱い台詞があり、きっと歌うことになるだろう。
何故ならその時マイクを手にしている者は、一周して、丁度僕の手にあるからだ。
この間奏こそ、強神合体☆ファイティーンファンの真価が問われる重要な部分だ。
僕がそこを歌わないなんて、絶対にあり得ない。
だから64の工程を進んだ先。
僕はそこへ目を向けた。
僕の視線の先――そこには宍井一派がある。
さすが聖華さんだ。
柔らかい表情でニコニコしている彼女の瞳の奥には、すでにすべてのシナリオが着々と進んでいる……
チャラッチャー! チャラッチャー! と熱い前奏が流れてきた。
やばい。
覚醒してしまいそうだ。
僕はマイクをゆっくりと唇の傍へと近づけ、瞳を閉じた。
なぜなのだろう。
胸が躍る。