16 合宿2
目の前に、ふわりと霧が現れ、その中からルーレットが現れた。
僕のターンという訳か。
ルーレットの針を回したと同時に、バスは走り出した。
最後列の権利をゲットしているので、一段高い後ろの席からクラスメート全員の様子が一望できる。
先生は、しばらくの間最前列に座っていたが、取り上げたサブマシンガンをガチャリと手に持って立ち上がった。
「待たせたな、諸君。
お待ちかねの自由時間がやってきた。
君たちがしたいようにするが良い」
遂にこの時がやってきたのだ。
先生の発言――それはまさに戦いのゴングそのものである。
クラスメートの連中は、所持しているおやつの入ったリュックを開き、中身を見ている。その多くは金属バット。
一見地味にも思える武器だが、至近距離から打撃を受けるとかなりのダメージになるだろう。
天才奇人と呼ばれるマークしている連中は、平静を保ったまま冷笑を浮かべたまま座っている。
宍井達のチームは、大きなリュックを上の棚に納めている。
中身が気になるが、それをまだ使用しない気なのだろう。
だが。
おそらく誰かが動けば、それが引き金になり、乱戦状態になるのは火を見るより明らかだ。
まさに一発触発。
誰かがもし――おやつを食べよう、そう言ったと同時に、己の隠し持ったおやつを取り出すだろう。おやつの時間――それが戦いの合図となる。
皆もそれは感じているに違いない。
そんな緊張状態の中、クスらメートの数人がゴクリと喉を鳴らし、リュックに手を伸ばしていく。
この場面での、おやつ。
それは殺人道具。
そう、おやつとは――
それはまさに殺人を助長する言葉。
おやつの時間。
それは、殺し合いの宴を意味する。
故に、誰も、おやつと言う言葉を口にできるはずもない。
されど――
「おやつにしましょう!」
まさか、だった。
その言葉を口にしたのは、あの聖華さんだった。
クラスメートは、ゴブリンやオーク。
だから容赦などいらない。
聖華さんには、何度もそう話したことはあったが、どうしても理解してくれなかった。
このゲームで敗北は許されないのだ。
だからそう覚悟を決めて幾度となく説得したが、聖華さんは『みんなと仲良くしたいです』の一点張りだった。
その精神は如何なる時も貫いていた。
県下最強の臥龍学園との決戦の時だってそうだった。
誰一人血を流していない。見事な無血革命をやってのけたのだ。
なのに、だ。
彼女は言ったのだ。
おやつにしましょう、と。
おやつ――
つまりそれは、己の隠し持つ凶器を抜け、そういう意味である。
最前列のモヒカン頭の谷口は、バットを抜いた。
その隣の飛騨が手にした物は、もしかしてピストルなのか!?
ピストルは余裕で300円以上するぞ。
ど、どうして奴はそのようなものを所持しているのだ!?
こっそり持ち込んだのだろうか?
いや、この世界は宍井の特記事項『ルール』で形成されている。
容易な方法で突破することなどできない。
もしかして、300円以内の道具で、ピストルを自作したのか!?
このクラスにはマッドサイエンティストが混在している。
その気になれば可能なのかもしれない。
それを見て、他の連中もおやつを抜く。
それとほぼ同時に、聖華さんは立ち上がった。
やばい! 狙い撃ちにされるぞ。
僕は聖華さんをかばう為、立ち上がろうとした。
だが、皆はすぐには攻撃をしてこなかった。
皆は固まったままだ。
すぐに分かった。
誰一人として、彼女に攻撃できないのだ。
聖華さんがリュックに手を突っ込んで、おやつをガサゴソ取り出そうとしていたからだ。
皆の視線は一点に集まっている。
それは聖華さんのリュック。
彼女のリュックには10円や20円のおやつが、これでもかというくらい入っていて、パンパンの状態だ。
もしや、これがけん制になっているのだろうか。
ちゃぷんと音がした。
水筒の水が揺れたのだろう。
そしてビニールのババババという音。
ポテトチップスが弾みで割れた。
ピストルを所持した生徒が、早口でまくしたてた。
「やばいぞ! 俺には分かる。聖華は劇薬を隠し持っているぞ。今、リュックの中で調合をしている。気をつけろ!」
そ、そうか!
聖華さんが購入したおやつは、合成したら化学兵器になったのか!
さすが聖華さんだ。
……で、でも、チョコの原料……カカオや芋類を調合して、何になるのだろう……
だけど、そうに違いない。
だって、クラスメートの中でも圧倒的科学力を見に付けた飛騨が警戒しているのだ。
聖華さんは、一点を指さした。
皆はびくっとする。
聖華さんが指さしたのは、最前列にある液晶テレビだった。
「あれ、もしかしてカラオケですか!?」
聖華さんの戦略こそ良く分からないが、カラオケを利用することによってこの場を制覇できるに違いない。
もしやチョコの原料と芋類に、音という波長をミックスさせると、何か化学反応を起こすのか!?
た、確かに駄菓子に含まれている塩素、鉄、水素と自然界にある物質を混合することで、猛毒が生成できる!
……Zn + 2HCL → ZnCl2 + 2(H)……
い、いける!!
聖華さんは、さらにこれに音を追加する……
音波――
これを組み合わせることにより、どのような化学反応を起こすのだろうか!?
そ、そうか!
確かに、音は必要不可欠だ。
だって、この場に猛毒を発生させるのだ。
圧倒的な大音量の音波を使い、窓を叩き割り、毒を散布した後、この場から脱出するつもりに違いない。
きっとそうだ!!!
そうしなくては、こちらがやばい。
予算の関係で、防毒マスクを持っていないのだから。
さすが聖華さんだ。
完璧すぎる。
だから僕は即答した。
「そうです。あれは紛れもなくカラオケです。さすが聖華さんです。どうしますか?」
「え、……あのですね、私、歌ってみたいです」
バスの中で歌うだと!?
果たしてそのようなことをして、大丈夫なのだろうか!?
歌っている最中、視線は歌詞を追いかけることになるし、片手はマイクを握ることになる。そんな状態だと、圧倒的に戦闘能力が落ちてしまうではないか。
歌っている間に、クラスメートの連中にバットで袋叩きにされ、ピストルで蜂の素にされかねない。
いや……
きっと僕の思慮が、まだまだ足りていない。
マイクを利用することにより、音の調整が更に自在に可能になるではないか!
音を自在にコントロールすることで、きっと物凄い効果が発揮できるはずだ。
改めて聖華さんを見た。
聖華さんの顔は赤い。
どうしたというのだろうか。
少しうつむいた。
「……実は私、カラオケをしたことがないのです。本音を言うとすごく恥ずかしいです。でも部屋の中で一人、学園もののドラマを見て、みんなで楽しそうに歌うシーンのたびに、ちょっぴり泣いちゃいました。あの時、どうして涙が流れたのか分からなかったけど、今は、少し分かる気がします。だからみんなで歌ってみたい……」