17 合宿3
聖華さんが提案したゲーム。
それは、かなりMADでデンジャラスな要求だと思う。
それを証拠に、一瞬で場が凍り付いたのだ。
聖華さんは、いつものニコニコした顔で、
「みんなでワンフレーズ毎、歌いましょう!」
そう言ってきたのだ。
選曲自体は、誰でも知っているPOPな音楽。
だが、最後の歌詞を歌った者には罰ゲームがあるそうだ。
その昔、友人たちとカラオケでそういったルールを用いてで盛り上がったことがある。
最後に当たった時、罰としてビールを一気飲みしたことがある。
だが――
恐らく聖華さんが考えている罰とは、それを大きく凌駕しているのだと思う。
それを証拠に、マッドサイエンティストの飛騨が警戒しているのだ。
彼は理科の授業をいつも楽しみにしている。
何故なら理科室に入ることができるからだ。
化学に興味があるから?
そうではない。
彼は理科室に置かれている薬品に興味などない。
理科室に入る度に、授業そっちのけで、何かコソコソやっていた。
GW明けのある日のことだった。
その日はライバルであるD組の連中が理科室を貸し切り、実験をすることになっていた。
ちなみにD組は、全員がオリンピックで活躍するアスリートを目指す体育会系の超人ばかりで、クラスの戸にはいつも倒した生徒の首が飾られていた。
他校の者達は、彼らに脅威を抱いている。
飛騨はD組が理科の授業をする前に、この日使うだろうアルコールランプの中身を、こっそりとニトログリセリンに変えていた。
ドンという爆発音が起きた時、皆は席を立ち慌てふためいたが、飛騨だけが悠然としたまま本を読んでいた。彼の眼鏡が不気味に光ったのをよく記憶している。
そして
「ククク、ライバルのひとグループが消えたぜ。これで進学が楽になる」
と呟いていたのを記憶している。
飛騨の姦計で、天才アスリートという名の殺人鬼を輩出し続けてきたD組は跡形もなく消滅したのだ。
その圧倒的科学力と残忍性を持つ飛騨が、現在進行形で警戒しているのだ。
「聖華。その手には乗るか! 誰が歌うものか! みんな気をつけろ! 聖華のリュックの中身から硫黄臭がする。俺には分かる。その中身は、過マンガン酸カリウムKMnO4だ!」
なるほど。
やはりそうだったか。
過マンガン酸カリウムは、酸化性物質。
硫酸で処理すると大爆発する危険物だ。その他、可燃性物質と混合しても反応する。取り扱いには注意が必要である。
日本では物劇物販売業の許可を持っている薬局くらいでしか取り扱ってはいない。そして実際に試薬販売している薬局は少ない。それは手続きが面倒な割には儲けも少ないのもあるのだろう。
少量であっても絶対に水道水に流すような事はしてはならない。例え試験管などにこびり付いた1滴であっても、少量の水を加えて廃液タンクに貯め、その後、廃棄物処理のできる専門業者に依頼する必要がある。
そのくせに、価格はそれほど高額ではない。
少量であれば、おやつの予算内で購入できなくもないだろう。
「ええ?? ちょっと臭うかな? ガーリック味のポテチ……」
と、聖華さんは首を傾げたままとぼけた顔で言っているが、もちろんハッタリだろう。
過マンガン酸カリウムまで扱えるなんて、さすが、ゲームの天才、聖華さんだ。
劇物をどう罰ゲームに使うつもりなのだろうか。
想像するだけでも恐ろしい。
相手はゴブリンやスケルトンウォーリアだ。
それを教えたのは僕だから、仕方ないと言えばそうだが、聖華さんは容赦ないな。
クラスメートのヤンキーモヒは、隣のヤンキー女子に、
「ねーねー、カマンガって何?? それ、おもろいの?」
「あんた、バカか! 爆発物だよ。聖華のおやつは爆発物なんだよ!」
「え??? えええええ!!! もしかしてそれ、攻撃力高い??」
「激強」
「な、な、なんだよ!? 先公は俺のおやつ(サブマシンガン)は取り上げたってのに、どうしてもっと破壊力のあるおやつは許すんだよ!」
「知らないわよ! 300円以内に収まっているじゃない?」
「ちくしょー。で、カマンガでどうする気なんだ?」
「最後の歌詞を歌った奴に一気飲みさせる気じゃね?」
「そいつ、死んじゃうよ?」
「うん。内臓がバーン」
「ざけんじゃねぇ!」
後方も騒がしくなってきた。
改造バイクが、派手にマフラー吹かせている。
バスの後方からセイクリッドクロスの連中が、2輪で追いかけてきている。
「お嬢様! アッシ達もお供しますぜ!」
窓から外をみた。
マッドな文様の旗を振りながら、聖華さんにエールを送っている。
そう言えば誰かがこう言ったのを記憶している。
確か、カラオケを制する者は、合宿を制する……と。
この殺人合宿は始まったばかりだ。
聖華さんは、ゲーム開始直後、容赦なく先制攻撃を仕掛けていっている。
確かに考えてみたら、早期に手を打つべきだ。
悠長にしていたら、寝首をかかれてしまう。
飯盒炊爨の時は毒を盛ってくるだろうし、バットを握って寝込みを襲ってくるのは明らかだ。テントに火だってつけてくるだろう。
いくら注意していても、敵は多数。
序盤でなるべくライバルの総数を削っておくのは得策であることは間違いない。
ようやく面白くなってきた。
僕も負けてはいられない。
ここは狭いバスの中。
聖華さんの隠し持っているガーリック味の過マンガン酸カリウムは、威圧するのには効果てきめん。
もはや、この場から逃げることは許されないのだから。
だったら正々堂々戦うのみ。
僕はマイクを握った。
「どうやら戦いは始まったみたいだね。では僕から歌わせてもらうよ」